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CD/DVD DisksNo. 331

#2404 『宇宙エンジン / 地磁気との散策…そして…監視は香る…』
『Uchu Engine / A Walk With Geomagnetism… Fragrance Of Surveillances Trace』

Text by 剛田武 Takeshi Goda

PATAPHYSIQUE RECORDS CD: DD-018 / 2,750yen Tax in

宇宙エンジン:
コサカイフミオ Fumio Kosakai : Vocals, Guitars, Percussion, Harp, Sound Manipulation, Keyboard (on ⑤)
長久保隆一 Ryuichi Nagakubo : Bass, Percussion, Keyboard (on ⑤)
諸橋茂樹 Shigeki Morohashi : Drums, Percussion

ゲストミュージシャン Additional Musicians:
福岡林嗣 Rinji Fukuoka : Percussion (on④), Violin (on⑧), Text Reading (on⑧)
利光暁子、タナカジュリ Akiko Toshimitsu, Juri Tanaka : Backing Vocals (on⑧)
河合渉 Wataru Kawai : Lead Guitar (on②)
山﨑巌 Iwao Yamazaki : Percussion (on ④)

1. 水位 Water Level
2. 渦 UZU (Vortex)
3. 沐浴の掟 A Law Of Ablution
4. 暖かい庭 The Warm Garden
5. 証明書 Certificate
6. 心臓抜き L’Arrache-cœur
7. 夕餉 The Supper
8. 贋作ローマ帝国衰亡史 The Counterfeit Of“The History Of The Decline And Fall Of The Roman Empire”
9. 宇宙エンジン The Engine Of The Universe
10. 昨日,ヨゼフと I Met Joseph, Yesterday

作曲:コサカイフミオ(②のみ:コサカイフミオ&河合渉)
All Songs Written By Fumio Kosakai (Except②: Fumio Kosakai & Wataru Kawai)
作詞:コサカイフミオ All Lyrics Written By Fumio Kosakai
テキスト引用元(on⑧)
アントナン・アルトー「ヘリオガバルス~あるいは戴冠せるアナーキスト」
日本語訳:鈴木創士 河出書房新社版P182〜P184より
Antonin Artaud “Heliogabale Ou L’anarchiste Couronne” Japanese Translated By So-si Suzuki Kawade Shobo Shinsha Edition P182〜P184
プロデュース:宇宙エンジン&福岡林嗣 Prodeuced By Uchu Engine & Rinji Fukuoka
録音:atelier himawari Recoded At atelier himawari
ミックス・編集・マスタリング:山﨑巌 Mixed, Edited And Mastered By Iwao Yamazaki
撮影:大西基 Photographed By Motoi Onishi
デザイン:Sachiko Designed By Sachiko From Musik Atlach

https://www.tumblr.com/pataphysiquerecords


じっくり熟成された宇宙エンジンの純真地下音楽史

宇宙エンジンとは、1983年にコサカイフミオ(Incapacitants、C.C.C.C.など)が「カッコいいハードロックをやりたい。」という趣旨で高校の同級生でもあった長久保隆一(C.C.C.C.、ゆらぎなど)とともに結成したロックバンドである。高橋幾郎(不失者、ハイライズ、光束夜など)、長谷川洋(ASTRO、C.C.C.C.など)、志村浩二(ハイライズ、White Heaven、Acid Mothers Temple、みみのことなど)、沢田守秀(現Sawada、Marble Sheepなど)、菊川貴央(水晶の舟など)といったアンダーグラウンド・シーンの個性派ミュージシャンの参加を経て、2003年から諸橋茂樹(ブルーム・ダスターズ、魔術の庭など)がドラマーとして参加し今に至る。これまでのリリース作品は2000年の1stフル・アルバム『In Search Of The Winter』と2作のコンピレーション・アルバムへの参加と寡作だが、ライヴ活動は折に触れて行っており、印象的なバンド名(元ネタは宇宙猿人ゴリだろうか?)と共に、長年の地下音楽ファンにとってはお馴染みのバンドといえるだろう。

筆者が初めて観たのは2012年1月に今は亡き新宿JAMで開催された『金子寿徳 光束夜トリビュート』イベントだった。灰野敬二、割礼、マヘル・シャラル・ハシュ・バズといった地下ロック・シーンの猛者に挟まれて、ストレートなロックをパワーコードに乗せて歌うコサカイのヴォーカルの熱さが印象的だった。同年10月に開催されたトークイベントでは、中学の時NHKラジオで黛敏郎の電子音楽を聴き「楽器が出来なくてもコレなら自分でも出来る」と思って英会話用LL テープレコーダーで多重録音で作品作りを始めたこと、金持ちの友人が買ったプログレやハードロックのレコードを聴いて音楽の幅を広げたこと、パンクに衝撃を受けて人前で演奏したいと思ったこと、などのエピソードが語られ、筆者自身の音楽経験によく似ていることに共感を覚えた。

高校時代から地下音楽のメッカだった吉祥寺マイナーに通い始め、1980年頃「楽器が出来なくてもいい」と誘われて山崎春美のユニット、タコに参加してライヴ活動をスタートした。80年代後半から荻窪グッドマンなどでフリースタイルの即興演奏中心に活動を続け、C.C.C.C.、非常階段、Incapacitantsといったノイズ・アヴァンギャルド系ユニットでの活動で世界的に知られる存在となる。そういった実験的なスタイルの活動の一方で、少年時代に憧れたハードロックやパンクへの衝動を追求するユニットが宇宙エンジンといえるだろう。

宇宙エンジン:長久保隆一(b)、コサカイフミオ(vo,g)、諸橋茂樹(ds)

25年ぶりの2ndアルバムとなる本作には、コサカイと40年来のパートナーの長久保のロック衝動の原点とその進化の軌跡が如実に反映されている。アルバムの構想は10年近く前にスタートしたが、コロナ禍や多忙なメンバーのスケジュール調整の難しさのため、録音を始めてから完成まで8年の年月がかかったという。その事実を知らなかったとしても、一聴すれば、収録曲すべてが丹念に心を込めて制作されたことが伝わってくる、いわば「超熟」アルバムである。

ストレートなパワーポップの「水位」に始まり、覚醒的なハードロック「渦」、哀愁の弾き語り「沐浴の掟」、LoFiフォークロックがラテン・パーカッションのカオスへ変幻する「暖かい庭」、アングラ・フォーク・バラード「証明書」、初期電子音楽風の逆回転がシュールなアコースティック・ブルース「心臓抜き」、トリッピーなサイケデリック・ロック「夕餉」、福岡林嗣(魔術の庭など)のヴァイオリンと詩(アントナン・アルトー作)の朗読をフィーチャーしたアシッド・フォーク「贋作ローマ帝国衰亡史」、バンド名を冠したパンク衝動「宇宙エンジン」、エンディングを飾る静謐なアンビエント・フォーク「昨日,ヨセフと」の全10曲。どの曲にも、メンバーだけでなくゲスト・ミュージシャンや制作スタッフ全員の、ロック、プログレ、パンク、フォーク、ノイズ、即興ジャズ、電子音楽、ワールドミュージックに亘る膨大な音楽の記憶がオマージュのように隠されているので、マニアックなロック・ファンじゃなくてもニヤリとしてしまう瞬間があるに違いない。

コサカイによる独特の詩の世界にも注目したい。歌詞の意味をどう解釈するかはそれぞれのリスナーに任せるべきだが、偽り・真理・ひび割れ・寒さ・色のない荒野・真っ白な花・黒の鳩・裏切り・ケダモノ・無為の木霊・宇宙の速度・火と風と水と土といった言葉を聴くと、頭の中に漆黒に縁どられたアンダーグラウンドの先達たちのイメージが思い浮ぶリスナーも少なくないだろう。そして、得てして近寄りがたいカリスマ性を持って語られる彼らとは異なり、宇宙エンジンの自然体で茶目っ気のある佇まいにこそ、筆者は純粋な音楽の歓びを感じる者である。

孤高・伝説・天才といった大仰な形容が似合わないこのバンドのこのアルバムを言い表すとすれば、ゴダールが10年の歳月をかけて作り上げた大作『ゴダールの映画史』になぞらえて、『宇宙エンジンの純真地下音楽史』というサブタイトルはいかがだろうか。(2025年10月25日記)

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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