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InterviewsNo. 310

Interview #280 オノセイゲン『Jazz, Bossa and Reflections』

Interviewed by Kenny Inaoka 稲岡邦彌 over cyber January~February, 2024

第1楽章

JazzTokyo: アルバム『Jazz, Bossa and Reflections Vol.1』を企画したきっかけからを教えて下さい。

Ono Seigen:
① まず「レコードとオーディオの関係」を今こそ再提案しておきたかったことです。
これは何年もずーっと思い続けていたことです。

Recorded Musicつまりレコードを(アーティストや制作者に近づいて)聴くには、オーディオが欠かせません。レコードの歴史はそのままオーディオの歴史です。モノラルからステレオになったとき、オーディオ・メーカーでは、ステレオ(HiFiオーディオとしての)システムを家庭に売るために、メーカーから系列のレコード会社にステレオ・レコード(商品)を制作するように指令を出しました。中には、モノラル録音テープしか存在しないのに、擬似ステレオのレコードまで登場した例もありました。60〜70〜80年代はオーディオとレコードは車の両輪のように、電機メーカーのグループにメジャーのレコード会社が生まれました。音楽を聴くためのオーディオ・システム、HiFiオーディオ(レコードプレーヤー、アンプとスピーカー)が必要なのです。日本でも電気メーカーが、HiFiオーディオを売るために海外のレーベルと契約して、子会社としてレコード会社を作りました。時代とともに洋楽のパートナーは変わりますが、HITACHI と 日本コロムビア、Columbia、ソニーとCBS/SONY、日本ビクターとRCA Victor、RVC、BMG、PHILIPS、東芝とEMI、富士電機と Polydor、VERVE、DECCA、Deutsche Grammophon、松下電器とテイチク、パイオニアとWarner、Blue Note、Atlantic、Capitol、Telarc、London、Virginきりがありません。
Kennyがいたトリオレコードも親会社はステレオメーカーでしたよね?

JT:当時の「ステレオ御三家(トリオ、パイオニア、山水)のひとつトリオ株式会社(のちのケンウッド、現在の JVCケンウッド)でした。創業社長(中野英雄)が音楽教師で息子(中野 雄)がヴァイオリニストだったこともあり、オーディオ・メーカーがソフト(レコードなど)を知らんでどうする!ということで 1968年に音楽事業部として発足、のちにレコード事業部に拡大発展、通称「トリオレコード」を名乗っていました。僕が入社したのは1971年でしたが、1972年にドイツのECMとレーベル契約しました。

Seigen:さすが、創業社長は「先見の明」ありですね。そしてKennyはECMとそこから運命共同体です!(先輩ですが友人としてKennyと呼ばせてもらいます笑)
ところで、若者の中では、「音楽は好き」「どちらかというと音楽は好き」という方が90%近いかと思います。ただしそのほとんどは今やスマホでサブスク、イアフォンで通勤電車で音楽を聴きます。例えば、ジャズ(やボサノバ)を初めて聴く中学生には、このコンピレーションを最初にいい音で(いいオーディオ・システムで)聴く機会を作って欲しいのです。その中から必ず何人かは「こっちの道に進みたい!」となります。ただし、全員ではありません。たぶん100人にひとりの感受性の高い人だけです。「本当に美味しい音楽」「感情の伝わる音色」=『Jazz, Bossa and Reflections』を世の中に問うたのがこの企画です。

② 僕は、1996年にSaidera Masteringを開設しました。2000年頃にスーパーオーディオCDやDVD-Audioが登場し、いい方向にいくかと思ったら、一方で普通のCDのボリューム戦争(いかにうるさい音の製品にするか)が音色を破壊してしまいました。当たり前ですが、それまでアーティストや制作現場が主流だったのが(録音やミキシング・スタジオに来たこともない=現場の「音色」や音楽の感情を知らない)宣伝やマーケティングの方が立場が(制作より立場が)上になってしまったのです。「音色」を無視して、レコード店頭の試聴機や番組で他のトラックより目立つこと、うるさく聞こえるCDマスタリングにより、たった16ビットのダイナミックレンジの最初から最後まで常に針が振り切れるよう音圧を入れて、まあMetallica(へビーメタルのバンド)ならあれでいい。ジャズでもポップスでも70〜80年代の音楽は、そのようなプロセスで作られたCDは、初版のアナログ・レコードやオリジナル・マスター・テープからは、かけ離れた、極端に言えば(楽曲や演奏に含まれる「感情」が)別物の音楽です。商品ですから一度に大量に売れる方が正解、というのは金儲けの商売としては正しいのかもしれませんが、その結果、後で述べるサブスク&ストリーミングに駆逐されて、日本ではアニメやアイドルのCDでさえ全盛期の半分以下しか流通しない状況になりました。この『Jazz, Bossa and Reflections Vol.1』は、「音色」=「感情」がリスナーに伝わることを最優先して選曲&マスタリングしました。

③ ずーっとそんなこと(①②)をここ何年か考えていたところに、オーディオファンなら名前を聞いたことあるかと思いますが、TAOCから40周年企画に何かやりたいという相談がありました。TAOCは、自動車用鋳造部品メーカーであるアイシン高丘株式会社の、ハイグレード・オーディオ・ブランドです。うちのスタジオでも最高級のラックやスタンド、インシュレーターなどを使っていますが、一般のオーディオや音楽ファンにはBOSEやJBLのような有名なスピーカー、SONYやSHUREのマイクロホン、TechnicsやLINNのようなレコードプレーヤーなどのオーディオ機器に比べると、TAOCの名前は知られていないと思います。

トヨタグループのひとつである株式会社アイシン、その経営理念とは「“移動” に感動を、未来に笑顔を。」とあります。人々の「心」を動かすようなあらゆる“移動” 体験を世界中の人々に提供する。「豊かな社会づくりへの貢献」これは、まさにRecorded Musicです!いいレコードや素晴らしい映画の体験とは、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のようなタイムマシン体験です!「心」をさぶられ、時空を超えた移動体験による感動です。「Jazz, Bossa and Reflections Vol.1」を聴くと感受性の高い方は、笑顔になったり涙を流したりします。「レコードとオーディオの関係」とは本来、それが目的だったのです。すべてのお客様に「聴く喜び」と「感動」を実感していただくため、といっても個人の趣味趣向、感受性によるところが大きいのですが、それは食事やワインの世界も同じですね。

TAOCの40周年企画として「Jazz, Bossa and Reflections Vol.1」を提案したのです。2024年現在、今のメジャーレーベルの経営者は、70〜80年代のように「オーディオとレコードは車の両輪」などとは考えていません。電気メーカー(という定義が成り立たないほど、家電製品は変化しましたね)やオーディオメーカーとの運命共同体であるなど、誰も考えていません。コンサートイベントの動員人数、有名アーティストであるか、メディアやスマホで何回再生されるか、赤字部門はないか、だけしか事業の評価基準にないのです。想像ですが、すでにレコード会社を退職してJazzTokyoを読む方たちは、自宅ではJBLにマッキントッシュ、レコード・プレーヤーも買い替えた、という方も少なくないのではないでしょうか?このタイミングでSACD再生を考えましょう(笑)改めて、「レコードとオーディオの関係」を今こそ再提案する!企画にTAOCの40周年がピッタリはまったわけです。コンシュマーオーディオのマーケットだけでなく、TAOCの中に有志が始めた新しいプロジェクト、プロオーディオ専用シリーズ「TAOCスタジオワークス」も始まりました。

JT:TAOCにはどんなオーディオ製品があるのですか?

Seigen:従来のコンシュマー・オーディオの製品は、オーディオラック、スタンド、インシュレーターのラインナップですね。TAOC スタジオワークスはスタジオモニター用のスピーカースタンドがメインです。SDMO Studioでもまもなく導入するそうです。https://saidera.co.jp/workshop.html  詳細は第9章あたりで紹介します。
JazzTokyoの読者は、まず知らないですよね?まずTAOCの名前だけでも覚えてください。僕は知っていましたよ。インシュレーターや内部損失の高い、鋳鉄のスタンドのメーカーとしてかなり昔から。そんなのが人間の耳に届く音を再生するのに影響するんです。詳しくはホームページを参照ください。
https://www.taoc.gr.jp/

『鋳鉄の振動減衰性を応用した最適な音響空間を提供し、より豊かに音を楽しんでいただく』

半世紀以上にわたり自動車用鋳造部品メーカーとして蓄積してきた鋳造及び加工技術、鋳鉄特性に関する多くの知識と経験を 最大限に活かしたオーディオ向け製品を独自に開発、国内外のオーディオ愛好家を中心に提供しています。オーディオ機器から発生される音楽がその影響により、阻害されていることは意外と知られていません。音響機器に備わっている性能を活かし、理想とする豊かな音を奏でるためには、振動を適切に整えることが求められます。
スペックやフォーマットは時代とともに進化していきます。ところがCDの時代からデジタル化された音楽は、一見便利なように見えて、カーステレオのFMラジオ局から流れる聞きやすい音楽(いわゆるヒット曲)、クラブDJ がかけたい音、多様化していく。その中でアナログ・レコードの時にはちょうど「いい加減・塩梅」で音楽的であ
るか?まあここからはリスナーの自由で、つまり制作者(アーティスト、プロデューサー)の意図から離れて、聞き手の楽しみとしての自由です。ここがプロ・オーディオと趣味の楽しいオーディオとの境目です。カートリッジの趣味趣向、もっと大きいのはスピーカーの趣味趣向。さらに言えば部屋の反射音は非常に重要でどんなに高価なスピーカーを購入しても、そのポテンシャルはどんなにがんばっても部屋で決まってしまいます。そして空間の次は、床や機器の振動でもデリケートな差が出るわけです。ようやく内部損失の高い材料=鋳鉄にたどり着きましたね(笑)

JT:鋳鉄からオーディオですか...。キーワードは振動...。

Seigen:オーディオ機器から発生される振動がその影響により、音楽を阻害していることは意外と知られていません。繰り返しますが、聞こえる音に影響を与える要素は大きい順に一番は、空間(部屋)、2番目にスピーカー、カートリッジ、マイク、3番目にアンプやDAC/ADC、そして電源やケーブル、そこまでできた上でのスタンドやインシュレーターです。振動を整える、とか物理的な云々よりも感受性の高い人は聞けば違いがわかります。逆にコンテンツは変わらないわけですから、音色や味覚は響かない人にはまったくどうでもいいこととも言えます。それがどれほど重要であるかは、あくまで個人の経験値と感受性によりますね。

音響機器に備わっている性能を活かし、理想とする豊かな音を奏でるためには、振動を適切に整えることが求められます。

④ レコードの制作現場、オーディオの商品企画、ここまで述べたように昔は、というか本来は車の両輪のようにどちらが欠けても役割を成しません。ほんの100年程度しかないRecorded Musicとそれを再生するオーディオ、そのスペックやフォーマットは時代とともに進化していきます。自然の一部である人間社会、音楽や踊りは人間が社会を想像した時点からあります。それは商売として売れるか、売れないかとは関係ありませんでした。

ところがCDの時代からデジタル化された音楽は、一見便利なように見えて、カーステレオのFMラジオ局から流れて聞きやすい音楽(いわゆるヒット曲)、クラブDJがかけたい音、多様化していく。その中でアナログ・レコードの時にはちょうど「いい加減・塩梅」で音楽的であった「カッティング」が、CDに置き代わって90年代終わりからは(作り手側の音色やグルーブのこだわりから離れて)破壊的なボリューム戦争へ突入しました。「音色を犠牲にしてまでも」音圧をあげる、少しでも耳にうるさく聞こえることが、マーケティング的に優先されされていったのです。アーティスト側の意見より売る側の意見が重視されたこの時から、リスナーは離れていくことになりました。

アーティスト側の意見より売る側の意見が重視されたこの時から、リスナーは離れていくことに(音楽を聴くのにお金を払ってまで聞かなく)なりました。少し乱暴ないい方ですが、それが現在のサブスク聞き放題に至ります。Recorded Musicを制作する理由と、誰にどう聞いてもらいたいか、について大きな流れが本末転倒しているのです。

サブスクでスマホで聞く。自分もですがYouTubeで無料で聞く。昔は海賊盤でも手に入れられなかった音源や海外の70年代のテレビ番組まで、検索にはこんなに便利な時代になるとは予想できませんでした。

これらは情報としての音楽で、スマホでサブスクって、食べログで星の数みて(実際には行ったことない店の)食事を食べた気分になってるのと、まあ同じ。情報以上の何ものでもない、と。TV視聴率の高い番組のようなもので、どうでもいい情報です。大多数の人にはそれでいいのです。

このアルバムはSACD Hybrid、高額商品です。同じアーティストのフル・アルバムが普通のCDでいわゆる1000円CDやダウンロードでも出ていますから、ここで聞いた曲のオリジナル・アルバムを聞きたい方は、そちらを聞くきっかけになります。

40周年となった「TAOC」のオーディオ・アクセサリーを使うといい。それはアンプでもスピーカーでもない。料理人の包丁の選択のようなプロ向けの道具。熟練のジャズ・ファンなら誰でも所有している曲ばかりの本アルバムで若いリスナーにこそSACD層をいいスピーカーで体験してほしい。美しい音(美味しい食事)とは、主観的なものであり最終的には個人の趣味嗜好、人生の経験値に左右される。つまり、ほとんどの人には、そんなことはどうでもいいとも言えます一方で、涙を流すほど感動できるかどうかは、誰と一緒に体験するかが実は大きい。音楽は、感受性の高い人には人生を変えるほどの力がある。

第2楽章

JT:選曲はどのような基準で?

Seigen:
例えば、ジャズやボサノバの初心者が、何気なくこのコンピレーションから耳にするといいと思うんです。初めてジャズやボサノバを聞く中学生、普段はクラシックしか聞かない大人でも、「本当に美味しい音楽」は感受性の高い人には響きます。繰り返しますが、(好きな食べ物と同じく)全ての人ではありません。それは食事も音楽も同じです。「本当に美味しい食事」は食べた人を夢中にします。儲けることがレストランでもレコードでもオーディオでも「事業部の命題」だと理解できますが、それだけでは破綻してしまいます。

僕が自分で好きなトラックを集めてみた、と思われたかもしれませんがそれだけではないのです。ジャズ・ファンなら誰でもこれらのレコードやCDを持っているはずです。オーディオファンの中には、例えば、オスカー・ピーターソンのアルバム『プリーズ・リクエスト』ならSACDも初回のレコードも全てのバージョンを持っているぞ、という方が世界には何人もいます。この『Jazz, Bossa and Reflections Vol.1』は、そんな誰でも知ってる王道の楽曲を25曲(アルバム3枚分ものトラック数)も収録して¥4,400(税込)という高額商品ですが、ぜひその中の1枚に加えてください。(購入して、一度だけ聞いてみたけど、もういいや、と思った方は2024年12月までは僕が2200円で買い取ります。2回以上聞かれた場合は1320円で買い取ります。
選曲の基準、その要素を以下に解説します。後日、第6楽章?から全曲解説したいと思いますが、全て名盤なので曲によっては、音楽評論家の解説も聞きたいですね。

その要素を以下に解説します。
A . 素晴らしい楽曲があり、B. 伝説的なアーティストが演奏し、C. 最高の録音
と編集を経て、D. 高品質なオーディオで聴く。
これを食事に例えるなら、A. 王道のレシピで、B. ふさわしい食材を、C. 優秀なシェフが、D. 優れた料理道具とホスピタリティで供する、となろうか。CとDにいくらお金をかけても、AとBがダメだとまったく伝わらない。逆にAとBがすごい場合は、僕はそれをYouTubeで聞いても離れられなくなる。スマホにヘッドホンでサブスクを流す、それでも曲と演奏は楽しめる。しかし音楽を「体験する」にはもう少し豊かなものであって欲しい。仕事として本気のリファレンス音源が必要な人にでも使ってもらえるよう選曲とマスタリングを (ABCD厳選して) 仕上げました。

JT:NYのVerveの倉庫にコピーに出かけたと聞きましたが。

Seigen & Yoshi(R)

Seigen:2003年、「ヴァーヴ生誕60周年記念企画」SACD10 作品のためユニバーサルの斉藤義久さんとぼくはニューヨークのユニバーサル・スタジオに行きました。ニュージャージーのテープ倉庫から国外持ち出し禁止のオリジナル・マスターテープを揃えてもらいました。その頃、始まったばかりのSACD化のため、ソニーからSONOMA(DSD audio work station) も用意してもらいました。STUDER A80 のHiとLoだけを調整。その時はテレコのEQ以外は触っていません。持ち込んだカスタムケーブルだけで、EMM ADC8からSONOMAにダイレクトにアーカイブ。

アナログマスターテープが、世界中で、リマスターされすぎて痛んでたり、保管してなかったり。各国に送られたファースト・ジェネレーション・コピーでは、日本のポリドールの倉庫の管理は素晴らしい。メジャーのレコード会社の中には保管倉庫代の節約のためデジタル化してオリジナルを廃棄してる例もあるとか聞きます。

「ヴァーヴ生誕60周年記念企画」SACD10
Verve 60th Anniversary Supreme Sound Edition SACD

https://www.discogs.com/ja/label/1119037-Verve-60th-Anniversary-Supreme-Sound-Edition-SACD?fbclid=IwAR2BOpue5bGSTh4eUju5VM3dGWQZyyIdfDVFgHp5h_xLXHNqT-0LkZ9Qb_w

https://www.sa-cdlab.com/r_jazz/04g/antonio/antonio.html

第4楽章

JT:Seigen のバンドのトラックもありますが。

Seigen:普通のCDプレーヤーで聞ける17曲のあとに、SACD対応のプレーヤーを持っている人しか聞けないトラックM18からM25、これは当初は入れるつもりはなかったんです。CDは音質と安定した製品を考えると最長で68分くらいに納めておくのがいい。普通のCDプレーヤーでしか聞けない17曲、それでもたっぷり普通のアルバム2枚分ありますね。そのあとはボーナストラックのつもりで、SACDという器の最長108分まで、もったいないからオーディオ調整用信号でも入れようかとも思ったのです。SACDプレーヤーを持ってる人は、もちろんジャズ、クラシックファンですが、音響、オーディオが好きな方もいますので。ラストのM25〈forty days forty nights / Seigen Ono〉は、まったくもってジャズでもボサでもないから、この前で止めてもらっていい。全部の楽器をひとりでダビングしながら途中にスイープ音が入れてあったり、これがスピーカーで全てのレンジが再生されるかのチェックにも使えるので、ただし5Hzなどは危険なので25Hzでハイパスフィルターかけてあります。...そもそもこんなスター・ラインナップに自分の演奏を2曲も並べるなんて厚かましい、王道のジャズファンには叱られますよね。

M24は、スイスのあのモントルーでのライブ。僕は高校時代から、ジャズ、ビバップのミュージシャンに憧れながらも、その頃やってたのはロックだし、音楽の勉強もトレーニングもせず、録音の世界に入り、人生どこでどんなことが起きるかわかりません。ジャズ・ミュージシャンなら誰でも一度は出演してみたいのがスイスのモントゥルー・ジャズ・フェスティバル。創始者のクロウド・ノブスさんが直々に僕にライブをやれ、と。話は1991年、25周年の盛大なフェスにソニーがハイビジジョン収録のための機材と人員をスイスに送りました。当時は大型の中継車2台と、1本8万円もするテープも大量に。その時の豪華な出演者はジャズに限らずこんなラインナップ。

MILES DAVIS with GIL EVANS ORCHESTRA conducted by QUINCY JONES
GAL COSTA, LE MYSTÉRE DES VOIX BULGARES, KID CREOLE and THE COCONUTS
DEEE LITE with BOOTSY COLLINS, THE ROBERT CRAY BAND with MEMPHIS HORNS
ELVIS COSTELLO & THE RUDE FIVE, THE B.B.KING BLUES BAND, DIANNE REEVES
RAY CHARLES, CHAKA KHAN, GEORGE BENSON and COUNT BASIE ORCHESTRA
HERBIE HANCOCK, WAYNE SHORTER, STANLEY CLARKE, OMAR HAKIM
STING, DAVID SANBORN GROUP, HENRI SALVADOR

Claude Nobbs

このダイジェスト版のミキシングを信濃町CBS/SONYスタジオで1週間ほぼ泊まり込みで仕上げたのです。そのミックスをノブスさんが気に入ってくれて、翌年、東京に来た時に会う機会がありました。ノブスさん「いつもは何をしてるんだ?」ぼく「こんな音楽を作っています。」と「Bar del Mattatoio / Seigen Ono」のラフ・ミックスのカセットを差し上げたのです。ノブスさん「これは気に入った、モントゥルーでライブをやりなさい」ぼく「すみません、僕はバンドは持っていません。これはマルチテープにニューヨークやリオ、サンパウロ、パリ、ロンドン、東京と行く先々で友人たちと録音しながら作ったので、ライブはできないんです」ノブスさん「ではスイスにみんなに集まってもらえばいいじゃないか」そんな無茶な?と思うのは日本人的発想で、ノブスさんは5日間のホテルとリハーサルルームまで用意してくれて、ここにまったく無名のSEIGEN ONO ENSEMBLEが1993年の2週間のフェスティバルの最終日のクロージングの演奏(予定は夜中1時、最終日はお祭り状態なので押しまくってスタートは3時過ぎ)でのデビューとなった。マイルス・デイヴィス・ホールの演奏がほろ酔いの満員の客に受けてしまった。ノブスさんはその場で1994年の再演をアナウスして、なんとそれは実行されて2年連続のライブは1枚のアルバムとなった。ライナーノーツは以下。
https://saidera.co.jp/sr/mo.html

同時に発売したスタジオ盤「Bar del Mattatoio / Seigen Ono」のライナーノーツはカエタノ・ヴェローゾ。
https://saidera.co.jp/sr/bdm.html

この10年間モントゥル-・ジャズ・フェスティバルでは、最終日の「ネバ-・エンディング・ナイト」を続けている。93年7月17日、モントゥル-に初めて演奏に来たオノセイゲン。彼がマイルス・デイヴィス・ホ-ルのステ-ジを降りたのは朝6時、(その年の)トリをつとめた。セイゲン・オノ・アンサンブルは、驚くばかりの多国籍ミュ-ジシャンと新鮮なアレンジ、そして多彩なリズムとその独創的なサウンドで観客全員を驚かせることになった。彼のショ-が終了すると、窓のカ-テンが開けられ観客はレマン湖の朝日を見た。それはマジカルな瞬間だった。27回のフェスティバルで初めて、 私は(ショ-が終了後)その場でひとりのア-ティストを翌年のストラヴィンスキ-・ホ-ルの大きなステ-ジへと招待した。そしてすべては順調に運び、今年7月11日夜、セイゲン・オノと彼の多国籍バンドがステ-ジに登場した。それはラロ・シフリン(スパイ大作戦のテ-マ等で有名なアルゼンチンの作曲家)とミュンヘン交響楽団にグラディ・テイト、レイ・ブラウン、スライド・ハンプトン、パキ-ト・デ・リベラ、ジョン・ファディスの後だった。この年、彼はステ-ジ上にフルサイズのブラジリアン・カフェを作リ、演奏が始まるとそこでふたりの女性が「カイピリ-ニャ」というブラジルのナショナル・ドリンクを作りはじめた。それはまずミュ-ジシャンに、明らかに熱狂は高まり、そして観客の何人かにもサ-ビスされ、ステ-ジに招かれダンスに加わる者もあった。2杯のカイピリ-ニャと彼の1時間の音楽の後、気がつくと私はステ-ジ上でひとりのブラジリアン・レディといっしょにタンゴを踊っていた。 セイゲン・オノの音楽の魅力は言葉では表わせない。「聴く」ことによってのみ触れることができる。独創的感触、マジカルな雰囲気、デリケ-トなメロディ-、ミュ-ジシャンの質、それらすべて、オノセイゲンによりジェントルに指揮されるすべてのプロジェクトは、記憶に残る夜を作りだした。
クロウド・ノブス(モントル-・ジャズ・フェスティバル プロデュ-サ-&ディレクタ-)

「バ-・デル・マタトイオ(屠殺場酒場)」を聴くこと、それはユニ-クな体験だ。オノセイゲンはただちに私たちを人間的でまた地理的な風景の中へ運んでくれる。官能と甘さとメランコリ-のあふれる風景へ。生活の強烈な楽しさと、生活をうまくまとめていけないことがわかったときのあいまいな悲しみ、そのふたつのブレンド – – – ブラジル人ならたぶんわかるだろうが – – – がここでは稀にみる詩的な力で捉えられている。
フェリ-ニの映画にありそうなセンチメンタルなメロディ-は、聴かれるというより思い出される。このメロディ-は海から現れ、砂浜やアスファルトや歩道に広がる群衆を通り抜け、リオ・デ・ジャネイロの街のために太陽がもえている青空へと抜けてゆく。しかしここで大切なのはさまざまな声のサウンド、波、ここで述べたことから沸き上がってきた視覚的な印象ではない。フレ-ズやノイズはあたかも見えない映像でできた映画のサントラであるかのようには聞こえてこない。私たちを驚かせるのはサウンドのパワ-の理解である。
物売りの声、電話の会話、波の極めて微妙なミックスは完全にアコ-ディオン、サックス、ヴァイオリンの音色の選択に力を貸している。ひとつのテ-マが何度も繰り返され – – – キュ-バのボレロとブラジル北東部のトア-ダ(民謡)- – そのセンチメンタルな変奏はアルバム全体を通してちりばめられた甘いアイロニ-をかもしだす。そのために少しあとで、ゆかいなチュ-バがベ-スになって、おどけ者のヴァイオリンとふざけあうときに、私たちがただちにそのすべてが懐かしさ – – – 何に対する懐かしさなのかはわからないのだが – – – のフィルタ-を通して聞こえてくるように感じるのだ。
音楽とこうしたサウンドは世界や娯楽や音楽の概念を通して私たちのもとへやってくるのだ。音楽はつねに聞こえてくる構成物を越えたもの、ほかの場所にあるものなのだ。二-ノ・ロ-タや小津映画のサントラのことを考えればよい。そのあと、コンガ、ベ-ス、ファンキ-なホ-ンの曲では、ギタ-とサックスの即興が聞こえてくるのだが、ありきたりのジャズ・フュ-ジョンを聞いているような感じはしない。そうではなく、ジャズ・フェスティバルをやっている最中のヨ-ロッパの小さな町のホテルにいて、広場でやっているバンドが聞こえてくる、そんな自分を簡単に想像できるだろう。ヴァイオリンはただコメントと気持ちの喚起がここでは一番大事なことなんだと確認するにすぎない。
私たちにこのような印象を与えるのは単にミックスや演奏のせいではない。スタイルの「モンタ-ジュ」のテクニックが、時にたった一節の中にさえコントラストを与えるのだ。そして批判的な考えを生み出したり、実際には聞こえていないがそこに実在してもよいようなほかの音楽やサウンドへの記憶へと私たちを導いたりする。ほかの曲ではフランスの子どもたちの話声や歌声がノイズから立ち現れ音楽となる。そして優美なリズムとほぼメロディ-の話声が互いに絡み合ってひとつのメッセ-ジ(レコ-ドのすべての登場人物と妄想のメッセ-ジ)が生まれる。そのメッセンジャ-は子どもたちなのだ。たぶんもうひとつのメッセ-ジはタンゴにある。実はこれはサンバであり実はこれは私たちをあれやこれやの思いにいたらせる悲しみと幸せを運ぶ遊びなのだ。別の曲にあるバイ-アの街の通りのパ-カッションのサウンドは他の曲とは異なる。とても離れているのに、理性と純粋な心のまじりあった処理をされている。たぶんこの調和はこのアルバム全体を説明しているかもしれない。理性の洗練と心の純粋性。すべては – – – ブラジルがあふれているにもかかわらず- – – が日本のタッチだ。
シロフォン、ヴィブラフォンとピアノのコンビネ-ション、甘すぎるキャンディ-のように西洋的でもある旋律の合間に現れる東洋的な音程。無邪気なようにみえる知識。真実の無垢。不思議なしとやかさと不思議な大胆さ。「バ-・デル・マタトイオ」は独創的なオブジェだ。
94年10月 リオ・デ・ジャネイロ|カエタノ・ヴェロ-ゾ(和訳:細川周平)

このアルバムの編成を1年近く練っているうちに、僕の音楽、録音に影響を与えた3人にこのアルバムを捧げた。クロウド・ノブスさん、ブラジルに惹かれたきっかけはカエタノ・ヴェローゾ、Recorded Musicについて、素早く結果を出すのが重要なこと、などの対談もさせてもらった一番影響を受けたフィル・ラモーン。

第5楽章

JT:アンチ・サブスクですか?

Seigen:いいえ、世の中の流れを変えることなど、僕にはできません。戦争を停止することも、政治や経済を変えることも自分にはできませんし、まして人々の音楽の聞き方を、そこは強制なんかとてもできない。昔も今も、映像と音声では機材の価格も、映像事業と目には見えない音響事業とは10倍以上の差があり、映像にお金をかけても音声やオーディオ・エンジニアには10分の1です。今や、CDプレーヤーを持ってる人も少ない。アナログ・レコードがブームになっていますが、Recorded Musicは本来なら、それを再生するオーディオも原曲と同じくらい大切なんです。スマホでサブスクって、食べログで星の数みて(実際には行ったことない店の)食事を食べた気になってるのと、まあ同じ。情報以上の何ものでもない。と。アンチというより、こんなに美味しい音があるのに、世の中の人は99.99%、これを体験しようともしない、そんな機会も場所もない、かわいそうだねえ。自分だけいい音を聞いていて申し訳ないとは思わないが、同じ3分の曲を聞く、アルバムA面、20分を聴くなら、一番いい音で聞かないと、その時間がもったいない、と思いませんか?あ、知らないからそうは思わないか。

サブスクで無限に聞けると勘違いしていますが、人生の中で時間は無限ではない。だいたい、音楽と向かい合って聴く時間は、限られてる。とても短い。

JT:そのアナログ・レコードの問題とは?

Seigen:ブームになっているように見えますが、年間の製造枚数は2年前だったか180万枚と聞いたことがあります。CD全盛期だったら。100万枚ヒットを飛ばすアーティストは何人もいましたね。

JT:よく言われているアナログ・レコードとCDの情報量の問題はどう捉えていますか?
JT:良い音をSN比のよい音、つまりノイズの少ない音と捉えているリスナーが多いようですが、どう思いますか?

Seigen:この今、ホットなトピックはセミナーかトークショーで Q&A 付きで2時間でも話しきれませんが、突然休刊になってしまったPROSOUND 2023年6月号 Vol.235に10ページの原稿があります。実に20ページ分書いて、途中までしか掲載できなかったのですが。

●SAIDERA PARADISO

美しい音は、時空を越える オノ セイゲン
https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/bss_reg_pro/ps235
突然休刊になってしまった「PROSOUND」

JT:それでは、アナログの良さ、メリットとは?

Seigen:DSDに記録する手前は、アナログです。真空管でもソリッドステートでも。空気の粗密波に変換するスピーカーもアナログです。D級のデジタルアンプでもいいのです。意外に、ほとんどのエンジニア、オーディオ・インストーラー、スピーカー設計者でさえ、本当に少しの人しか、部屋の反射音を調整することが高価な機材よりどれほど重要かに気がついていません。部屋の壁、床、天井、全てのもの、その反射音はアナログでというか、当たり前の物理的法則で調整していくしかありません。デジタルで補正やシュミレーションは最初の確認くらいまでは素早くできますが、人間のアナログな感覚にはまだ勝てませんね。

JT:デジタル弱者と言われる中高年以上の層は売り上げ減で広告(情報)も減り、小売店も少なくなった現在、音楽(例えば、CD)や新譜情報にアクセスできる機会が激減していると思われます。これが更なる売り上げ減を招き、いわゆる負のスパイラルに陥っていると思われるのですが。

Seigen:全くその通りです。先に述べた、アーティスト側の意見より売る側の意見が重視されたこの時から、リスナーは離れていくことになりました。それがCDショップが消えていった原因だと(僕は)断定できます。それまで1番の音楽マニアだったバイヤーが手書きのキャプションを書いてまで薦めたい音楽が消えていったのです。デジタル弱者以前に音楽を売る側にも音楽が好きな人が居なくなってしまったのです。すると客は音楽を探してお金を払って買ってきてまで聞かなくなり、少し乱暴ないい方ですが、それが現在のサブスク聞き放題に至ります。Recorded Musicを制作する理由と、誰にどう聞いてもらいたいか、について大きな流れが本末転倒しているのです。

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稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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