#28 緊急事態宣言は解除されたが…
text and photo by Kazue Yokoi 横井一江
全国的に緊急事態宣言とまん延防止等重点措置が全て解除された。東京は台風一過の週末ということもあって、繁華街はどこも多くの人で賑わっているだろう。とはいえ、新型コロナウイルスを封じ込めることが出来たわけではないので、箍が外れると昨年末のようなことになるのでまだまだ注意は怠れない。
私が住む東京都の場合、緊急事態宣言こそ解除されたが、解放感に浸りたい人心に水を差すように「東京都におけるリバウンド防止措置」なるものを出して、飲食店の営業は午後9時まで(酒類の提供は午後8時まで)、劇場等の営業時間を午後9時までにするなどの要請をしている。緊急事態宣言中から「要請」に従わない店舗も散見し、至るところにスピークイージー(もぐり酒場)と化していた店があったので、リバウンド防止措置にどれだけ従うか疑問だ。なにしろ東京都は国の制度と比べて支援金や協力金の入金が遅いようで、それではやっていけない、背に腹は変えられないということもあり得るのだ。
それでも緊急事態宣言時よりは規制が緩くなったことから、早速ジャズクラブなどライヴをやるお店は営業時間並びに酒類提供や入店者数の制限についてのお知らせを出していた。マスク着用や換気などの対策はわかるが、なぜ時短が新型コロナウイルス感染症対策に有効か、私は甚だ疑問に思っている。ごく普通に考えて勤め人は(休日は別であるが)仕事が終わってから飲みに行ったり、ライヴに出かけるわけで、閉店時間が早まったためにどこも同じ時間に閉店となればその時間帯の電車は必然的に今まで以上に混む。とてもじゃないが、よい施策とは思えない。ましてや、閉店時間が早まったためにライヴの開始時間を早めることになった結果、平日も午後6時開演だったりすると会社員を始め昼間フルに働いている人は勤務先がヴェニューの近くにない限り、開演時間に間に合わなかったのではないか。入店者数を減らすにはいい規制かもしれない。しかし、多少緩くなったとはいえ、お店もチャージバックでギャラをもらっているミュージシャンにとっても経済的なデメリットはまだあまり変わらないだろう。
緊急事態宣言とはよく言ったもので、コロナ禍をある種の災害と捉えるほうがわかりやすいのかもしれない。ただし、やっかいなのは目に見えないこと。危険が身近に迫っていると感じたのは、せいぜい7、8月の一時期、知人やその家族が感染したという話を耳にしたり、救急車のサイレンの音が頻繁に聞こえた時ぐらいだ。コロナ対策で皆少なからず疲弊している。新型コロナウイルスに感染した人は限られているが、それ以外の理由で心身に不調をきたしているケースは多いだろう。だいいち、引きこもったりすれば当然のことながら運動不足になる。これが健康を害する元にならない筈はない。高齢者だと認知機能の低下に繋がってしまうのではないかという心配も出てくる。そしてまた、収入が減るなど経済的な理由、あるいはそうでなくてもそれまで日常が奪われたことによって、抑鬱的になってしまった人も少なくはないだろう。自覚の程度こそ差はあるが、今もコロナ禍という惨事はまだ終わっていないのだ。
とりわけ、音楽家を始めとして音楽業界に携わる人たちは演劇、ダンスなど他のパフォーミング・アート分野の人たちと同様に大きなダメージを受けている。それは経済的な理由もあるが、ミュージシャンは演奏活動をしなければダメなのである。自宅からのも含め、ストリーミングを始めたミュージシャンが多いのはそういう理由もあると思う。
大恐慌後にアメリカ合衆国で行われたニューディール政策は有名だが、その第二期にはフェデラル・ワンと言われる文化・芸術政策が行われたことは日本ではあまり知られていないかもしれない。もっともポピュラー音楽はその対象から除かれていたようだが。今まさにそのような政策が必要な時なのだ。各国でコロナ対策としての文化政策を行なっている。国によって差はあるが、ドイツでは5月にクラブやライヴを行うヴェニューを娯楽施設から文化施設として認めた。つまり、文化施設にすることによって救済するということである。
文化庁は今年になって、令和2年度第3次補正予算250億円を投じ、Arts for the future!(AFF)という事業を立ち上げた。公演等を行うための活動費を補助することで、音楽産業や舞台芸術に携わる人たちにお金が行くようにすることが目的の事業である。しかし、書類作成に慣れている人でなければ申請は容易ではなく、個人の申請は不可など最初からハードルが高かったためか、第一次募集は5,368件の応募があったものの交付決定数はその約半分だった。なかには不適切な申請もあったかもしれない。しかし、コロナ対策として打ち出された事業で全ての審査を終えるのに予定よりも大幅に時間を要し、交付決定されたのが約半数というのは、制度自体の建て付けが悪く、何らかの問題があると言わざる得ない。これを機に商売しようという算段なのか、行政書士事務所などの手続き代行のPRを目にするようになった。確かにプロの助けが必要な人もいるだろうが、いちいち専門家にお金を払わないと申請できない補助金ということ自体問題なのではないだろうか。このAFFは令和3年度予備費措置額180億円が追加されて9月に2次募集が行われた。5,812件と1次を上回る申請数だったが、10月1日現在交付決定数は219件のみ。このスローペースならば、10月や11月に予定している公演には間に合わない可能性も出てくる。そうなれば多大なリスクを負って公演を行うか、諦めるかの2択だ。文化庁は一体どういうつもりでいるのか。文化事業はお金持ちの道楽とは違う。ただでさえ疲弊している業界をさらに悩ませることはやってほしくない。
もちろん申請が通り、補助金がもらえたおかげて滞りなく開催できたJAZZ ART せんがわのようなイベントもある。おそらく2次募集に申請したジャズ関係者も少なくはないだろう。しかし、そもそも助成金を得て公演やイベントを行うという発想があまりなかったジャズ関係者だけに、音楽業界でもクラシック/現代音楽と違って、情報交換などをする術もなかったのではないか。私も友人の公演のため助っ人で申請手続きを手伝ったが、文化庁関係の補助金についての情報は昨年から演劇緊急支援プロジェクトのTwitterなどで発信している情報を参考にさせていただいている。ジャズあるいは音楽業界として文化庁と口をきける団体がないということはやはり問題なのではないかと思う。
ここに来て、ジョージ・ウィーン(George Wein、日本ではジョージ・ウェインと表記されることが多いが、ウィーンというのがより発音に近い)の訃報が入った。なによりもニューポート・ジャズ祭の創始者と知られ、フェスティヴァルのひとつのビジネス・モデルを作った凄腕の人という印象が強い。日本でもその影響下、大規模な野外ジャズ・フェスティヴァルが幾つも開催されていた時期がある。しかし、バブル崩壊を機にひとつまたひとつと消えていった。寧ろ現在の日本のジャズ祭は、世界的なビッグ・ネームではないが国内外で活躍する一線級のミュージシャンを迎えて行われるローカルなジャズ祭が主流で各地で行われているというのが私の印象だ。それらは自治体およびその関連からのサポートを得ているケースが多いと考えられる。それであればこそ、我々は文化政策に対してもっと関心を持って然るべきなのだ。
とはいえ、我が道を行くライヴ・ミュージシャンに申請云々を言うのも野暮なことではある。そのような彼ら/彼女らが音楽活動をし、生業として成立するような環境を保つことは忘れてはいけない。そういう意味では、ドイツがライヴを行うヴェニューを文化施設と認めたということは、創造活動のいちばん根源にあるものを大事にするという意味で、とても重要なことなのだ。しかし、なかなかそういうことには気づいてもらえない。身近な音楽の現場を大事にすることが、明日への創造に繋がるということを忘れてはいけないのだ。とにかく生き延びないと明日はないのだから。