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InterviewsNo. 250

Interview # 180 リューダス・モツクーナス Liudas Mockunas

Interviewed by Vitalijus Gailius in Bernardinai, December 19,2018
Translated by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

本稿は、2018年12月に日本をツアーしたリトアニアのサックス奏者リューダス・モツクーナスが地元のネット・マガジンから受けたインタヴューの抄訳である。彼が来日中に感じた日本のインプロ・シーンやミュージシャンについての感想が率直に語られているので訳出してみた。

リトアニアのサックス奏者モツクーナスが、訪日ツアー、新作ソロ・アルバム、今後のプランを語る

リューダス・モツクーナス -  間違いなく、リトアニアのインプロヴィゼーション/ジャズ・シーンを代表する傑出したミュージシャンのひとりである。モツクーナスは多くの種類のサックスやクラリネットを演奏するが、驚くべきは巧みに楽器を操る素晴らしいテクニックだけではなく、その創造性にある。彼のステージ上の演奏は自身と音との親密な対話であり、リスナーを類まれな音楽経験の世界に引き込む力があるのだ。
彼の数あるレコーディングは、細部や趣向、即興と作曲との調和に細心の配慮が払れたものである。モツクーナスがこれまでに共演したミュージシャンは以下の通りである;バリー・ガイ、マッツ・グスタフソン、アンドリュー・ヒル、マルク・デュクレ、エヴァン・パーカー、アグスティ・フェルナンデス、ポール・リットン、ウィリアム・フッカー、ヤコブ・アンデルスコフ、ステファン・パスボルグ等々。モツクーナスは、リトアニア音楽演劇学院でコンテンポラリー・ミュージック・プログラムに基づく即興について教鞭を執る立場にもある。
12月5〜13日にわたってモツクーナスは訪日していたが、その間、横浜、東京、札幌で7回の公演を持つ機会があった。そして、日本に旅立つ前、リトアニアのNoBusinessレコードから新作のサックスのソロ・アルバム『Hydro 2』をリリースした。

それでは、モツクーナスに訪日ツアーの印象、新作アルバム、今後の予定などについて語ってもらおう。

Q:訪日ツアーから帰国したばかりですが、今回の訪日は初めてでないですよね。印象はいかがでしたか?

LM:訪日は今回が3度目ですが、今回の訪日は以前の2回とは違った内容でした。今回は新しい共演相手との演奏が目的でした。かつてアメリカのミュージシャンがヨーロッパに楽旅してきた頃は、現在のように国境を超えて往来することが簡単ではなかったので、彼らは1箇所に長く滞在していました。私の場合は、今回、横浜のビッチェズ・ブリューというヴェニューで4夜にわたって演奏しましたが、共演者は毎回新しい相手でした。彼らは私が共演を夢見てきたミュージシャン達で、たとえばノイズとフリー・ミュジックを代表するギタリストの大友良英がいました。彼は私を刺激しつづけたひとりでした。かつて、アメリカのワシントンDCのフェスティバルで大友をフィーチャーしたアーサー・バムスタインとのバンドのコンサートを聴いたことがあるのですが、それ以来彼の存在がずっと記憶に残っていたので、今回共演が果たせてとても嬉しく思っています。
ヴィリニュスに何度か来たことのある梅津和時や坂田明とも共演したいと思っていましたし、聴いたことのなかった若手ミュージシャンとも共演できたのも新しい経験でした。

Q:日本には誰かコーディネーターがいたのですか?

LM:我が国のNoBusinessレコードと長い友好関係にあるKenny Inaokaがいました。彼はジャズ・プロデューサーでJazz Tokyoの編集長でもあります。かつては、日本のジャズ・シーンを代表する存在だった菊地雅章のマネジャーを務めていたことのある人物です。彼は、NoBusinessレコードのなかの日本の音源シリーズ(ChapChapシリーズ)のコーディネートを果たしたり、彼のメディアを通じてリトアニアのジャズや即興音楽の歴史を日本の読者に紹介する労をとってくれたりしたのです。
2010年には、NoBusinessと私が協力してInaokaを介してリトアニアのジャズを代表するJonas Rimša ヨナス・リムサ の論文をJazzTokyoに掲載することができました。前回の訪日の際も彼の努力で何回かのコンサートが実現したのですが、今回は横浜のコンサートをまとめてくれました。
しかし、今回の訪日の素晴らしい成果は、the Lithuanian Culture Council(リトアニア文化協会)とRimantė Sodeikienė 、 Gabija Čepulionytė-Žukauskienėのサポートが無ければ実現は不可能でした。つまり、リトアニアと日本の素晴らしい協力関係の賜物だったのです。

Q:ツアーの後半では、Linas Rimša(リナス・リムサ、composition, pc, keyboard), Tom Yamaguchi(山口とも、percussion) Rioji Hojito (宝示戸亮二、 piano)らとのジョイント・プロジェクト公演があったのですね? 日本でも今年(2018年)の9月にリトアニアで公演した楽曲を演奏したのですか。

LM:その通りです。この公演は日本のおなじみの友人たちとのジョイントでした。Hojito(宝示戸)とはすでに15年来の付き合いになります。2010年の初訪日のときは宝示戸とのデュオだけでしたが、7回のコンサートがありました。2014年の訪日の時は、Petras Geniuš(ペトラス・ゲニューアス,piano)とのデュオと数回のソロ・ライヴがありました。残念ながら今回は宝示戸の体調が優れず、リトアニアでの公演と違ってLinas リナスと私の3人だけで演奏しました。

Q:写真で見ると、横浜のBitches Brewというのはどちらかというと小さなこじんまりとしたクラブにみえますが、日本での公演はすべてそういう場所だったのですか?

LM:いや、新宿のPit Innというクラブは先進的なジャズを演奏する主要なクラブで、かなり大きく、リトアニアのTamstaくらいのサイズです。素晴らしい音響システムとエンジニアを提供してくれます。新宿のビルの地下にありますが、アングラという雰囲気はまったくありません。日本ではどのクラブもそれほど大きくはなく、街も建物が密集している感じですね。しかし、PAを使わずにアコースティックで演奏するときはむしろ小さなスペーズが好きですね。アコースティックの状況がよければ、最高です。空間の感じ方がまったく変わってくるのです。ただ単に有名なだけの大きなクラブは意味がありません。音のニュアンスが失われてしまうんですね。

Q:日本にガネリン・トリオのファン・クラブがあり、トリオのメンバーのウラジミール・タラーソフの著書『TRIO』が日本語に翻訳されて出版されているのを知った時はとても驚きました。リトアニアでさえ彼らのことを知っているファンがどれほどいるのかを考えると...これは驚きです。
注1:ガネリン・トリオ:ヴャチェスラフ・ガネリン(p)、ウラジミール・タラーソフ(ds)、ウラジミール・チェカシン(sax)
注2:ウラジミール・タラソーフ著『トリオ』(鈴木正美訳・法政大学出版局刊・2016)

LM:日本の人たちは本当にリトアニアのことをよく知ってます。少なくとも私が出会った人たちは。彼らにとって象徴的な人物は、Jonas Mekasジョナス・メカスとJurgis Mačiūnasジョージ・マチューナスのふたりです。もちろん、当時のことに興味を持っているサークルでの話ですが。リトアニアのインプロとジャズについて言えば、Ganelin Trioガネリン・トリオ、Petras Vyšniauskas ピャトラス・ヴィシニャウスカスとVytautas Labutisヴィタウタス・ラブティスがよく知られています。この事実は、 Vilnius Jazz Festivalヴィリニュス・ジャズ・フェスティバルの日本代理人との永い協力関係の成果だと思います。

今は故人となってしまいましたが、日本からヴィリュニス・ジャズ・フェスに多くの日本人ミューシシャンを送り込んだ人物*がいたのですね。この件についてはアンタナス・ギュスティス(同ジャズ・フェスの創始者)に語らせるべきでしょう。
*注:故副島輝人氏と思われる。

Leo Recordsがリリースしたと思われる旧ソ連のジャズに関する映画があるのですが、日本人はこれも観ているのですね。あるリスナーが、Aušra Listavičiūtėに関する資料を持参し(1966年に発行された”Lithuanian Jazz Musicians”と題するカタログ)、私にサインを求めるのです。その中には、私が16歳頃の写真も出ていました。今回のツアーの中のコンサートの一部にトーク・セッションがありました。そこでは、日本の音楽リサーチャーの岡島豊樹とリトアニアの音楽について語り合いましたが、彼の興味は、バルチック、スカンジナヴィアの即興シーンをもカバーしていました。

日本は大きな国ですからこれらの事実だけですべてを決めつけるわけにはいきませんが、われわれがやっている音楽に興味を持つファンのサークルは狭く、音楽を通して皆仲間なのだという事実は記憶に留めておきたいですね。

 

Q:ところで、日本の聴衆はどうでしたか? 何か困ったことはありましたか?

LM:いえ、何も。あえて言えば、ひとつだけ。英語での充分なコミュニケーションが楽ではありませんでした。持参したレコードやCDはかなり買ってもらえました。ヨーロッパではそうでもないのですが...。日本のリスナーの場合、演奏が気にいるとLPやCDの購入につながる、という連鎖反応があるのですね。横浜のリスナーですが、一度ならずまた別の日にも来てくれたり、横浜の別のリスナーは東京のライヴにも来てくれるということがありました。一度気にいると時間をやりくりしてでも他の機会を追いかけるという熱心さですね。

日本のリスナーは、リトアニアでもそうですが、われわれの演奏しているインプロ系の音楽はリスナーがいてこそ成り立つということを理解しているのですね。特定のファンを対象とするニッチなアートは熱心なファンがいないと生き延びることは難しいですね。ライヴに足を運んでくれるファンは自分たちがわれわれをサポートしているということを認識してくれています。我々のライヴのチケットやLP、CDを買ってくれることでまさにわれわれの世界が存続できているのだと思います。これこそいわゆるコミュニティの存立基盤の見本でしょう。このことを理解し対応していけば、まだまだ可能性は充分あると思います。

Q:日本に発つ前にソロ・アルバムの『Hydro 2』(NoBusiness)がリリースされましたね。1作目と違って、この2作目はスタジオ録音ではなく、リトアニアのMAMA Stduiosでのコンサート録音でしたね。このアルバムの企画について教えてください。

LM:1作目はLPだけのリリースでしたので、2作目はCDでのリリースをまず考えました。『Hydro 2』に収録されている演奏は、コンサートの前半の部分です。LPでリリースされた『Hydro 1』をCD化するより、別のパートを新たにCD化すべきと考えました。この演奏を気に入っていたこともあります。じつはもう1枚リリースすることも考えていて、最終的には3部作になる予定です。

Q:古代ギリシャの哲学者タレース*によれば「万物の根源は水である」ということですが、あなたはなぜ水を選んだのですか?

注:タレース(タレス):紀元前625年頃から547年頃の自然哲学者、数学者。哲学の創始。ギリシャ七賢人の一人。数学の「タレス(ターレス)の定理」でも有名。

LM:原点を哲学に求めることもできますし、ある意味ではその通りでしょう。たしかに「万物の根源は水」ですから。私のプロジェクトでは、水はインプロヴィゼーションを刺激するインスピレーションの制御不可能な源泉として存在します。『Hydro』の最初のパートをスタジオで録音するとき、一切付加的なエフェクトをかけないように努めました。もちろん水そのものは何らかのエフェクトを持っていますが、私はルーツに立ち戻りたかったのです。
つまり、フォーク・ミュージシャンの感覚にできるだけ近付きたいとの気持が強かったのです。いわば、ブルースやトラッドへの回帰といったものでしょうか。冬の夜、女性が糸を紡ぎながら人生を歌うというような..。そんなことを思いながら演奏しました。ひとつの音に集中する。それに加わるオーバートーン。とてもミニマリスティックな音楽と言っても良いでしょう。

CDの『Hydro 2』はちょっと趣きが違います。アイディアは同じですが、演奏そのものに重点を置いていますが、すべて即興です。楽器と水は用意されていましたがコンサート自体は即興で進められました。使った楽器は、ソプラノサックスとキーレス・オーバートーン・サックスです。

私のコンセプトの基本は、人工的な要素をいっさい排しすべてをアコースティックに行うことにありました。この企画の大元は私が子どものころ見たVyšniauskas ヴィシニャウスカスの演奏にあります。私の記憶に誤りがなければ、“Pure Water”と題されたKęstutis Lušuとのジョイント・プロジェクトでした。彼は、リバーヴ効果を上げるために、バケツの周りに何本かのマイクを立てていました。たしかに、ある種の空間を創り出すことには成功していましたが、人工的なサウンドだったことを記憶しています。私の場合は完全なアコースチックなサウンドを選択したのです。

Q:Beclacanオーバートーン・サクソフォンについてですが、この珍しいサックスに手を出した理由は? たしか、今までは演奏したことはありませんでしたよね。

LM:その通りです。手に入れたばかりですから。私の父親がかつてTaurus Hillで手に入れたことがありました。この楽器は本来、オーバートーンを伴ったきれいな音で演奏するために子どもの教育用に使われるものです。Beclacanは教育用には完璧な楽器です。

Q:さきほど、『Hydro』の第3集の話が出ましたが、すでに何か具体的なアイディアがあるのでしょうか?

LM:おそらく、デンマークの管楽器奏者Christian Windfeldクリスティアン・ウィンドフェルドとのデュオになると思います。私と同じように彼も音楽に水を持ち込むことに興味を持っているのですが、今までは打楽器との共演でした。われわれはすでにドイツとチェコでツアーをしているのですが、水に関連したコンセプトを展開しています。われわれはこの活動を継続することをきめていますので、『Hydro 3』として結実することになるだろうと思います(笑)。

Q:水以外の何かを使うアイディアもあるそうですが..。

LM:その通りですが、まだ公表する段階ではありません。

Q:次に、(2018年) 12月27日にヴィリニュスのMAMA Studios で予定されているPetras Geniušuとのコンサートに移りたいのですが、あなたはGeniušuとはK. Čiurlionisの作品に基づくコンサートを何度か行っています。今回もMikalojus Konstantinas Čiurlionisが起点になりますか?あるいは何か新しい手法が取られるのでしょうか?

LE:われわれはK. Čiurlionisに関連しないプログラムも演奏しています。リハーサルは翌週から始まりますので、その時にプログラムは決まります(このインタヴューは、12月15日行われた)。おそらく、われわれ2人の楽曲と第三者の楽曲を交えたプログラムになると思います。新規のプログラムを期待してください。

Q:これからの活動予定についてはどうですか?

LM:ここ十数年間演奏してきたサキソフォンとクラリネットのための作品があるのですが、これをアルバム化する作業を続けています。Chordos弦楽四重奏団、リトアニア国立交響楽団、聖クリストファーMordusオケストラとの協演というかなり大掛かりな作品です。

録音はすべてスタジオではなくコンサート・ライヴになりました。ライヴですから演奏は完全無欠ではありませんが、オーケストラをスタジオで録音するには莫大な費用が必要であり、個人の奨学金レベルで賄える予算ではありません。

発売元を探して来ましたが、正直なところリトアニアの現代音楽に興味を示ししてくれるレーベルもなく、仲間のNoBusinessレコードが従来の即興音悪とは別のラインを設けてリリースしてくれることになりました。われわれはシリーズ録音を計画しており、第1回発売は来春(2019年)の予定です。

Q:最後に、最近、何か興味のある出会いはありましたか?

LM:NoBusinessレコードがリリースしているChapChapシリーズの中の韓国の音楽は私にとって大発見でした。これを実現した日本の関係者に感謝したいと思います。韓国のジャズは本当に面白いと思います。このシリーズでは日本人のインプロも楽しめますが。今回の訪日では日本独自の音階に触れたのが面白かったですね。私は、「さくらハーモニー」と名付けたのですが。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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