『ジョン・コルトレーン／Ole! 』 岩神六平
text by Roppei Iwagami 岩神六平
「私のジャズ事始」というお題をいただきましたが、文章を書く（意識して）というのは、なかなか苦手なことで、とは言えかしこまっては猶更筆をとりにくく、気楽に書き飛ばすつもりでチャレンジしてみます。うまくいくのでしょうか？
ジャズをジャズと認識してちゃんと聴き始めたのは高校を卒業してすぐのことでした。ああいう時代でしたから（68年高校卒業）しかも新宿の高校だったので、ジャズや芝居などがど真ん中の時代と盛り場にいたわけですが、それにしては何故か遅咲きだったことになります。物心ついてから音楽はよく聴いてはいたのですが。
子供の頃何を聴いていたのだろうと考えるのですが、家で聴こえてくるのは父親が風呂に入ると歌っていた軍歌や「椰子の実」などを覚えています。立派な蓄音機はあったのですが、置き物の様なものでほとんど音楽の記憶がありません。テレビなどまだ家には無かったので、ラジオで聴いていたのは歌謡曲だったり中学に入ったあたりからポップスなんでしょうね。演歌は苦手だったけれど、水原弘の「黒い花びら」やフランク永井の「君恋し」なんかは何故か好きでした。当時近所にテレビの背景を作るスタジオがあって、夕飯時よくお邪魔して（親が頼んでくれた）、お食事もご馳走になってテレビを見させてもらっていました。力道山のプロレスとか歌謡番組の「ザ・ヒットパレード」が始まった頃でしょうか。その後間もなく「シャボン玉ホリデー」も始まります。家で「おとなの漫画」を見ていた記憶もありますので、これは家にようやくテレビが来たのが何時かは定かでないのですが、恐らく中学校に入った頃でしょう。モノクロなのにまったく意味のないカラースクリーンを取り付けたりしていました。中学になってからは勉強しながらラジオでよく洋楽を聴いていたと思います。ラジオ関東がビリー・ヴォーンの「浪路はるかに」などかけていて好きだったのと、在京中波の深夜番組などもありましたが、一番聴いていたのはFENでした。今回年代を確認するために自分なりに簡単な年表を作ってみたのですが、実はビートルズが耳に入ってきたのが中学3年で、その後にストーンズとベンチャーズで、グループサウンズって更にその後なんですね。全部同時代にカオスの様に聴いていたと思っていたけれどそうではなかった。それにしては順番が逆なら分かるんだけどそこがカオスです。高校の後半はPPMから始まって、キングストントリオ、ブラザーズ・フォーが好きで、ギターを買ってもらって家で勉強の合間にスリーフィンガー・ピッキングなんて練習していました。
あ、ジャズの話ですね！今考えれば、ポピュラーミュージックとして聴いていたのですが、例えばナット・キングコール「Nature Boy」や「Mona Lisa」、サッチモの「Hello, Dolly!」、ラムゼイ・ルイスの「The In Crowd」などは結構好きでした。「ザ・ヒットパレード」とか「夢で逢いましょう」で出てくる弘田三枝子や伊東ゆかりとかジェリー藤尾、あの頃の歌謡曲の歌手やバックバンドなんかもジャズっぽいよなとか思うし、「黒い花びら」も「君恋し」も今となってはジャズにも聴こえます。
さて、高校時代はジャズ喫茶など一度も足を踏み入れたことは無く、これは高校を出るまでは行くまいとあえて行かなかったのですが、どちらかというとクラシック喫茶に入り浸っていました。新宿中央通りにあったウイーンという店で、あの風月堂の隣近所なのですが、風月堂はスノッブな連中の溜まり場というイメージで子供なりにいやだったのです。高校を出てウイーンでバイトをしていた時、客を探しに行ったぐらいしか中に入った記憶がありません。ウイーンはと言えば、フーテンや学生運動の闘士のたまり場の様な店で、ちょっと雰囲気違う怪しいのはどうせ私服刑事だろうと目をつけていたのですが、ある日実際店の隅に呼ばれて、警察手帳と色々写真を見せられ、知った顔はいないかなど聞かれたことがあります。風月堂店内の写真でしたが幸い見知った顔は無くそれ以上追及されることはありませんでした。
高校を出てすぐにのぞいたのは、ピットインのティールームです。クラブの方は金が無いのでとても行けたものではなかったし、ライブを見なければという切迫感も正直あまりありませんでした。新宿通りから婦人用品店の横の階段を上がっていくとレジとレコードコーナーがあって、奥がキッチンで反対の新宿通り側に窓があって細長い店でした。最初は一人で行ったと思うのですが、基本的にはハードバップが中心で、でもやはり一番かかる回数も多いし印象的だったのはマイルスかコルトレーンという時代でした。これは店によって多少傾向はあると思うがのですが、大体がマイルスとコルトレーンがメインだったかと思います。他にもタロー、DIG、ビザール、ヨットやKi-YOは名前は憶えているけれどもう無かったかな？そして汀、木馬、ビレッジバンガード、ビレッジゲートなど、最後の2軒はジャズ喫茶というにはちょっと違うけれどある意味有名店。あと渋谷や四谷、お茶の水、池袋などにもジャズ喫茶がありましたが、そんなにあちこち行く金も無いし、機会があれば少しずつ足を延ばしていた感じでした。
ジャズ喫茶と言えば何と言ってもDIGが一番有名で、ジャズ喫茶のお手本の様な店でしたが、とに角客に厳しくちょっとでも話していると注意される。それでも話していて従業員に殴られたなんて本当かどうか分からないが都市伝説みたいになっていて、僕などは恐れをなして1度か2度行ったかなというぐらいでした。それでもその後、中平穂積さんには大変お世話になることになるのですが。
本格ジャズは聴き始めの最初はどこが良いんだかあまりピンと来なかったのですが、通っているうちにだんだん耳馴染んできて、1ヵ月もしたら一応それなりのジャズ通と言ったらおこがましいのですが、でもそんな感じでした。まだ2度目か3度目かの時、仲の良かった高校時代の同級生と連れ立って、彼もジャズはまったく知識が無くお互い似た様なものだったのですが、何かリクエストをしようということになって、レジからカタログを借りてきたのです。ああでもないこうでもないとページをめくった末、やはりコルトレーンにしようか？となって、まあここでは僕が先輩ですからレジに行って「すみません、これかけてもらえますか？」と言ったら、レジのお兄ちゃん一瞥して「フン」っと鼻を鳴らして、レジ横の掲示されているレコードジャケットに顎をしゃくって「今かかってる！」と言ったのでした。顔から火の出るような瞬間でしたが、このお兄ちゃんの名前は今でも覚えています。O沢くん。その日それからどうしたのか全く思い出せませんが、絵にかいた様に気まずい雰囲気だったのは確かです。その時の友人S司くんとはそれからも時々会っていて、最近も電話をもらったところです。でも今更当時の話にはなりません。
ティールームのピットインはそれから入り浸るようになるのですが、珈琲が確か120円の時代で、その頃よく通った中華の石の家もラーメン、餃子、焼きそば、湯麵が120円でした。ラーメンは安い店で100円だった時代。午前中に入るとモーニングサービスがコーヒー50円で1時を越えると再オーダーなのですが、そのうち顔馴染みになって、1時とか過ぎても平気だったり、キッチンの裏から倉庫の様な所を横目に見ながら階段を下りて行くとジャズクラブピットインに通じていて、ただで見させてもらったり、その頃クラブの隣が天婦羅屋で井上さんというスキンヘッドのお兄ちゃんがいたのですが、そのうちイレブンという喫茶店になったり、倉庫はニュージャズホールになったり、従業員でもないのに何故か賄いを食べていたり、漫画の主人公に似ていると「六平」というニックネームを付けられたり、同じ頃宮崎から上京してきて最初ティールームで働き出したT野君がやはり漫画の主人公に似ていると「怪物くん」というニックネームを付けられたりしていました。青柳君は「ういろう」とか。「怪物くん」は当時は漫画のキャラ同様可愛くて、親会社に引っ張られて「おい、怪物！」なんて呼ばれて洋品店で働かされていたのですが、そちらの身内になる気が無いとみるや又戻され、クラブピットインの名物マネージャーになります。もう過去の話ですが。
そして僕はというとピットインのティールームでもクラブでも良くしてもらって、ライブはクラブだけでなくティールームでも始まり、ニュージャズホールが出来、ピットインの前身のジャズクラブ・タロー（元はジャズコーナー）もピットインに劣らず熱いライブを繰り広げていたので、それぞれ顔を出しながら当時浪人でしたから予備校にも通い（まったく真面目に勉強はしていなかったけれど）、アルバイトで何とか稼いでいたのですが、69年に新生山下洋輔トリオが活動を開始すると同時に、ピットインの従業員だった浅岡弘之（故人）がマネージャーにつき、ことあるごとに楽器運びを頼まれるようになりました。でも、その後何年か経って山下洋輔トリオのマネジメントを始めるまでにはまだ紆余曲折が待ち構えています。
岩神六平
山下洋輔のマネジメント「ぐがんプロダクション」、同じく「テイク・ワン」のスタッフを経て1977年「JamRice」設立。その後 JamRice を退いてロック系に転身、RIKUO、The Groovers、戸川純、P-Modelのパブリシストと並行して岩神六平事務所として多方面にわたるコンサート制作を行う。現在JamRiceに出戻り中。