From the Editor’s Desk #24「2025年の演奏現場を振り返る」
text & photos by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
圧巻だったドゥダメルとベルリン・フィル@ヴァルトビューネ河口湖
例年になく現場で演奏を聴く機会が多い1年だった。大きな会場では3,000席の河口湖ステラシアター。やっとの思いで手に入れた3万円のチケット。ヴァルトビューネ河口湖 2025。グスターボ・ドゥダメル指揮のベルリン・フィル。暑さには閉口したがプラチナの価値は充分にあった。ドゥダメル (ヴェネズエラ出身)らしく中南米とアメリカ作家特集。目まぐるしく変化するテンポとリズムの難曲を裃(かみしも)を脱ぎ捨てたベルリン・フィルが苦もなくやってのけた。とくにバーンスタインの組曲<ウエストサイド・ストーリー>は壮快ですらあった。
大ホールではすみだトリフォニー(1800席)の下野竜也企画・監修・指揮による第12回音楽の魅力発見プロジェクト「マーラー 交響曲第1番 巨人」。下野竜也のツボを得た事前のレクチャーが演奏の楽しさを倍増させる。「渡辺貞夫meets新日本フィルハーモニー」。レギュラー・カルテットと新日フィルとの合同演奏。渡辺のオリジナルがあたかもスタンダード曲のようによどみなく演奏されていく。渡辺の活力、徹底したミュージシャンシップを心ゆくまで堪能する。この2度の公演を通じてこのホールをフランチャイズとしている新日フィルと地元音楽ファンとの心の通い合いが手に取るように感じられ公共ホールの在り方の成功例として強く印象に残った。同ホールの企画力を示す例としては若手ピアニスト、デヴィッド・フレイのピアノ・リサイタル「ゴルトベルク変奏曲」(11/01)も見逃せないだろう。
バルトークの顔色なからしめた権代敦彦の新作と山口ちなみの『ザ・ケルン・コンサート」
中ホールでは国際フォーラム・ホールC (1,500席)での「山下洋輔x林英哲 / 乾坤一擲」(7/05)。「年内で休業」宣言を出した山下と勝手知ったる林英哲(和太鼓)とのソロ&デュオ。即興命の山下と様式美に生きる林との絶妙のコラボレーション。
第一生命ホール (700席)の「龝吉敏子コンサート」(9/09)。ソロとルー・タバキン・トリオとの共演だったが、ゆっくりではあるが人手を借りずにピアノまで歩を進め、圧巻のソロを披露。あくなきジャズへの愛着心で満員の聴衆の感動を喚起した。小ホールで印象に残ったのは、目黒パーシモン・ホール(200席)での「ジン・ヤン・パク・ニュー・トリオ Jazz Concert」(9/23) 。福盛進也 (ds) が進めるアジア発の音楽のながれのひとつか日韓ミュージシャンによるトリオ演奏(コントラバスはチャン・ミン・ジュン、ドラムス福盛進也)。パクのオリジナル曲中心だったかアンコールを含め坂本龍一の影響を強く受けた韓国のピアニストの存在を強く印象づけた。
友人に誘われて出かけたクラシックのピアニスト山口ちなみによる「ザ・ケルン・コンサート全曲演奏会」(6/07)。スタインウェイを備えた80席のサロン風コンサートホール。1973年録音のキース・ジャレットの演奏はキース自身の監修を得て1992年にショット・ミュージックから出版されている。僕自身も出版企画に関わっているとはいえ、クラシックのピアニストによる演奏会で聴けるとは夢想だにしなかった。しかも、このとき誘い出した寺島靖国氏により、自身のレーベルで録音、リリースされるとは。「ケルン50周年」の賜物か。全曲楽譜を用いて演奏したという意味ではクラシックの手法だが、もともとキース自身の演奏は「ジャズ」や「クラシック」のジャンルを超越して400万枚超のセールスを記録しているので、ジャンルの詮索はあまり意味がないだろう。何れにしても孤高のアーチスト、キース・ジャレットはブランフォード・マルサリスの『ビロンギング』も含めて作品を通して語り継がれていくのだろう。
もうひとつは五反田文化センター音楽ホール(200)。目黒パーシモン・ホールを想起させるホール設計)における矢沢朋子の「バーバリズム・アーカイヴ」(12/05)。沖縄を活動拠点とするコンテンポラリー・ピアニストの矢沢朋子のリサイタルは毎回趣向をこらしたタイトルとテーマを発信し続けて興味が尽きないが、今回は「2台のピアノと2人の打楽器」。誰もがバルトークの同名曲を思い起こすが、同じ編成の新作を権代敦彦に委嘱し同じステージに上げるところが矢沢ならではの芸当。権代の新曲と演奏の出来は輝かしく、バルトークの顔色なからしめ、よく知られた現代音楽の古典曲が色褪せて聴こえるほど。
初めて出かけて雰囲気が良かったのは南青山のBaroom。110席の円形ホールでリスニング付きのバーがうまくレイアウトされている。11月27日にスイスから来日したECMからアルバムをリリースしているコリン・ヴァロンのトリオを聴いたが、彼らの繊細な音作りがよく聴き取れて快適だった。ただ、ヴァロンのような90分1本勝負の場合、途中退席できず困ったという話を耳にした。1席分のスペースも余裕があるとは言えないだろう。
ふたりのシンガーソングライター さがゆきと沼尾翔子
さて、ライヴハウスの探訪はその道に長けた大島彰(ランダムスケッチ)や小野健彦(Live after Live) の手引きが多かった。いろいろ出かけたなかではベテランさがゆきと若手の沼尾翔子の活躍が強く印象に残った。さがゆきは中村八大との共演歴があるほど長いキャリアを誇るがCD以外に出会いがなかった。シンガーソングライターであるふたりに共通するのは環境や共演相手により時にはヴォイスが楽器に変身し、器楽奏者として演奏に参加していくところだ。あるいは自ら積極的に変身し、共演者を巻き込んで行くといったら良いか。いきおい、変身のマジックを求めて次々にライヴを追いかけていくことになる。なかでもさがゆきに圧倒されたのは四谷三丁目 homeriでの中尾勘二(cl,tb,ss)、関島岳郎 (tuba)のトリオ SOLA (9/29)。この編成に意表を突かれた上に関島のチューバが主奏楽器となり中尾の管楽器がオブリガートを付けるというアイディア。彼らを自由に操りながら巧に歌い継いでいくさがの変幻自在さ。テクニックというより天賦の才だろう。このとき聴いた中村八大の<太陽と土と水>にはしばらく開いた口が塞がらなかった。
ところで、何度か聴いた沼尾翔子の僕にとってのベストは、東北沢OTOOTOでの山内弘太(elg)と阿部真武 (elb)によるトリオ演奏。僕の当時のFacebookのツイートをそのまま引用する。「どこまでもたゆたう沼尾のヴォーカルに、センシティヴな山内と阿部の演奏が刻々と色彩と刺激を加えていく。両者ともエフェクターを使いながら出てくる音は極めてアコースティック。靴を脱いでソックスの足でペダルをコントロールする阿部の心配り。テーブル・ナイフを弦に挟んだプリペアード、音叉を使ったSE、弓を使う山内。密やかな沼尾の声質とは異質なサウンドが沼尾のヴォーカルを際立たせる。デュオの経験のある二組が初めてトリオを組んだという。オルタナティヴ・アンビエントというか?ハイパー・アンビエントというか? これもまた Most Beautiful Sound next to Silence。」興奮のあまり、思わず、このトリオでCD作りたいねと口走ってしまった。
上記は今年の体験の一部であり、日記がわりに使っている自身のFacebookにはそのほとんどすべてを綴っている。
20席にも満たない小さなイベント・スペースがクリエイティヴな音楽の重要な発信基地になっていることは今も昔も変わりはない。100席前後のキャパで2台のグランドピアノを有し、渋谷駅に近いという絶好のロケーションで使いやすいという評判だった公園通りクラシックスがビル建て替えのため年内で閉店というニュースは演奏者とリスナー双方に衝撃を持って伝わった。格好の転居先を見つけて再開されることを誰もが願っていることと思われる。











