悠雅彦 悠々自適「スタンダード百科」#1「A」
text by Masahiko Yuh 悠雅彦
A-1
Ain’t Misbehavin’(1929)
エイント・ミスビへイヴィン
浮気はやめた
曲)ファッツ・ウォーラー+ハリー・ブルックス
詞)アンディ・ラザフ
『ナット・キング・コール/ラヴ・イズ・ザ・シング』(Capitol)
ナット・キング・コール(vcl)、ゴードン・ジェンキンス」(編曲指揮)
ユーモラスで洒脱なエンターテイナーでもあったピアニストで作曲家のファッツ・ウォーラー(1904~1943)は、39年の短い生涯において米国の古き良き時代を映し出す佳曲を数多く残した。これは<ハニーサックル・ローズ>や<スクイーズ・ミー>などと並ぶ彼の傑作。29年に上演されたレヴュー「コニーズ・ホット・チョコレート」に挿入した曲で、アンディ・ラザフが詞を書いた。このレヴューでは同じコンビによる<ブラック&ブルー>もあり,特に当時人気のルイ・アームストロングが出演して歌った時期もあったことで評判を呼んだ。ファッツ自身のソロ・ピアノ(RCA)を含めて数多くの名演名唱があるが、ナット・キング・コールのほか、若き日のマイルス・デイヴィスらのバックを得て歌ったジャジーなサラ・ヴォーン、軽く語りかけるように歌うジョー・ウィリアムスらが秀逸。キング・コールはゴードン・ジェンキンス編曲の優美なストリングスをバックに例外的なゆったりしたバラードで味を出す。同盤<スターダスト>と並ぶバラードの名唱。ブリッジでの「マザー・グース」からの冒頭の引用歌詞が印象的だ。
A-2
All of Me(1931)
オール・オヴ・ミー
曲)ジェラルド・マークス
詞)シーモア・シモンズ
『フランク・シナトラ/スイング・イージー』(capitol)
一昔前はスタンダード曲の代表格だっただけに名唱が多く、スイング系演奏家の名演も少なくない。油井正一氏は生前、「情熱的だが控え目な女性が歌った方が現実的に訴えてくる恋の歌」と書いた。だがシナトラの手にかかると、口舌の滑らかさといいフレージングのかっこよさといい、他を寄せつけない。その軽快なリズム感、都会的な洒脱さが、ネルソン・リドルの好編曲とマッチして快適。最初にヒットした48年吹込(コロムビア)のスウィートな味と、このスマートなダンディぶりとを較べると面白い。ジャズ系では『スインギン・イージー』のサラ・ヴォーンか。
A-3
All the Things Your Are (1939)
オール・ザ・シングス・ユー・アー
曲)ジェローム・カーン
詞)オスカー・ハマースタインⅡ
『ソニー・ロリンズ/ア・ナイト・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード~vol. 2』 (Blue Note)
ソニー・ロリンズ(ts)ウィルバー・ウェア(b)エルヴィン・ジョーンズ(ds)
1957年11月3日、ヴィレッジ・ヴァンガード(NYC)
『ショー・ボート』などで名高いジェローム・カーン晩年のミュージカル、『ヴェリー・ウォーム・フォー・メイ』の挿入歌。35年間にわたって80作を超えるブロードウェイ作品を送り出したカーンの掉尾を飾る作品だったが、批評家から酷評を浴びた失敗作でもあった。そのためかカーンはその後映画の作曲に専心するようになり、映画『Lady Be Good』に書いた<The Last Time I Saw Paris >が41年のアカデミー賞主題歌賞に輝いたりしたが、4年後の45年11月に60歳で亡くなった。作品は失敗作の烙印を押されたものの、この挿入歌だけは珠玉の光を放つて永遠のスタンダード曲となった。作曲者自身も聴衆のウケ狙いとは無縁の芸術的アイディアが気に入っていたという。
歌い手にとっては難曲で、名唱はと訊かれると首を捻る。他方、特にパーカー以後の器楽ジャズには枚挙に暇がないほど優れた演奏が多い。絶頂期を迎えたロリンズの演奏は、ピアノレス編成が共演者の意欲を刺激したことも手伝ってスリリング。懐の深いエルヴィンのドラミングに乗った3コーラスにわたるロリンズ節には天馬空を行く趣がある。
A-4
Angel Eyes(1953)
エンジェル・アイズ
曲)マット・デニス
詩)アール・ブレント
『フォー・フレッシュメン・アンド・ファイヴ・トロンボーンズ』(Capitol)
フォー・フレッシュメン(vcl):フランク・ロッソリーノ、ハリー・ベッツ、ミルト・バーンハート、トミー・ペデルソン、ジョージ・ロバーツ(tb)クロード・ウィリアムソン(p)バーニー・ケッセル(g)ジョー・モンドラゴン(b)シェリー・マン(ds)
1955年、ロサンジェルス録音
<ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン>や<エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー>などの作曲者マット・デニスの私のベスト・スリーは、<ザ・ナイト・ウィ・コールド・イット・ア・デイ>、<コートにすみれを>、そしてこの<エンジェル・アイズ>。自身の弾き語りを別にすればフランク・シナトラとカーメン・マクレーが双璧。コーラスではスタン・ケントン譲りのモダンなオープン・ハーモニーでファンを魅了したフォー・フレッシュメンが西海岸の代表的トロンボーン奏者5人のアンサンブル(ピート・ルゴロ編曲)と共演した上掲作冒頭の同曲が圧巻。
A-5
As Time Goes by(1931)
アズ・タイム・ゴーズ・バイ
時の経つまま
曲)詞)ハーマン・ハップフェルド
ウェスト・オヴ・ザ・ムーン/リー・ワイリー(RCA )
リー・ワイリー(vcl)&ラルフ・バーンズ・オーケストラ
1956年9月9日、ニューヨーク録音
『カサブランカ』で歌ったドゥリー・ウィルソンの残像を忘れて聴きたい。数多ある中でお薦めは、カーメン・マクレェが73年に東京の「ダグ」で弾き語りした『 Alone / Live at the Dug 』(JVC)と、リー・ワイリーの上掲作。ジャズ歌手の大御所らしい威厳と風格を漂わせたカーメンの円熟味豊かなバラード唱法に対して、ジャズ唱法にありがちな臭みがない正攻法で聴かせるワイリー。ビリー・ホリデイと同い歳だが、白人女性シンガーでは別格ともいえる貫禄の誠実味に富む歌唱に魅了される。両者とも珍しくヴアースから歌う名唱。軍配はあげにくい。引き分けとしよう。
編集部注:この原稿は共著による新書刊行のために書き進められたものですが、2011年の東北大震災で企画が頓挫したため陽の目を見ることがなかったのです。2023年10月に他界された筆者を偲んで遺作としてJazzTokyoで初めて公開するに至りました。
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