夏の終わりのニューヨーク
text an photos by 齊藤聡 (Akira Saito)
エヴァン・パーカーの来襲
2015年9月、半年ぶりのニューヨーク上陸。宿に着いたらもう夕刻。急いで荷物を開けて準備し、イーストヴィレッジのStoneに向かった。それというのも、ヨーロッパ・フリージャズの猛者エヴァン・パーカーもまた、新作の録音を兼ねてニューヨークに上陸したばかりなのだった。
この日は、即興音楽ファンの間で人気が高いトランぺッター、ピーター・エヴァンスの連日のライヴ初日ということも相まって、ハコはすぐに満員になった。ファースト・セットは「US Electro-Acoustic Ensemble」。パーカーとエヴァンスに加えて、パーカーとはまた異なる循環呼吸奏法を得意とするネッド・ローゼンバーグの3人が管を吹き、背後で、サム・プルータ、イクエ・モリ、ジョージ・ルイスが、エレクトロニクスによりファンタジックな宇宙を創出してみせた。そしてセカンド・セットでは人数を減らして「Rocket Science」。パーカーのサックスが時空間を力技で捻じ曲げて自らの周りにまとわりつかせ、エヴァンスのトランペットが破裂音で時空間にスパークを発し続けた。ピアノのクレイグ・テイボーンが最後まで現れず、どうも勘違いらしいとわかって会場は笑いに包まれた(残念だったが)。
パーカーは翌日もブルックリンにあるRouletteに現れ、マーク・フェルドマン(ヴァイオリン)、シルヴィー・クルボアジェ(ピアノ)の夫婦、連日のイクエ・モリと共演した。会場では、前日に見知った愛好家たちと笑顔で挨拶を交わしあう。このフランクさがアメリカの良いところだ。演奏は、コズミックと言ってもいいほどの広がりを持つものだった。前日を含め、エレクトロニクスがここまでチャーミングで可能性を秘めたものだと発見したステージでもあった。さらに別の日には、パーカーとローゼンバーグとがデュオで演奏したようだ。
果たして今回のパーカーのレコーディングがいかなる作品として発表されるのか、今から楽しみでならない。
レジデンシーの面白さ
ここでは、「レジデンシー」という興業の形が少なくない。中心となるミュージシャンが、一定の期間同じハコで、自身のさまざまな側面を見せるべく工夫を凝らすやり方である。Stoneは基本的にレジデンシーを中心に予定を組んでおり、ミュージシャンは、それに向けて、スーパーヴァイザーのジョン・ゾーンと相談しながらプログラムを組んでいくようだ。この11月にレジデンシーを予定するサックス奏者の吉田野乃子さんも、ゾーンにあれこれと助言をもらいながらプログラムを組んでいるのだと、愉しそうに悩んでいた。
先述のピーター・エヴァンスは6夜のレジデンシー。様々な貌を持つ人でもあり、別の日には、「Pulverize the Sound」というトリオを観に行った。エヴァンスは循環呼吸奏法などで汗を噴き出させながら耳をつんざくような音を出し続け、マイク・プライド(ドラムス)は片手でバスドラムがぶっ飛んでいかぬよう押さえながら足で叩き続ける力技。全力疾走の1時間は、バンド名通り、サウンドを粉々にした。
客席にはサックス奏者のクリス・ピッツィオコスも姿を見せた。残念ながら今回プレイを目撃できなかったのだが、別の日に、「パンクロックのようにドラムスを叩く」のだという。ピッツィオコスがそんな話をすると、Stoneの面々も意外そうに眼を見開き、驚きながら笑った。ここからまた新たなクリス旋風が巻き起こるのかもしれない。
もうひとつ足を運んだレジデンシーは、ノルウェー出身のベース奏者アイヴィン・オプスヴィークがブルックリンのSeedsで繰り広げた4夜の最終日。ずっと観たかったバンド「Overseas」だ。旅の不安とエキゾチシズムを体現するようなブランドン・シーブルックのバンジョー、さまざまな周波数の音を豊かに惜しみなく提示するトニー・マラビーのサックス、柔らかく暖かいオプスヴィークのベースと作曲など、限りない魅力に満ち満ちた音楽だった。オプスヴィークのシャイなインテリ風はご愛敬。
公園で尖ったジャズを
「Arts for Art」という団体が、ニューヨークの公園で、無料の野外ライヴを行っている。土日の昼間ずっと観ていて、わたしたちが想像する野外ステージのコンサートとはまったく違うことを体感した。小さく親密な空間であり、ぶらりと犬を連れて入ってくる人もいるし、子どもたちは歓声をあげて走り回っている。そして、土や樹々や家の壁に反響する音楽はまた特別のものだ。
ちょうど、先述の吉田野乃子さんとピアニスト・蓮見令麻さんが覗きにきて、マンハッタンの街中にこんなところがあったのかと、笑顔で面白がっていた(ふたりは同じニューヨーク市立大学の先輩後輩で、3年ぶりに逢ったとのこと)。
無料だが、演奏する面々は豪華。日本から帰国したばかりのトッド・ニコルソン(ベース)は世話人も兼ねている。あちこちで注目されはじめている実験的なトロンボニストのベン・ガースティンらが参加したバンド。シカゴ出身の渋いアンドリュー・ラム(サックス)。まるで伴奏するようにユニークな旋律を展開するダニエル・カーター(サックス)。未来人のように知的で鮮烈なサウンドを構築するジョナサン・フィンレイソン(トランペット)・・・。リラックスして、かつ刺激的な2日間の午後なのだった。
スモールズという解放区
Smallsは他に類をみないハコだ。入り口の横に座る男に15ドルだか20ドルだかを払って地下に下りると、そこはまるで異空間。みんなが談笑し、客も店員もイチャイチャし、中には酔っぱらって踊り、「カモーン!」などと客を煽る女の子もいる。それでもみんな音楽が大好きなようで、隙さえあれば前の良い席を狙い、スマホで写真を撮り、演奏に拍手喝采。以前には、突然演奏者の足元に座り込み、絵を描き始めた男を見たこともある。
賑やかというか、はっきり言うとやかましいのだが、演奏者も客も店員も誰も気にしない。それどころか、なぜだか奇妙に心地いい場なのだ。良し悪しは別として、ちょっとでも音を立てようものなら睨まれる、相互監視下にあるようなハコとは対極にある自由空間である。私はここを「解放区」と名付けた。
マイク・ディルーボ、アダム・ラーション、ジョシュ・エヴァンス、サシャ・ペリー、ルディ・ロイストン。今回も何度も足を運び、さらに癖になってしまった。
特にわたしが注目しているプレイヤーはジョシュ・エヴァンスだ。曲のどこからでも再ブーストする勢いがあり、かれのトランペットはメタリックに響く。
愉しさは尽きない
55 Barという細長いバーもまた特徴的なハコで、少しマッチョな音楽であることが多いのかなという印象だ。今回の収穫は、ハイテク・サックスのダニー・マッキャスリンとハイテク・ドラムスのマーク・ジュリアナ(本当に自分だけで叩いていた!)。そして誕生日パーティーを兼ねたマット・ウィルソン(ドラムス)のバンドに誘われた、中国生まれのブライアン・キューの才能溢れるサックス。ここの名物オヤジは、ウィルソンがスピーチするたびにかれをこきおろし、バーを爆笑の渦に巻き込んでいた。
Cornelia Street Cafeでは、イングリッド・ラウブロック(サックス)の新バンド「UBATUBA」の披露があった。なんと、ティム・バーンとのツインサックスである。ラウブロックのテナーの音には周囲の環境を包み込むように深い味わいがあり、バーンの強烈に粘っこいアルトと素晴らしい対照をなしていた。そしてここにも、ベン・ガースティン(トロンボーン)が狂騒的な風を吹き込んだ。
日本のレジェンド・穐吉敏子のピアノも、Mezzrow(Smallsの姉妹店なのにこちらは上品)で観ることができた。バド・パウエルを追った彼女が弾いた「Un Poco Loco」には、不覚にも涙腺がゆるんでしまった。一方、Smallsで弾いたサシャ・ペリーは、以前はパウエルのようなピアノを弾いていたはずなのに、今回はセロニアス・モンクのエピゴーネンと化していて、悲しかった。
Village Vanguardでは、カート・ローゼンウィンケル(ギター)の新トリオを観た。予想通りというべきか、かれのみがマニアックに独走した。
数えてみると、6日間で20を超える数のギグに立ち会った。一方、オッキュン・リーとオプスヴィークとのデュオ、ピッツィオコスのドラムス、ジョン・イラバゴンが参加するバリー・アルトシュルのバンド、スティーヴ・リーマンが参加するマット・ブリューワーのバンド、ケヴィン・シェイとマット・モッテルのバンド「Talibam!」、リー・コニッツなど、他のギグと時間が重なって涙を呑んだものもあった。ニューヨークは無限の魅力を持つジャズの街なのだ。