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Monthly EditorialFrom the Editor’s Desk 稲岡邦彌No. 318

From the Editor’s Desk #20「オォ!マイ・ガッ!」

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

世界の平和を願ってアートと音楽を通じてワールドワイドにエイドを展開するNPOがそのテーマソングを制作する現場に立ち会う機会があった。
理事長が日本語で綴った歌詞の英語ヴァージョンを録音する段になって、歌手から歌詞について希望が出された。歌詞の中にあった「God」を他の言葉に代えて欲しいという。歌手は中東出身で初めてパリ・オペラ座のソリストに採用され、フランスの国家イベントにも何度も出演している実力者。ちなみに歌詞の中で使われている「God」は特定の神ではなく、広い意味での「庇護者」的存在として扱われている。彼女曰く、「日本以外では、Godはキリスト教の神を特定して指すものであり、異なる宗教を信ずる者が集うワールドワイドなイベント、たとえばオリンピックなどではGodを使うことができない。エイドをワールドワイドに展開する計画なら、Godという言葉が入っていると、たとえ抽象的な意味合いであろうとこのテーマソングを歌えないケースが出てくる」。侃侃諤諤の議論の末、Godを他の言葉に置き換えることになった。
しばらく経って、同じ歌詞をNY から来日した二人の歌手が歌うことになった。ひとりは東南アジア出身でNYのメトロポリタン・オペラでソリストを経験、もうひとりは米国生まれの白人。歌詞を見るなりやはり「God」という単語を使うべきではない、と主張する。たしかに抽象的な象徴として使われているのは理解できるが、「God」という単語は特定の宗教を想定することになり、このテーマソングを歌えない地域、歌えない人たちが予想される。オリンピックや国連でも歌うことができないと口を揃える。ちなみに二人はクリスチャンである。話し合った結果、やはり他の言葉に置き換えることになった。
無事録音が終わって、食事の席で嫌味な質問をぶつけてみた。ところで、「Oh, my God!」(まあ、大変!、参ったなあ)はどうするの?「Oh, my God! は使わないわね。代わりに Oh, my gosh! (オー・マイ・ゴッシュ)を使うのよ。なるほど、それ以来気を付けて聞いているとほとんどの場合「おー・マイ・ゴッシュ(ゴーシュ)」が使われている。「PeaceやWorldという単語も国連ではタブーなのよ。実態にそぐわないし、ロシアの存在があるからね」。ロシアに対する一種のプロテストのようだが、「国際の平和を維持すること」を憲章に歌う謳う国連でWorld(国際)とPeace(平和)がタブーとは異常な事態である。そういえば、スウェーデンのある女性歌手がルイ・アームストロングで知られる<What a Wonderful World>を収録したアルバムで「World」で口をつぐんで歌っていない例がある。もちろん、彼女なりのプロテストである。あえて不完全な歌を歌い、その歌をリリースしたレーベルの決意に賞賛を送りたい。。
ロンドンにアラン・ベイツというベテランのジャズ・プロデューサーがいる。彼の口癖は「ジーザス・クライスト!」(何てこった。やれやれ)。世界のあちこちで民族・人種と宗教の問題でトラブルが頻出している近年、アランの口数も減ったことだろう。
出川哲郎のペット・フレーズ、「オォ!マイ・ガッ!」も使う時と場所に注意が必要なようだ。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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