#2397 『坂田明SOS / In a Sentimental Mood』
Text by Akira Saito 齊藤聡
ダフニア DPCD-0008
坂田明SOS:
Akira Sakata 坂田明 (sax, clarinet and bells)
Nana Omori 大森菜々 (piano)
Manabu Sakata 坂田学 (drums)
1. In a Sentimental Mood (Duke Ellington)
2. Song of the Birds(鳥の歌)(Catalan Folk Song)
3. SOS 1st (Akira Sakata, Nana Omori, Manabu Sakata)
4. SOS 2nd (Akira Sakata, Nana Omori, Manabu Sakata)
5. Itsuki no Komoriuta(五木の子守唄)(Kumamoto Folk Song)
6. Hatahata(ハタハタ)(Akira Sakata)
坂田明SOSは、ピアノの大森菜々、ドラムスの坂田学とのトリオだ。前身のグループはCOCODAであり、SOS+ベースのかわいしのぶ。COCODAはもともと2018年にワイナリーの収穫祭における演奏のため結成されたという。もちろんこのふたつは別グループであり、サウンドから受けるイメージとはずいぶんと異なる。たとえばCOCODA『枯れたひまわり』の<亀裂>では、かわいしのぶのベースが情動をあさま山荘の鉄球のようにぶんぶん振り回し、それが駆動力のひとつとなっている。ベースの存在が別様のグルーヴを生み出すことは、坂田明がビル・ラズウェル(ベース)、ロナルド・シャノン・ジャクソン(ドラムス)とのトリオでものした傑作『蒙古』を聴けばいやでもわかることだ。
いっぽうSOSのグルーヴにはベースの重力がない。それはかつて山下洋輔トリオが同じサックス+ピアノ+ドラムスというトリオ編成により、サウンドの急加速と文脈を道端に棄てた急激変化のありようを開拓したことを想起させられる。もはや語りつくされた話を蒸し返しても詮無いことだが、大森菜々のピアノは、たとえば第三期山下トリオ(山下、坂田、小山彰太)の『Montreux Afterglow』においてなにものかの到来を前に発光する山下のそれに比肩する。剛腕ドラマーのポール・ニルセン・ラヴが来日するたびに大森と共演するのも納得できるというものだ。
『枯れたひまわり』の<サミット>でもそうだったが、坂田学の不定形なドラミングにも驚かされる。冒頭の<In a Sentimental Mood>では花火のごときシンバルとボディをどすどすと突くバスドラムの連打がサウンドのエネルギーを最初から最後まで持ち上げ続け、大森がぶちまける結晶の反射とあいまって、これまでに聴いたことのない名曲の演奏となっている。坂田学がエネルギーの放出をふっと緩めた際にあらわれる「なにものかの到来」感もまた、大森だけではない。こうなれば坂田明がまるで伴奏のようだ。
伴奏という比喩は坂田明の存在感を貶めているものではない。<鳥の歌>や<五木の子守歌>で諄々と語ってきかせるように、また2曲の<SOS>で我が道を行くように提示するブロウはまぎれもなく坂田明だ。あるドラマーが筆者にささやいたことを思い出す。「坂田さんは演るたびにちがうんですよ。あの人すごいですよ」と。つまり吹いているだけで坂田明。あるいは坂田学や大森菜々が藪をものすごい勢いで刈ったあとに招き入れる「なにものか」とは、坂田明なのかもしれない。
(文中敬称略)
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