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My Pick 2024このパフォーマンス2024(海外編)No. 321

#03 映画『Sounds and Silence ~ Travels with Manfred Eicher』 稲岡邦彌

映画『ECMレコード:サウンズ&サイレンス』

監督:ペーター・グイヤー+ノルベルト・ヴィドメール
出演:マンフレート・アイヒャー
アルヴォ・ペルト、アヌアル・ブラヒム、エレニ・カラインドルー、ディノ・サルーシ、アンニャ・レヒナー、ジャンルイジ・トロヴェシ、ニック・ベルチュ、マリリン・マズール、ヤン・ガルバレク、キム・カシュカシャンほか

原題『sounds and silence unterwegs mit Manfred Eicher』
配給:EASTWORLD ENTERTAINMENT 2009年/スイス/87分
©2009 suissimage / Recycled TV AG / Biograph Film


事故と気圧の変化による聴覚のダメージの危険を冒してまでECMのオーナー/プロデューサー マンフレート・アイヒャーが旅を続ける理由はふたつ。新しい音楽の制作に臨んで日常から異次元の世界に身を移すこと、もうひとつは異なる文明の接点である辺境の地とそこに育った音楽と音楽家に触れること。
ECMを単なるジャズ・レーベルのひとつと捉えているリスナーにとってオープニングの辺境の地、エストニアの首都タリンでのアルヴォ・ペルトの録音シーンには虚をつかれるかも知れない。しかし、このシーンでの注目点のひとつは古い教会の残響音。ECMの録音に共通する深めのリヴァーブはマンフレートが幼い頃から聴き馴染んだ教会の残響音に由来する。オケの録音の成果にご満悦のアルヴァがマンフレートに手を差し伸べふたりでダンスを踊るシーン、音楽家の感情の自然な発露だがプロデューサーとして照れ気味に応じるマンフレートが見もの。このアルヴォはECMのカタログを2分するNew Series(設立15周年を記念して1984年にスタートした「記譜された音楽」のシリーズ)を象徴する音楽家で、ECMを通して辺境の音楽家から世界が認識する国際的な地位を確立した。タリンでの録音シーンのフッテージが何度かインサートされエンディングにも使用される。
ミュンヘンのECMオフィスのカットが何箇所か出てくるが、オーディオ・ファンはマンフレートの再生装置に注目するだろう。システムは何十年来変わってはいないことを確認したが、当然だ。テスト・プレスをモニターするリファレンス用のシステムは変えては意味がない。
チュニジアのウード奏者アヌアル・ブラヒム。彼もまた「辺境の」音楽家のひとりだ。カルタゴの自宅で作曲に励むアヌアルを追う。一方でアヌアルは戦乱の地レバノンに想いを馳せる。
さらに「辺境の」ミュージシャン、アルゼンチンのバンドネオン奏者ディノ・サルーシ。彼もまた「市井のミュージシャン」からECMを通して世界の注目するところとなったアーチストのひとりだ。「自分は専門学校も出ていない叩き上げ」と言いながら、共演する高名な女性チェリスト、アニヤ・レヒナーに「リズムが縦割り。スイングしていない」とグルーヴを要求する。地元のタンゴバンドに参加して和気藹々と演奏するディノ。
4人目の主役は、イタリアのクラリネット奏者ジァンルイジ・トロヴェシ。1944年生まれの昔気質のミュージシャンとして登場。彼ひとり共通語の英語を話さず、マンフレートは通訳を通して意思の疎通を図る。
冒頭の音楽以外、文字通りECMを象徴する音楽家、キース・ジャレットが登場する機会はない。キースどころかアメリカのミュージシャンが登場するシーンはない。制作がスイスの会社ということもあるだろうが、この映画はマンフレート・アイヒャーの人となり,音楽思想を制作現場を通して描き出すことが目的だからだろう。マンフレートはヨーロッパのクラシック・ファンに即興音楽(ジャズ)に目(耳)を向かせることを目的にECMを設立した。その実績を踏まえて「辺境の」「記譜された音楽」に光を照射した。それらはかなりのレヴェルで成功したが、世界各地にまたがるその制作現場、音楽家を追うことでその軌跡の一端を知ることができる。「ロード・ムービー」的側面も持つユニークな音楽ドキュメンタリーである



稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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