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CD/DVD DisksNo. 328

#2393 『清水くるみカルテット/B & C, Live At A
~ Tribute to SHOJI AKETAGAWA』

text: Masahiro Takahashi 高橋正廣

Aketa’s Disk MHACD-2666 ¥2,800(税込)

01. Billie’s Bounce (Charlie Parker)
02. Couleur de Mars (火星)(Kurumi Shimizu)
03. City of Peace (George Adams)
04. Cravo e Canela (Milton Nascimento)
05. Black, Brown and Beautiful (Oliver Nelson)
06. Birdland (Joe Zawinul)

清水くるみカルテット:
清水 くるみ(piano)
津上 研太(alto sax)
石川 隆一(bass)
山崎 隼(drums)

録音:M1,4&5 :2024年6月18日/M2,3&6:2024年11月4日 西荻窪・アケタの店
レコーディング・エンジニア:島田正明


「中央線ジャズ」とは何か・・・1990年代後期から2000年代にかけて東京の中央線沿線界隈(特に吉祥寺、荻窪、高円寺、阿佐ヶ谷など)で盛んに演奏・発展してきたジャズ文化やスタイルを指す。中央線ジャズの特徴としては①ライヴハウス文化の発展、②ジャンルに縛られない多様性、③ミュージシャンの交流拠点、④ローカル・イベントの充実が挙げられ、音楽的なスタイルというよりは、文化圏・活動圏としての意味が強く「中央線沿いの個性的で自由なジャズシーン」「音楽が生活に根差している場所」を象徴する…云々とchat GPTが繙いてくれている。無論、90年代以前にも中央線界隈を拠点とするジャズの勃興は目覚しいものがあった筈(*CDジャーナルムック『中央線ジャズ決定盤101』参照)だが、筆者は残念ながらその現場に立ち会っておらず定かなことは申し上げられないのが残念。

その中央線ジャズの最前線であり聖地とも言うべき存在が西荻窪「アケタの店」であることに異論を唱えるジャズ・ファンは恐らく居るまい。「アケタの店」は1974年2月、それまで既に都内のライヴハウスで演奏していた明田川荘之が自身の演奏の発表の場として両親からの借金でオープンしたライヴハウス。同店はミュージシャン達に演奏の場を提供するだけに止まらず自身の演奏を含めてアルバム制作に積極的に取り組む。その「アケタズ・ディスク」ではどれだけの個性的な作品がこの煙草とアルコールの匂いの沁みついた空間から産み出されたことだろう。明田川は2024年11月16日、多くのミュージシャン仲間やファン達に惜しまれつつ泉下の人となったが、その精神を受け継いだ「アケタの店」は健在だ。

清水くるみもまた「アケタの店」の住人だ。神奈川県鎌倉市に生れ、フェリス女学院高等学校から早稲田大学へ進学。早稲田モダンジャズ研究会に所属し、本田竹廣に師事して1980年代には都内のライヴハウスで勢力的な活動を展開。現代ベースの巨人リチャード・デイヴィスともその頃に共演している。その後、同じピアニストの渋谷毅と出会い結婚したのを機に暫く演奏の現場を離れるが、その間も「アケタの店」の定期ライヴだけは欠かさなかったという。清水は2004年に伝説のロック・グループ「レッド・ツェッペリン」の曲だけを演奏するトリオ「ZEK!」をベースの米木康志、ドラムの本田珠也と結成。そして清水の演奏活動のもう一つの柱となるのが本作品の清水くるみカルテット。アルトサックスの津上研太、ベースの石川 隆一という気心の知れたメンバーに新進気鋭の若手ドラマー山崎隼を一年前に起用したことでこのカルテットの音楽的鮮度が一段と向上したという。

この清水くるみカルテットが録音現場に「アケタの店」を選んだのはある意味では必然だろう。清水にとってのホームグラウンドであり、夫君渋谷毅にとってもそれは同様で、ミュージシャン達にとって自由に演奏する場がいかに大切かを教え、その場を提供し続けた明田川荘之という存在はこの2人にとってかけがえのない人物だったに違いない。しかも明田川はこのとき既に末期がんの病床にあり、吹込みの現場に立ち会うことは叶わず、この2週間後の2024年11月16日に長逝する。

従ってこの吹込みは清水にとっては万感の思いの籠った演奏であったことは容易に想像できる。なお吹込みは当然のことながら、「アケタの店」で録音技師を務めたのは録音環境を知り尽くした同店店長の島田正明氏。楽器の粒立ちや音場定位はさておき、ライヴハウスならではの熱気とミュージシャン達のエモーションを捉える臨場感が肝だ。筆者はこのグループのアルバムに接するのは初めてなので、より新鮮な耳で接したい。

01.<Billie’s Bounce>。 自ずと知れたC・パーカーのバップナンバー。全てのアルトサックス奏者にとってパーカーはアイガーの北壁のような存在だろうか。短いリフテーマから始まるが清水以下のリズム陣はバップの話法を超えた自在な律動で津上のアルトを刺激する。津上が伝統と前衛の狭間に逸脱を繰り返す中、ヴァイタルでポリリズミックな山崎のドラムが驀進すれば、強靭でグルーヴ感溢れる石川のランニング・ベースに支えられて、清水のピアノは次第に覚醒の度を挙げ演奏のヴォルテージは留まるところを知らない。その重層的な表現はトリオ「ZEK!」で磨かれたアプローチを抜きには語れないポテンシャルの高さを感じさせる。

02. <Couleur de Mars> は火星と題された清水のオリジナル。清水のテンポ・ルバートから始まり思索的なフレーズが紡がれてゆく。暗黒の惑星空間を意識したアイデアだろうか、清水と石川の対話が続く。そこへ津上のアブストラクトなフレージングのアルトが割って入るが再び静寂の暗黒空間へと回帰してゆく。

03.<City of Peace>はテナータイタンの一人ジョージ・アダムス作。ベースの石川のソロが全体のムードを誘引して、アダムスの曲らしいスケールの大きな世界を拓いてゆく。続く清水の繊細にしてアイデアに満ちたセンスの感じられるソロが実に秀逸だ。これまで清水くるみというピアニストを知らなかったことが悔やまれる。津上のアルトもエッジの利いたソロで存在感たっぷりだ。

04.< Cravo e Canela> はMPBを代表するシンガー・ソングライター、ミルトン・ナシメント作だけあって、サンバのリズムとMPB特有の明るさが印象的。清水のダイナミックで陽光の溢れるようなピアノが煌びやかに跳ねる一方、それを支えているのは紛れもなく山崎の卓抜のスティックワークに他ならない。

05. <Black, Brown and Beautiful>はテナー奏者にして卓越した作編曲で知られる オリヴァー・ネルソン作。黄昏色のテーマを津上が思い入れたっぷりに唄い上げて始まる。南部の夕暮れのようなたっぷりとしたリズムがブルース・スピリットを掻き立てる。グループとしての一体感はこうしたスローナンバーでこそ発揮される。

ラスト06.<Birdland> はジョー・^ザビヌルが作ったウェザーリポートの大ヒットナンバー。曲はイントロで独自の工夫を見せる一方、石川のベースソロ、山崎の入魂のドラムソロを大きくフィーチャー、清水のアグレッシヴに燃えたつピアノは圧巻そのもの。これぞ「アケタの店」で長年揉まれて来たからこそのパフォーマンスに他ならない。津上のアルトと共に大いに弾けて見せる清水の雄姿が目に浮かぶようだ。演奏が終わってから聴衆と一緒になってテーマのリフを合唱するラストが「アケタの店」の日常を伝えて心に響く。

本作品は「Tribute to SHOJI AKETAGAWA」と謳っているだけに聴き手はどうしても演奏に感傷的な一面を聴き取ろうとするかもしれないが、清水くるみカルテットはそうしたそぶりを一切見せず平常心そのままに「アケタの店」の空気感をリアルに伝えてくれる。そして清水くるみという魅力的な弾き手の自在で硬軟織り交ぜたスタイルがもたらすエモーショナルな昂揚感を思う時、アケタズ・ディスクにまた1枚明田川荘之の精神と煙草とアルコールの匂いが詰った秀作が加わったことは疑いない。まさに「西荻にジャズの音絶えず夜の秋」である。

高橋正廣

高橋正廣 Masahiro Takahashi 仙台市出身。1975年東北大学卒業後、トリオ株式会社(現JVCケンウッド)に入社。高校時代にひょんなことから「守安祥太郎 memorial」を入手したことを機にJazzの虜に。以来半世紀以上、アイドルE.Dolphyを始めにジャンルを問わず聴き続けている。現在は10の句会に参加する他、カルチャー・スクールの俳句講師を務めるなど俳句三昧の傍ら、ブログ「泥笛のJazzモノローグ http://blog.livedoor.jp/dolphy_0629/ 」を連日更新することを日課とする日々。

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