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InterviewsNo. 305

Interview #270 ケネス・ダール・クヌーセン

1984年、デンマークのコペンハーゲン出身。デンマーク王立音楽院に学んだ後に演奏活動を開始し、ジョン・スコフィールド(g)やギラッド・ヘクセルマン(g)、ジョエル・フラム(ts, ss)ら数多くのアーティストと共演。現在、The ATLAS Ensemble, The Uummat Ensemble, Space Big Band, Kenneth Dahl Knudsen Orchestra, Pachamama and The Tété bandなどさまざまなバンドを主宰しながら精力的な活動を展開しているマルチ・ベーシストのケネス・ダール・クヌーセンがマティアス・フィッシャー(ds)、キャスパー・ヘイレセン(g)を迎えた新ユニットKemaka Kineticsを結成。今年6月に同ユニットを率いて来日ツアーを開催した。ツアー中のダールセンに会って、このバンドの結成のきっかけや活動コンセプト、9月に発表されるKemaka Kineticsの1stアルバム『Zukunft』、今後の予定などさまざまな話を聞いた。

——ブルーノート・プレイスでKemaka Kineticsのライヴを聴かせていただきましたが、本当にスペシャルな演奏でした。結成の経緯をお聞かせください。

Kemaka Kineticsは、僕が5年前にマティアス・フィッシャー(ds)、キャスパー・ヘイレセン(g)と結成したトリオだ。当時はふたりとも、僕が教えているデンマークの音楽アカデミーの学生だった。最初に一緒に演奏するようになったのはマティアス。彼は僕の“Advanced Rhythms”という授業を受けていたんだ。最初はその授業の一環として演奏していたんだけど、その後たびたび学外でも一緒に演奏するようになり、後にキャスパーが入学してからトリオでの活動を始めた。デンマークでは毎週のように演奏している。トリオ用の新曲もどんどん書き進めているし、トリオのまとまりもどんどん上がってきている。

——ギタリストのキャスパー・ヘイレセンについてお話しいただけますか?

僕は今まで数多くの人たちと演奏してきているけど、キャスパーはそのトップ・クラスに入るミュージシャンだ。現在23歳という若さだけれど、本当にアメイジングな演奏をするギタリスト。ギターを演奏する以外には何も関心が無いというタイプの人物で、ひたすらギター一直線だ。スキルも抜群だし、演奏もとてもファンタスティックだよ。彼をバンドに迎えられたのは本当に光栄だね。いずれはスーパースターになるギタリストだ。

——あのプレイが23歳の演奏なんですか!?

そうなんだ。そう考えるととてもクレイジーなギタリストだよ(笑)。それと同じことは、マティアスにも言えるね。彼もドラム一筋。常にリズムのことを考え、頭の中にあるリズムのイメージを発展させようといつも考えている。ポリリズムや、さまざまなジャンルの音楽の中にある未知のリズムにものすごく関心があるようだね。マティアスが描く新感覚のリズム空間の中でキャスパーが浮遊していく感じの演奏を展開していくのがこのトリオの特徴のひとつだ。

——このトリオの魅力をどのように感じていますか?

このトリオでスペシャルな点はいくつかあるけれど、そのひとつが、ジャズ・バンドを目指していないということ。ジャズの伝統に縛られることは考えていないし、所謂スウィング・ビートをはじめとする枠組みの中にも収まらない演奏を目指している。3人でよくそれぞれの好きな音楽について話し合うことがあるけれど、3人ともモンクやコルトレーンのようなジャズだけではなく、テクノや、世界各国の音楽などに強い関心を寄せていて、さまざまな音楽からインスピレーションを受けながら創作活動に取り組んでいる。このトリオで最もスペシャルなはそこじゃないかな。

——モンクともコルトレーンとも違う方向に行きたい?

モンクとコルトレーンはもちろん大好きでリスペクトしているし、影響も受けている。でも、僕たちは独自の音楽をインプロヴィゼイションを中心にして発展させていこうと考えているんだ。そういう意味ではジャズのコンセプトにとても忠実なバンドだと思うし、僕たちが通常のロック・バンドとは異なっている点だと思っている。

——9月に、このトリオのアルバム『Zukunft』が発表されますが、そのアルバムについてお聞かせください。

2020年10月に、ルーカス・イヤネスというレコーディング・エンジニアが所有しているThe Hideout Studioというスタジオで録音した作品だ。イヤネスはこのアルバムのプロデュースも担当していて、このトリオにとって欠かせない存在。それから、プロデューサーではないけれど、マネージャーのルーカス・ビュステッドにも僕たち3人はずいぶん手伝ってもらっている。僕たち3人が演奏活動に専念できるのはイヤネスとビュステッドのおかげ。Kemaka Kineticsは表面上はトリオだけれど、このふたりを加えたクインテットのようなユニットでもあるんだ。

——制作する際に最も心掛けた点は?

アルバムとしての世界観をうみだすということだ。それぞれの楽曲も大切なのは言うまでもないことだし、すべての曲にストーリーが感じられるように作曲しているけれど、最も重要なのはアルバムとしての世界観だと考えている。僕たち3人はジャズ・ミュージシャンではあるけれど、アルバム制作に関しては、所謂ジャズ・アルバム的な作り方をしていないので、このアルバムを聴いて、これはジャズではないと感じる人もいるかもしれない。でもこのアルバムにあるのは紛れもない僕たち3人が考えるジャズ。それに耳を傾けてもらえれば嬉しいね。

——プレ・リリースの音源を聴かせていただきましたが、アルバム・タイトル曲の「Zukunft」には、あなたのおっしゃるコンセプトが大きく反映されているように感じました。

そういうふうに感じてもらえたのは嬉しい。「Zukunft」は、僕たちがこれまで聴いてきた音楽に対する考え方を反映させたものだ。具体的に言えば、リズミカル・コンセプトをもとに作曲している。基本的なリズムは5拍子ではあるんだけれど、僕たちはそれをストレートな5拍子としては演奏していない。イメージとしては4拍子で演奏していると考えてもらえばいいかな。そうすることによって4拍子と5拍子をひとつにまとめあげることができるんだ。それから、作曲のもうひとつの狙いとしては、僕たちが、先進的なリズム感覚を伴った美しいポップ・ソングを書くことができることをみんなに証明したかったということもあるね。その演奏をサウンド・エンジニアのイヤネスがサウンド・エフェクトを加えて新しいサウンドに磨きあげてくれている。

——「Zukunft」と並んで、私にとって印象的だったのが「Esthernity」という曲。美しいメロディとミステリアスなハーモニーとのフューズ感に独特の雰囲気を感じます。

この曲も「Zukunft」と同様にジャズではない。教会的なメロディをモチーフにして、それを発展させていくアプローチで作曲した作品だ。特に気を付けたのは、歌いやすいメロディにすること。ジャズ・ミュージシャンが陥りがちなことなんだけど、進歩的な要素を詰め込み過ぎて、オーディエンスの気持ちから離れていってしまうという傾向がある。音楽には、メロディ、リズム、ハーモニーという3つの要素があって、その中で僕が最も大切にしようと思っているのがメロディ。この曲はリズムとハーモニーがかなり凝った構造になっているので、その分、メロディはとても親しみやすいものにしている。メロディを足掛かりにして、鑑賞してもらえるとこの曲の味わいが分かってもらえるんじゃないかな。それは、アルバム全体を通じて言えることだと思う。何かを複雑な要素を取り入れている楽曲については、必ずどこかをシンプルに提示するような形で作りあげている。そうすることによって、曲のコアの部分が伝わるのではないかと考えているんだ。その他に「Esthernity」という曲で特徴的なことは、テクノ・ビートが導入されていることかな。

——確かに、中盤からテクノの薫りが漂ってきますね。

僕はヨーロッパのテクノ・シーンに強い関心があってね。そういうクラブ・テイストのビートをバラードの中に取り込んでみたら面白そうだと思って書きあげてみたんだ。

——今回の来日は2019年以来4年振り。久しぶりにやって来られた日本の印象は?

日本には何度も来ているけれど、本当に大好きな国だ。いつも温かく迎えてくれるからね。今回、ライヴを開催してきて特に強く感じたのは、オーディエンスの皆さんの音楽に対する許容力がとても広がってきた感じがすることだった。日本のジャズはアメリカからの影響が大きくて、全体的にスウィング感の強いジャズが主流だという印象があった。それに対して僕たちヨーロッパのジャズ・シーンでは、アメリカン・ジャズが持つスウィングとは異なるコンセプトのジャズが進行している。そういう土壌の違いがある中で、今回の僕たちの音楽が温かく受け止めてもらえたのは本当に嬉しく感じている。日本のオーディエンスの持つフレキシブルな感性が一段と大きくなったのが、今回の来日で得た感想だ。

——あなたはさまざまなバンドやユニットを主宰なさっていますが、今後の他のプロジェクトの御予定は?

まず考えているのがセクステットだ。こちらはかなりメイン・ストリーム・ジャズに近いバンドだね。それともうひとつ活動を進めようとしているのが、ATLASというプロジェクト。すでに1stアルバムはリリースしているけれど、その第2作を来年に発表しようと思っている。録音もかなり進んでいる。

——ATLASというのはどのようなプロジェクトですか?

僕がこれまでに回ってきた国や地域を描いた曲を発表するコンセプチュアルなプロジェクトだ。ブエノスアイレス、グリーンランドなどなど。もちろんデンマークも入っていて、次は日本に関する楽曲を作る予定。ジャズ・ミュージシャンに限定せず、ジャンルに関係なくさまざまな楽器のミュージシャンにも参加してもらっている。このバンドでは、僕はアコースティック・ベースを弾いているけれど、他には、アルメニアのドゥドゥクという楽器も入れているし、ウクライナ人のシンガーやアルメニアのヴィオラ奏者、イスラエル人のピアニストにも加わってもらっている。僕の息子もトランペットで参加することになっている。

早田和音

2000年から音楽ライターとしての執筆を開始。インタビュー、ライブリポート、ライナーノーツなどの執筆やラジオ出演、海外取材など、多方面で活動。米国ジャズ誌『ダウンビート』国際批評家投票メンバー。世界各国のメジャー・レーベルからインディペンデント・レーベルまで数多くのミュージシャンとの交流を重ね、海外メディアからの信頼も厚い。

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