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R.I.P. 沖至No. 270

追悼 沖至 musician/producer 巻上公一

text by Koichi Makigami 巻上公一
photos by Masaaki Ikeda 池田まさあき

沖至は、会うなり「練習してる?」と訊いた。
コルネットのマウスピースにクチビルをすぼめてピーっと鳴らすと、「いいね」と言ってくれた。
ぼくがメインプロデューサーを務めるJAZZ ART せんがわに2012年に初登場。それから7年間に亘って、スペシャルな自作トランペットを自在に吹いてくれた。
以下が出演の年譜である。

2012/7/22
沖至(tp)+チャンゴダイ(P)+菊池マリ(happener)
2013/7/19
秘宝感 ゲスト:沖至(tp)
2014/9/6
ヒカシュー ゲスト:沖至(tp)
2015/9/19
沖至(tp)×Ayumi Tanaka
2016/9/17
ロジャー・ターナー+沖至(tp)+柳家小春+藤原清登
2017/9/17
「サンデー・マティネ・コンサートvol.183」トランペットの不思議
沖至(tp)、巻上公一(お話)
2018/9/15
白石かずこ×沖至(tp)×藤原清登/巻上公一×ヴェルナー・プンティガム×有本羅人/三角みづ紀×近藤達郎

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2015年は、JAZZ ART せんがわでのヒカシューと沖至の共演を、リトアニアの老舗音楽フェスティバル、第29回ビリニュスジャズに持ち込んだ
「日本人ではじめてビリニュスジャズに出たのはぼくだよ」
そんなことも知らずに、ビリニュスジャズのプロデューサー、アンタナス(Antanas Gustys)にぼくは売り込んでいた。沖至は、1989年の第二回ビリニュスジャズに沖至カルテットで出演してるのだ。ヒカシューは2012年に参加したばかりなので、単独のプログラムに難色を示したアンタナスも、沖至の名前をきいて、すぐに首を縦に振ってくれた。
この時のビリニュスのカフェでの会話だったか、その前だったか、記憶は曖昧なのだが、「ぼくはやっとトランペットの吹き方がわかってきた」と言っていた。
「本当ですか?」と耳を疑ったが、同じ年にサクソフォニストの坂田明が、同じようなことを言っていたので、七十歳を越えないと、楽器というものの奥義は会得できないのかと、思うようになった。これはおそらく武術の達人レベルの話だと思う。
「どこのコルネット吹いてるの?」
「ベッソンです」
「いいね、でもちょっと重いでしょ」
「マウスピースは何番?」
「3Bです」
自分のコルネットのことを、きちんと質問されたのははじめてだった。
ある時は、ぼくが持参したベルのつぶれたヤマハのコルネットを見るなり、ベルのへこみを修理しはじめ、1時間後には、かなりベルが復活していた。リヨンの楽器工房で貴族の狩猟用ラッパのベル修理は、いいお金になったという。
「あれすぐつぶれるし、よくつぶすんだよ」
沖至は、リヨンでトランペット製作を学び、どれくらい自作したのだろうか。最近は、溶け出した楽器のようなフォルムで、ふたつのベルを持つトランペットをいつも持っていた。これはふたつ同時になるのではなく、高域で面白い音がだせるようなベルをトランペットにくっつけたそうで、手前のストッパーで切り替えるようにできている。
太陽1991年五月号「骨董喇叭蒐集癖」で、沖は、「世界でただ一本の、幻のトランペットをフランスのリヨンの地中から発掘し、二五歳でこの世を去った、あのクリフォード・ブラウンの魂を引き受ける、そしてサルバドール・ダリを超えるような芸術的トランペットの傑作を製作してみせる! というのが俺の夢なのだ。」と書いている。
そうまさに、その造形は奇想であり、くねくねとした自由な即興の蠢きのようである沖至のトランペットはシュールレアリスムそのものなのである。そのフォルムは思考を映しているのだと思う。どんなありえないような音楽の組み合わせでも、沖至は、上半身に直に革のベストを羽織って、飄々と演奏してしまう。その姿は、多くの共演者を勇気づけてきたのではないか。
そして、どれだけトランペットが好きなんだろう。2016年のパイパー誌の石川千晶のインタビューに答えて、「なぜか、昔から真鍮の匂いが好きだったのね。最初はベッソンの古いモデルに興味があって、一本買ったらまた一本 (ベッソンは70本所有)」そのうち300本を軽く越えてしまう。集めているのは、ピストンが発明された1840年代以降、1900年代頃までに限っているという。
昨年(2019年)は、「JAZZ ART せんがわ」ではなく、「熱海未来音楽祭」に出演してもらう予定で、ポスターの表紙を、シュールなふたつのベルのトランペットを吹く沖至の写真にしていた。レトロと未来の共存する熱海にぴったりな写真だった。来日直前に、喉の不調が伝えられ、残念ながら中止になった。今年こそと沖至も計画していたときく。まだまだトランペット吹き足らないに違いない。いつまでも吹いていたいに違いない。日本のフリージャズの代表と言われて久しいが、輝かしい音ではなく、くぐもった個性的な音質を好み、激流ではなく、さざ波のありようで、ふんわり流れる演奏の沖至は、世界でも重要なトランペッターとして歴史に刻まれるだろう。


Jazz Art Trio w/北陽一郎 @ Jazz Art せんがわ 2020



巻上 公一(まきがみ こういち)
1956年、熱海生まれ。多楽器奏者、詩人、プロデューサー、作詞、作曲家。ホーメイを含むヴォイスパフォーマー。1978年結成の「ヒカシュー」のリーダー。「Jazz Art せんがわ」、「熱海未来音楽祭」の総合プロデューサー。最新CD『ヒカシュー/絶景』。最新刊に「至高の妄想」(書肆山田)。

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