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CD/DVD DisksNo. 320

#2360 『Keith Jarrett / The Old Country~More From the Dear Head Inn』

text by Masahiro Takahashi 髙橋正廣

ECM/Universal Music  UCCE-1212 ¥3,300(税込)

『Keith Jarrett / The Old Country~More From the Dear Head Inn』

  1. Everything I Love
  2. I Fall In Love Too Easily
  3. Straight No Chaser
  4. All Of You
  5. Someday My Prince Will Come
  6. The Old Country
  7. Golden Earrings
  8. How Long Has This Been Going On

Keith Jarrett キース・ジャレット (piano)
Gary Peacock ゲイリー・ピーコック (double bass)
Paul Motian ポール・モチアン (drums)

1992年9月16日 米ペンシルヴェニア州アレンタウンのthe Deer Head Inn(ザ・ディア・ヘッド・イン)でのライヴ録音


キース・ジャレットにとってピアノとは何か。

1945年ペンシルヴェニア州アレンタウンで産声を上げたキースは3歳からピアノのレッスンを受けると、9歳の頃には自作の曲をコンサートで披露する等、すぐにその音楽的才能を開花させる。高校卒業後、バークリー音楽大学に進むと自己のバンドを結成、ジャズ・ピアニストとしての活動を開始する。

キースが初めてジャズ・シーンで脚光を浴びたのは、60年代中期以降に人気バンドとなったチャールス・ロイド(ts,fl)のグループに参加し、ジャック・ディジョネット(ds)と共にその人気の一翼を担った頃からだ。ロイドの四重奏団で1966年~68年の2年間席を温めた後、マイルス・ディヴィスのグループに移籍。1970年~71年の2年間在籍したマイルスのグループでは「Bitches Blew」以降のエレクトリック・サウンドへのアプローチを経験している。

そしてキースを語る際に欠かすことが出来ないのはECMレコードとの関係だろう。キースのディスコグラフィーを眺めて分ることは、マイルスのバンド在籍中の71年の欧州ツアーでECMの総帥マンフレート・アイヒャーと知り合って早速、同年5月にJ.ディジョネットとの意欲的なデュオ作品『Ruta And Daitya』(ECM 1021)を皮切りに、11月には自身の音楽的出自(ロック、ブルース、ゴスペルなど)が濃厚なキース初のソロ・ピアノ作品『Facing You』(同1017)を吹込んでいる事実だ。

この辺りからキースの快進撃が始まり、デューイ・レッドマン(ts)、チャーリー・ヘイデン(b)、ポール・モチアン(ds)とのプログレッシヴなアメリカン・カルテット(Impulseレコード他)とヤン・ガルバレク(ts)、パレ・ダニエルソン(b)、ヨン・クリステンセン(ds)との抒情的なユーロピアン・カルテットに加えて一連のソロ・ワークス『Solo-Concerts – Bremen/Lausanne  1973』名作の誉れ高い『The Koeln Concert 1975』『Staircase  1977』、日本ツアーを記録した空前の10枚組LP『Sun Bear Concerts 1978』が産み出されるが、その傍ら並行してクラシックのレコーディングにも励んでいるという疲れを知らぬごときの八面六臂の活躍ぶり。

そして1977年G.ピーコック名義の『Tales Of Another』(ECM1101)が原型となって、1983年M.アイヒャーの発案によって再集合したこの3人による「スタンダード・トリオ」が活動を開始している。

スタンダード・トリオでは手垢の付いたように思われていた伝統的なスタンダード・ナンバーの数々がキース、ピーコック、ディジョネットの三者による類稀なる才能によって新たな生命を吹込まれ、それらがECMによって余すところなく記録されたことはファンにとって僥倖の極みだった。

1992年9月16日、ディジョネットに代ってVortex時代以来の旧知のP.モチアンが加わりキースの生まれ故郷アレンタウン(米ペンシルヴェニア州)近くにあるジャズクラブ「 the Deer Head Inn」で行われたライヴで、既にECMから『At the Deer Head Inn』(1994)としてリリースされている。なおスタンダード・トリオと区別する意味でキース・ジャレット・トリオとして発売されている。因みにこの「 the Deer Head Inn」は10代の頃のキースが聴衆の前で初めてジャズ・ピアノを演奏した思い出の店なのだから、キースはこの日“故郷に錦を飾る”ような感慨が去来したのではないだろうか。

The Old Country~More From the Dear Head Inn』と題された本アルバムは「At the Deer Head Inn」に収録しきれなかった未発表曲を集めた、文字通りその続編となる作品であり、キースのディスコグラフィーにも未だ記載されていない発掘ライヴということになる。当然ながらその出来は好評を博した「At the Deer Head Inn」に全く劣るものではなく、キースの新作に触れることが不可能になった現在、ファンの久闊を癒す作品であることは間違いない。

さてキースのファンには1曲1曲の解説など無用かもしれないので、蛇足と読み飛ばしていただいて構わないが念の為。

<01> Everything I Love コール・ポーター作。メロディの破片を散りばめたルバートからインテンポへのスムーズな流れがキースらしい。ハードバップの王道を往く4ビートの演奏ながらキース独特の感性が煌めく明晰なタッチの鮮度は絶頂期そのものだ。しかも心の赴くままといった乗りの良さがヴィヴィッドに伝わって来る。聴衆の喝采がそれを物語っている。ピーコックの流麗なベース・ソロ~キースとモチアンの4チェースと続く冒頭に相応しい1曲。

<02> I Fall In Love Too Easily ジュール・スタイン/サミー・カーン作。1994年のスタンダード・トリオ『Blue Note Live』に先立つ演奏でこの曲の切なさ、情感がキースの抑制されたリリシズムとして表現されている。(流石に唸り声は出していない)

<03> Straight, No Chaser セロニアス・モンク作。この曲ではモンクの意図通りのストレート・アヘッドな演奏を展開するキース。ライヴならではか、その唸り声までが実に楽し気だ。ピーコックの雄弁なベース・ソロと共に聴衆と一体化したグルーヴィーな印象が嬉しいナンバー。

<04> All Of You コール・ポーター作。これもルバートでたっぷりとエモーションを挙げてからのテーマ展開がスリリング。キースは奔放なまでのスポンティニアスなソロを展開、背広を脱いでTシャツで演奏しているようなリラックスぶりでエネルギッシュなプレイを聴かせる。

<05> Someday My Prince Will Come フランク・チャーチル/ラリー・モレイ作。B.エヴァンス以来、ピアノ・トリオの定番曲となった1曲。キースは原メロディを崩すことなく演奏を始めるとソロの先発はピーコック。キースのソロはメロディのコアを活かしてシンプルに唄い上げるもの。この辺りにも気の置けないリラックスした気分を感じ取ることが出来る。

<06> The Old Country ナット・アダレイ作。1985年の『Standards Live』でも演奏していたナンバー。生れ故郷のアレンタウンを意識した選曲だったのかもしれない。キース好調時の唸り声もあまり気にならず、ノスタルジックで小粋な中にアーシーさも漂う優れたパフォーマンスだ。(聴衆のやんやの喝采がそれを物語る)

<07> Golden Earrings ヴィクター・ヤング作。この曲というとレイ・ブライアントを思い出すが、ピーコックの力強いウォーキング・ベースに後押されてキースの唄心がヴィヴィッドに発揮されるこの演奏も劣らず秀逸。モチアンのツボを押さえたブラッシュ・ワークも冴え渡る。

<08> How Long Has This Been Going On ガーシュイン兄弟によるミュージカル・ナンバー。アルバムのラストは静寂なムードのバラッドで締め括る。テクニックとエモーションが高次元で融合した演奏と残りテープによる続編と思えない曲順は流石ECMと言う他はない。

ピアノ・トリオという最小単位のユニットでは一人メンバーが入れ替れば当然ながらグループ・カラーは変化する。堅実な推進力と能弁なソロでグループをプッシュするG.ピーコックのベースは相変らずの名手ぶりだが、ヴァイタルで挑戦的な律動をピアニストに向かって能動的に発するスタンダード・トリオでのJ.ディジョネットのプレイがクループ・サウンドに緊張感を与え続けるのに対して、本アルバムを聴く限り、P.モチアンはよりナイーヴでしなやかにピアニストのエモーションを受け止めつつタイムキーパーとしての役割を律儀に果たす印象が強い。

本アルバムでキースはかつてのホーム・グラウンドだった「 the Deer Head Inn」に帰還した懐かしさ、居心地の良い温もりを感じつつ、これらのスタンダード群を演奏したに違いない。それはスタンダード・トリオがコンサート・ホールで大勢の聴衆を前にして臨んだ時の緊張感とは異なり、聴衆との距離が近いジャズクラブがもたらす親密な空気感ゆえの寛ぎが本アルバムからは伝わって来るからだ。

有名スタンダードをキースのスタンダード・トリオはどのように解釈して新しい命を吹き込むのか固唾を飲むように聞き耳を立てるコンサート・ホールの聴衆は芸術の香り高い演奏を期待しているのだろうが、それはプレーヤー達のテンションは上がるかもしれないがリラックス感は持てないだろうと筆者は勝手に想像している。

1996年、イタリアでのコンサート中に激しい疲労感に襲われたキースは慢性疲労症候群との診断を受けて一切の音楽活動を停止し、1998年11月にスタンダード・トリオでの吹込みを再開するまで2年間にわたる自宅療養を余儀なくされる。復帰後のキースはソロとスタンダード・トリオの作品をコンスタントにリリースしてきたが2017年2月のカーネギー・ホールでのソロ・コンサートを最後に再び療養生活に入ると2018年に二度の脳卒中を発症、今なお左半身麻痺の身で右手のみでピアノに向かう等、懸命にリハビリに取り組んでいるという。

2023年4月に神楽坂赤城神社のホールで開かれた本誌稲岡邦彌編集長の『新版 ECMの真実』出版イベントで紹介されたキースへのインタビュー動画での右手のみの演奏に対して感想を求められた稲岡編集長が言葉を詰まらせていたことを筆者は今も鮮明に思い出す。

最後に、本アルバムを聴くことが冒頭の「キース・ジャレットにとってピアノとは何か」を全てのキース・ファンが問い直してみる機会となることを期待したい。

高橋正廣

高橋正廣 Masahiro Takahashi 仙台市出身。1975年東北大学卒業後、トリオ株式会社(現JVCケンウッド)に入社。高校時代にひょんなことから「守安祥太郎 memorial」を入手したことを機にJazzの虜に。以来半世紀以上、アイドルE.Dolphyを始めにジャンルを問わず聴き続けている。現在は10の句会に参加する他、カルチャー・スクールの俳句講師を務めるなど俳句三昧の傍ら、ブログ「泥笛のJazzモノローグ http://blog.livedoor.jp/dolphy_0629/ 」を連日更新することを日課とする日々。

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