和歌とジャズ S-003「東一条院の哀恋歌と<マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ>」
text by Shinobu Yamada 山田詩乃武
思い出る衣はかなし我が人の
見しにはあらずたどらるる世に
歌意は、(懐かしい衣を見るにつけ、昔のことをあれこれと思い出してしまいますが、ますます悲しくなるばかりです。今まで経験したこともない世の中に迷っている私です)
作者は東一条院。鎌倉時代、第八十四代順徳天皇の中宮(皇后)として摂関家の一角を占める名門、九条家から入内した。名は立子。『増鏡』には「姫君参り給ひて、いと華やかに愛でたし」と評されているほど容姿端麗な姫君であった。順徳帝との間に諦子内親王(明義門院)と懐成親王(仲恭天皇)の二子を儲けた。
承久三(一二二一)年の「承久の変」により順徳帝の佐渡配流後、出家すると悲歎のあまり山里へ引き籠り、花鳥風月を愛で、和歌を詠み、筝を奏でる凄然な日々を過ごしていた。或る日、久しく仕えていた女官から手翰とともに、幽かに残り香が香る順徳帝の御衣が届けられた。その御衣を手にとって頬ずりすると御衣は瞬く間に紅涙に濡れた。その時に詠んだのが冒頭の歌である。
ジョン・コルトレーンとジョニー・ハートマンの<My one and only love>は名演・名唱として永らく愛されている佳曲であるのは周知の事実である。曲名の妙訳がなかなか見当たらないが「あなただけを」とでもしておく。歌詞の内容は、男性から女性への熱烈な愛の告白であるが男女の立場を入れ替えても何ら違和感はない。
ここではクリス・ボテッィとポーラ・コールのバージョンを東一条院の順徳帝への哀恋歌と共鳴してみたい。コールの囁くような繊細な歌声は溢れる熱情を抑制しながらも、その想いはしみじみと伝わってくる。
消えかぬる命ぞつらきおなじ世に
あるも頼みはかけぬ契を
(死ぬにも死ねずに生きながらえているこの命が、まことに辛く思われます。あなたとは同じ世にありながら、再びお会いするという期待をかける事もできない契りです)
東一条院が詠んだこれら二首が『増鏡』の「藤衣」の章に見られるが、順徳帝と東一条院の間で、どのようなやりとりがあったのかの記録はない。しかし、これら二首だけからも悲愴感は拭えない。
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