ウォルター・ラングとの出会い by 佐藤浩一
Text by Koichi Sato 佐藤浩一
ウォルターと会った回数はそう多くはないが、その一つ一つはじんわりと記憶に残っている。
はじめて会ったのは岡山の城下公会堂だった。「おかやまコンテンポラン」というイベントで、Shinya Fukumori Trio(ドラム福盛進也、サックスはマテュー・ボーデネイヴ、そしてピアノはウォルター・ラング)と伊藤ゴローDuo(ギター伊藤ゴロー、ピアノが佐藤浩一)の対バン、2018年4月1日のことだった。ウォルターはアップライトピアノを丁寧に且つ迷いなく鳴らし、福盛氏の曲に対して献身的に音を紡いでいた。筆者は客席でじっくり聴き入っていた。逆に伊藤ゴローDuoの演奏のとき、ウォルターたちはじっくり聴いてくれていて、演奏のあととても温かい言葉をかけてくれた。イベントのあとは出演メンバー全員で打ち上げをし、ピアニスト同士、気さくに話をしてくれたことを覚えている。
その数日後の2018年4月7日、渋谷のラトリエで開催されたイベント「Trios 2018」で、同じくShinya Fukumori Trioと、今度は本田珠也ICTUS Trio(ドラム本田珠也、ベース須川崇志、ピアノ佐藤浩一)、ほかにも望月慎一郎Trioや古谷淳The Otherside Trioが出演した。4月頭から日本でのツアーを回ってきたShinya Fukumori Trioはより一層トリオとしての信頼関係が深まり、岡山で聴いたときより更に心に沁みる演奏だった。岡山では譜面を見ながら演奏していたウォルターも、この日は譜面を見ずに演奏していた記憶がある。この日もイベントのあと出演者やスタッフらとやはり打ち上げをし、ウォルターも参加してくれた。ウォルターはいつでも誰に対しても優しく、気遣いがあり、紳士的だった。
そしてそのあと会ったのは、2019年ドイツのミュンヘンだった。筆者は当時まだミュンヘン在住だった福盛氏を訪ね、ミュンヘンのミュージシャンたちと3日間にわたってレコーディングをした。そのスタジオではウォルターに会わなかったが、3日目のレコーディングのあと福盛氏が打ち上げを開いてくれた。昼間のうちに福盛氏がウォルターにも「浩一が日本から来てるから、良かったら打ち上げに遊びに来て」とメッセージを送ったが、返信はなかった。忙しくて来られないのだろうと思っていたが、ウォルターは打ち上げ会場にひょっこりと現れた。驚かせようと、返信もせずに突然来てくれたらしい。「ウォルターはそういう遊び心と人情味のある人なんだ」と福盛氏が笑っていたのをよく覚えている。
ウォルターは演奏も人柄も、裏表がなく、温かくて人情味に溢れていた。
年齢やキャリアも全く違う筆者のようなピアニストに対しても、全く偉ぶらず、対等に話をしてくれた。お互い尊敬の念を持って接していた。そしてウォルターは誰に対してもそうだった。
日頃、打ち上げのような場にあまり参加しない筆者も、ウォルターと過ごす時間は日本でもドイツでもとても自然で、穏やかだった。たまに聞くのは、日本に来日した海外ミュージシャンで、日本で会うとリップサービスというか親しげに話をするのに、そのミュージシャンの住んでいる場所(例えばニューヨークとか)で会っても、全く相手にしてくれないというか眼中にないような、冷たい空気感になることがあるという話を聞くが、ウォルターにはそういう裏表は一切感じなかった。日本で会ってもドイツで会っても同じだった。
上記以外にも、日本やドイツで何度もShinya Fukumori Trioを聴いた。ウォルターは自分のピアノをひけらかすような演奏は全くせず、いつどんな瞬間もとにかく音楽に献身的だった。福盛氏とウォルターの間には深い深い信頼関係があった。このトリオを聴くのが好きだった。
ウォルターの音が、いまも身体の中に残っている。そしてこれからも残り続けるだろう。ウォルターの音楽は生き続けている。
ウォルター、素晴らしい音楽をありがとうございました。
佐藤浩一 Koichi Sato (ピアニスト/作曲家/編曲家)
1983 年生まれ。神奈川県横浜市出身。バークリー音楽大学卒業。ジャズ/即興/室内楽/ポストクラシカル/ポップス/映画音楽など幅広いフィールドで活動。繊細なタッチで研ぎ澄まされた音色を放つピアニスト。作曲家としても独自のメロディーセンス・ハーモニーセンスを持つ楽曲を多く発表、また編曲家としてもストリングスなどのオーケストレーションを探求。伊藤ゴロー、福盛進也、挾間美帆 m_unit、原田知世、象眠舎などにピアニストとして参加。2021年、全て自らの作曲による 2枚組のアルバム『Embryo』を nagalu からリリース。ソロピアノによるDisc1と、弦楽カルテットを含むアンサンブルによるDisc2 からなるこの作品で、唯一無二のピアニズムと作曲家/編曲家としての魅力を存分に発揮。TV ドラマ「絶対正義」(2019 年)の劇中音楽の作曲・ピアノ演奏を担当。映画「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」(2020 年)の劇中音楽や「ヴァイオレット・エヴァーガーデン ピアノアレンジアルバム」(2022 年)のピアノ演奏を担当。公式ウェブサイト koichisato.com
【Jazz Tokyo 関連記事】 Live Evil #33 「福盛進也トリオ@TRIOS 2018」 by 稲岡邦彌