Gallery Nomartと林聡 播磨勇弥
私の最も愛するギャラリーで、コレクションのきっかけを作ってくれたギャラリーであるGallery Nomart。 Gallery Nomart代表の 林 聡さんが、2024年11月1日(金)に永眠されました。
60歳という若さでのお別れとなってしまいましたが、林さんが残してきた多大な功績や実績の一部を紹介できればと思います。
【Gallery Nomartと林聡】
林聡さんは大阪教育大学教育学部美術学科在学中の1988年に国立国際美術館で開催された「現代アメリカ版画の断面・作家と工房」展を鑑賞した際に紹介されていた “版画工房ジェミナイG.E.L”の活動に感銘を受け、シルクスクリーンによる既成概念にとらわれない自由な版画工房をつくりたいと、大学を卒業してすぐの1989年に「版画工房ノマルエディション」を立ち上げられました。
※ 版画工房ジェミナイG.E.L とは?
1966年にロサンゼルスに設立された版画工房。ヨーゼフ・アルバース、ジャスパー・ジョーンズ、デイヴィッド・ホックニー、ロイ・リキテンシュタインなどのアーティストと共同で版画作品を制作していた工房。
エディション彫刻(マルティプル)の分野を開拓したことも有名で、70年代以降もスクリーンプリント、エッチング、木版のための設備を充実させるなど、他の工房とは一線を画す前衛的な取り組みで、アーティストの新しい版画表現を生み出した。
1994年にはデザインセクションを設立され、デジタル環境を整備し、今では当たり前となりましたが、作品制作や情報管理、出版物等にデジタル技術を積極的に生かすなど、ギャラリー業界では革新的な取り組みを当時から実施されています。
さらに5年後の1999年、展示スペースを新設。 「プロジェクト・スペース」と名付けた空間で、版画の枠を越えた実験的なプロジェクトや企画展を展開。その後は何度か増築を繰り返し、創立20年目の2009年には現在のGallery Nomartのギャラリースペースをオープンされています。
Gallery Nomartに来られたことのある方は、感じられると思いますが、高い天井高のギャラリースペースで、美術館レベルの大型作品やインスタレーションを展示できる空間です。
高い天井高・厚い壁によって生まれるナチュラルエコーが、前衛音楽家達を呼び寄せる音響空間としても機能し始め、橋本孝之、saraの二人によるコンテンポラリー・ミュージック・ユニット、「.es(ドットエス)」を結成し、音楽部門をスタートするなど、従来のアートの表現に留まらない、様々なアプローチでのアートの提案をされています。
【アーティストと林聡】
もっともよく語られるエピソードとして、林さんは名和晃平さんを見い出したギャラリストとしても有名です。
名和さんが大学院博士課程の学生であった2002年に、ノマルエディション/プロジェクト・スペース CUBE & LOFTで開催された「CELL」がGallery Nomartでのデビューであり、PixCell作品の初展示です。 その時、名和さんはPixCellシリーズの作品名を「Beads Packing Series」にしようと考えていたようですが、林さんが「ダサいな~」と言って、「PixCellってどう?映像の細胞みたいやから」という一声で世界的に有名なシリーズとなる「PixCell」が命名されたそうです。
林さんと名和さんは、コンセプトワークを重視し、ふたりで毎晩コミュニケーションを取りなながらコンセプトを練りあげられたそうです。
Gallery Nomart 30周年記念で発刊された書籍「アートの奇跡」で、名和さんは以下のように語っています。
駆け出しの私をアーティストとして育て、鍛え上げたのは「ノマル」という壮絶なる想像の戦場=工房だったのだ。商売そっちのけで妥協なく面白いものを目指す。寝る間も惜しみながら、誰もみたことがない表現を求め続ける。そういった純粋な共闘関係を今でも続けていられるのは、ひとえに“林聡”というある意味“人間離れ”した視点によるディレクションと、それを柔軟に受け止め、支えるノマルのスタッフの皆さんのひたむきな姿勢、そしてトライ&エラーを繰り返しながら必ず表現を成立させるノマルの技術力のお陰だ。
名和さん以外にも、木村秀樹、中原浩大、伊庭靖子、植松奎二、榎忠、大島成己などの日本を代表するベテラン作家から、海外で活躍する蔡國強や張騰遠など、幅広い作家を初期の頃からサポートしてきました。
近年は若手の育成にも力を入れており、2020年3月には、Gallery Nomart初の試みとして30歳以下の若手アーティストを対象とした公募を行い、上田 佳奈、小谷 くるみ、長沢 優希、山田 千尋の4名を選び『U30 – Whom do you suspect?』というグループ展を開催し、山田千尋さんと小谷くるみさんは継続的に個展を開催しています。
すべての展示で共通しているのが、作家と一対一で向き合い(結構、無茶振りも多かったと聞いています。笑)、作家の可能性を引き出し、新しい挑戦を全力でサポートしているところだと思います。
美術屋 百兵衛のオンライン記事のインタビューでは;
うちは売れるものをやろうという姿勢は一切ない。面白いもの、面白いと思えるもの、一番フレッシュなもの、一番先端のアイディア….・・それを実現していきたいので。
と語っており、過去の展示を振り返って見てみても、流行に流されず、Gallery Nomartがやりたい展示をGallery Nomartでやるといった、強い信念を感じる展示のラインナップが多かったように感じます。
*美術や百兵衛 関西ギャラリーめぐり Vol.4「Gallery Nomart(大阪)」
https://www.hyakube.com/magazine/art-gallery-visits-vol4/
ギャラリーも商売ですので、なかなかそういう想いを持っていても、現実的には難しいことが多いのですが、そこを曲げずに、信念を持って続けていることは、作家さんにとって、とてもありがたい存在であり、ありがたい場所であるのだろうと感じます。
【林聡さんとのエピソード】
最後に、私自身、林さんと話す機会はあまり多くはなかったのですが、数少ない機会の中で、林さんとのエピソードをひとつ紹介させていただきます。
ご存知の方も多いと思いますが、私は「Collectors’ Collective」(通称:コレコレ展)という企画の西日本バージョンの進行役を務めています。進行役として様々な調整を行うと共に、2020年に開催された『Collectors’ Collective Vol.4』では、出展コレクターとしても参加しており、その回ではGallery Nomart所属の黒宮菜菜さんと山田千尋さんに出展してもらいました。 コレコレ展は様々な作家さんに参加して頂くため、ギャラリーに所属している作家さんも多く、出展をお願いするにあたり、ギャラリーに声かけをする必要がありました。 それぞれのギャラリーにファーストコンタクトとして、企画の概要と作家さんの参加のお願いをメールにてお送りしていたのですが、企画の知名度も上がっていること、私の知り合いのギャラリーが多いこと、開催会場であり企画に協力して頂くのが実績・知名度共に抜群のTEZUKAYAMA GALLERYということで、ありがたいことに快諾していただけることが多い傾向でした。
一方で、Gallery Nomart は、林さんが詳しく話を聞きたいので、一度ギャラリーに来てほしいという返事でした。
日程調整を行い、Gallery Nomartの奥の部屋で、林さん、マネージャーの今中さん、現場担当の山田さんの3名に企画について再度お話しして、最終的に黒宮さんと山田さんの出展を許可頂きました。
その時、話を聞いている時の林さんの反応や眼差しが、大切な作家を預けてもよいものか、しっかりと吟味されているようで、ギャラリーとして作家を預かっている責任感や覚悟を強く感じました。 そして、話を聞き終わったあとに、2人の作家さんの作品のことを楽しそうに話してくださっている様子が、自分の子供のことを喋っているようで、作家への愛の深さもとても感じました。
作家への愛情と、共に歩んでいこうという覚悟。これが林聡さん、そしてGallery Nomartの凄さなんだと、その時に実感しました。
2014年9月3日の毎日新聞(夕刊)の取材で、林さんはGallery Nomartについて以下のように語っています;
作品の展示販売だけではなく、
制作の場や技術を提供する、
いわば創造の里山
Gallery Nomartと林さんが里山となり、希望の種を生み出し、大きく育った大木から、目が出始めたばかりの新芽まで、アーティストを暖かく見守り、助ける。
これからもGallery Nomartは、創造の里山として、さまざまなアーティストや、素晴らしい展示を生み出してくれるでしょう。
林さん
35年間本当にお疲れ様でした。
林さんが残した「Miracle」は、関西の現代アートの土壌を作り、アートの可能性を広げてくれました。
これからもGallery Nomartが起こしてくれる沢山の「Miracle」を楽しみにしています。
大阪府在住。
サラリーマンをする傍ら、現代アート情報サイト「週末の。アート」を運営。
コレクター目線で現代アートを特集した雑誌「Bateau-Lavoir 現代アートの語り場」の制作販売や、作家名を明かさない企画展「bandwagon effect」、コレクターによるコレクション展「Collectors’ Collective」の開催など、様々なアートプロジェクトを進行している。
*「週末の。アート」
http://syuumatunoart.com