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CD/DVD DisksNo. 330

#2402 『布施音人トリオ/Thus Have I Heard』

text by Tomoyuki Kubo 久保智之

OFM OFM-002 3,300円 (税込)2025年10月8日発売予定

  1. Tsutomete / つとめて (6:55)
  2. Northbound Journey / ノースバウンド・ジャーニー (6:26)
  3. White Lycoris / ホワイト・リコリス (7:43)
  4. Sado / 佐渡 (6:40)
  5. B.A.S.D. / ビー・エー・エス・ディー (9:23)
  6. Nyoze / 如是 (10:27)
  7. We Can Hardly See / ウィー・キャン・ハードリー・スィー (10:24)
  8. Ascending Shadow of the Mountain / アセンディング・シャドウ・オブ・ザ・マウンテン (7:35)

布施 ⾳⼈ Otohito Fuse ピアノ、作曲
⾼橋 陸 Riku Takahashi ベース
中村 海⽃ Kaito Nakamura ドラムス

2025 年 5 ⽉ 20 ⽇ 東京都豊島区 Studio Dedé にて録⾳
録⾳、ミックス、マスタリング:吉川昭仁


布施音人トリオの待望のセカンド・アルバム『Thus Have I Heard』がリリースされる。

タイトルに冠された言葉は、仏教経典の冒頭に置かれる「如是我聞」の英訳とのことである。「私はこのように聞いた」という、師の教えを受け取った弟子の言葉を表すのだそうだが、布施はそこに「各々が、その時に聞こえたものを奏でてゆくことで描き出される音の絵巻物」という思いを託した。3名のアーティストの音楽を通じて交わされる「今、この瞬間の気づき」を封じ込めた作品、と言えそうだ。

アルバムの幕開けを飾るのは〈Tsutomete〉。静かなバラードでありながら、そのイントロのハーモニーから早くも心を掴まれた。澄み渡った空気がすっと差し込むような感覚。布施音人の透明感あふれるピアノ、高橋陸の伸びやかなベース、中村海斗の流れるようなブラシ。その三者が寄り添いながら呼吸を合わせた音が、静かなうねりとなり、目の前の空間に広がっていく。
アルバムに収録された曲はすべて布施のオリジナルである。布施が目にしてきた景色や訪れた土地への想い、さらには人生や生死といったテーマが、音楽の中に描かれているとのことだ。布施の目の前に広がっているであろう世界が、繊細なハーモニーとメロディによって丁寧に紡がれていく。

布施音人(ふせ・おとひと、ピアノ・作曲)は1996年東京生まれ。幼少よりクラシック・ピアノに親しみ、中高ではフルートも学ぶ。ビル・エヴァンスとの出会いがジャズへの扉となり、東京大学ジャズ研究会や慶應大学ライトミュージックソサエティで研鑽を積む。山野ビッグバンドコンテストやセイコーサマージャズキャンプで受賞歴もあり、2024年に高橋陸(b)、中村海斗(d)との1stアルバム『Isolated』をリリース。本作『Thus Have I Heard』はその延長線上の作品となる。

ベースの高橋陸(たかはし・りく)は千葉出身。中学でコントラバスとエレクトリック・ベースを始め、2014年バークリー音楽大学サマープログラムに奨学生として参加。東京を拠点に国内外のステージや映画、ドラマ、CMなどでも活躍している。柔軟かつ存在感あるベースワークが、布施のピアノに深みを与えている。

ドラムスの中村海斗(なかむら・かいと)はニューヨーク生まれ、栃木・群馬育ち。6歳でドラムを始め、ヴァイオリンやトランペットも経験してきた。中学からライブ活動を開始し、セイコーサマージャズキャンプでは特別賞を受賞。近年は都内などのライブシーンで欠かせない存在となっている。鋭さとしなやかさを兼ね備えたドラミングで、布施と高橋の会話を受け止めつつ、演奏全体に新たな表情を添えている。

布施のファースト・アルバム『Isolated』も、同じメンバーからなるトリオ編成で録音されたが、今回のセカンドでは、より深い一体感に包まれているように感じた。中村のドラムも、高橋のベースも、時に鮮やかな存在感を示すが、決して前に出すぎることはない。三者は互いの音に耳を澄ませ、布施のピアノを際立たせるようにしてサウンドをかたち作っていく。その見事な息の合い方は、この一年半あまりの数多くの共演経験を経て磨かれたものだろう。お互いの間の気配や温度感までも共有しているかのような、とても深みのあるアンサンブルである。

ところで本作には、布施自身が撮影した風景写真とエッセイ、各曲解説を収めた20ページのブックレットが付属するが、これがまたとても魅力的だ。解説文により布施の作曲者としての視点に触れることができ、写真により音の背景を想像することができる。耳からだけでなく、視覚からもインスピレーションを受け取れるのだ。

布施の写真には、フレーミングや色調に独特のセンスが宿っている。光が空気を含んで差し込み、影が柔らかく滲むその景色は、音楽の質感とも見事に呼応する。カメラのメーカーや型式まで明記されているのは、彼の質感への徹底したこだわりの表れだろう。写真の色合いと各曲のハーモニーには、不思議な共鳴が感じられる。淡くも深い音の陰影は、布施が日々見つめる景色や、肌で感じる空気そのものに通じているのかもしれない。ブックレットをめくり、布施がとらえた光景を想像しながら耳を傾ければ、音楽からはさらに多彩な色合いと温度感が立ち上がってくる。ぜひブックレットと曲を併せて鑑賞することをお勧めしたい。

アルバム全体を通して耳を澄ますと、ビル・エヴァンスやチック・コリア、キース・ジャレット、ブラッド・メルドーといった巨匠たちの気配がほのかに漂う。だがそれは模倣ということでは決してなく、布施がこれまで「聴いてきた音」が自然に染み込み、彼自身の音となって滲み出ているのだと感じた。ブックレットには、インスピレーションを受けたアーティストへの謝辞として、バッハをはじめとするクラシックの作曲家や、数多くのジャズ・ミュージシャンの名前が記されているが、布施の音楽は、そうした広大で豊かなリスニング体験を土壌に育まれてきたのだろう。

「Thus Have I Heard」という言葉は、布施によれば「その時、聞こえたものを奏でる」という意味とのことだが、「師から学んだ教えをこう受け取った」というとらえ方もできそうだ。布施にとって本作は、これまで影響を受けた多くのアーティストへのオマージュであり、同時に自らの現在地を示す証明でもあるのではないだろうか。

『Thus Have I Heard』。それは、若き音楽家が過去と現在を結び、仲間と共に紡ぎ出した「音の経典」と言えるのかもしれない。耳を澄ませば、聴き手それぞれの「如是我聞」が立ち上がる。ブックレットを手にしながら、この作品の世界にじっくりと浸ってほしい。

久保智之

久保智之(Tomoyuki Kubo) 東京生まれ 記事執筆実績等:ジャズライフ, ジャズ・ギター・マガジン, ヤング・ギター, ADLIB, ブルーノート・ジャパン(イベント), ライナーノーツ(Pat Metheny)等

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