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特集『ECM: 私の1枚』

伏谷佳代『Jon Balke & Magnetic North Orchestra / Kyanos』
『ヨン・バルケ&マグネティック・ノース・オーケストラ/キアノス』

ECMマニアは世に沢山いるであろうし、レジェンド揃いのアーティスト・ラインナップ、全アルバムを網羅しているわけでもない自分がおこがましくも選ばせていただく基準は、必定「生で聴いたことがあるなかで感銘を受けたアーティスト」となる。

滞独中は毎年聴いていたベルリン・ジャズ祭、当時このアルバムを出したばかりのヨン・バルケ&マグネティック・ノース・オーケストラには、リアクションが辛辣なベルリンの聴衆も聴き入り、水を打ったような静けさに包まれた。トランペット×2、サックス(フルート持ち替え)、チェロ、コントラバス、ドラムス(パーカッション)という練りに練られた小編成のオーケストラと、ヨン・バルケのピアノが織りなすサウンドは、大音量によるエネルギーの放出とは真逆の衝撃。音間の静けさが孕む不穏、メタリックな冷たい表層の奥にたくし込まれる熱に、聴き手の意識は掬われる。温度差の瞬時の反転のダイナミズム。どの楽器も奇をてらった技巧やハーモニーを駆使するわけでもなく、ピアノは単音の効力の極み。小刻みの擦弦の集積とパーカッシヴな楔(くさび)の連続は、増幅と収斂を繰り返す。

タイトルの”kyanos”とはギリシア語で「青」の意。青は最も浸透力のある色とも言われる。静謐ながら屈強に維持される張りつめた構築性、脳裡に直球で刻まれるリフやフレージング、安易なロマンティシズムに堕さないソリッドな情緒ー引き算の美学のひとつの結晶だろう。当時は日本のコアなジャズファンのあいだでノルウェーのフリー・シーンが注目され始めた頃だったが、一方でこうしたチェンバー系の音楽も先鋭の度を増している、北欧の層の厚さに感じ入ったものだった。(*文中敬称略)


ECM 1822

Jon Balke (piano, keyboards)
Magnetic North Orchestra:
Per Jørgensen (trumpet, vocal)
Arve Henriksen (trumpet)
Morten Halle (saxophones, flute)
Svante Henryson (violoncello)
Anders Jormin (double bass)
Audun Kleive (drums, percussion)

Recorded November 2001, Rainbow Studio, Oslo
Produced by Jon Balke & Manfred Eicher

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。欧州に長期居住し(ポルトガル・ドイツ・イタリア)各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評(月刊誌/Web媒体)、演奏会プログラムやライナーノーツの執筆・翻訳など多数。

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