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特集『ECM: 私の1枚』

稲岡邦彌『Keith Jarrett / Sun Bear Concerts』
『キース・ジャレット/サンベア・コンサート』

旧トリオレコードがECMとカタログ・ライセンス契約を交わし、国内プレスのECM盤のリリースを開始したのが1973年、今年は50周年に当たる。第一回目のリリースは、キース・ジャレットとジャック・ディジョネットのデュオ『Ruta & Daitya』(PA-7072)、ポール・ブレイのソロ『Open, to Love』(PA-7073)、ゲイリー・バートン・カルテットの『The New Quartet』(PA-7080)の3タイトルだった。営業的にはジャズ・ディスク大賞の「最優秀海外録音賞」を獲得したキースとジャックのデュオがダントツだったが、僕は密かにポールのソロを愛聴し、今でもその気持ちは変わらない。しかし、今回の企画「ECM:私の一枚」には、キース・ジャレットの『サンベア・コンサート』を推す。それはこのアルバムがそもそもは僕らの提案に端を発し実現したものだからである。詳細は今月5日に刊行される拙著『新版 ECMの真実』に記した通りだが、キースの三枚組『Solo Concerts』、二枚組『The Köln Concert』に酔い、感動した(営業的にも画期的な成果を上げた)僕らがぜひキースのソロによるライヴ・イン・ジャパンを製作したいと申し出たのだ。正直なところ、その提案が10枚組のアルバムとなって実現するとは夢にも思ってはいなかったが。実際、キースの日本縦断ツアーにはキースのファミリー、マンフレート・アイヒャー、エンジニアの菅野沖彦氏とアシスタント2人、プロモーターのあいミュージックから2人、トリオレコードから交代で1人と10人前後の大キャラバンで移動していた。その規模が10枚組をもたらしたとは思えないが、10枚組のプランは移動中にアイヒャーの頭の中に徐々に醸成されていったのではと充分に考えられるのだ。移動の先々でキースの指先から迸る音楽が微妙に変化していたからである。キースの鋭く繊細な感覚が移動先の気温、湿度、環境、人間性などを含む風土、ローカリティに反応し演奏に反映されているのが明らかだった。否、むしろキースは積極的に各地のローカリティを身に浴び、演奏の糧にしようとする素振りさえ垣間見せているのに僕らは気付いていたと言える。収録された5都市の演奏に注意深く耳を傾けるとそのことが体感できるはずで、それこそ即興演奏を楽しむ醍醐味ではないだろうか。5都市の演奏を選び抜き、あえて10枚組のアルバムに仕立てた意図はそこにあるといえよう。マンフレート・アイヒャーとキース・ジャレットというふたりの天才が開発した即興ピアノによる画期的な音楽表現の歴史的精華だ。
演奏が切れ目なく聴けるという点はCDのメリットだが、キースの鼓動に身近に接するためにヴァイナルにこだわりたい。


ECM 1100

Kyoto, November 5th, 1976
Osaka, November 8th, 1976
Nagoya, November 12th, 1976
Tokyo, November 14th, 1976
Sapporo, November 18th, 1976

Recorded November 1976
Engineer: Okihiko Sugano
Produced by Manfred Eicher

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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