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CD/DVD DisksNo. 332

#2418 『渡辺貞夫 / Hope For Tomorrow』

text by Masahiro Takahashi 高橋正廣

Victor Entertainment  VICJ-61797 ¥3520(税込み)

  1. BUTTERFLY*
  2. IN THE WEE SMALL HOURS OF THE MORNING
  3. CYCLING*
  4. SAMBA EM PRELUDIO
  5. I FALL IN LOVE TOO EASILY
  6. JUST FRIENDS
  7. I’M A FOOL TO WANT YOU
  8. LOPIN’
  9. ONLY IN MY MIND*
  10. I CONCENTRATE ON YOU
  11. SONHO DE NATAL*
    *Composed by Sadao Watanabe

渡辺 貞夫 (alto saxophone)
Russell Ferrante (piano)
Ben Williams (bass)
竹村 一哲 (drums)
押鐘 貴之ストリングス

Recording: 2024年12月15日 フェニーチェ堺, 18日めぐろパーシモンホール 大ホール,
20日サントリーホール 大ホール, 21日横浜関内ホール 大ホールに於けるライヴ・レコーディング

Produced by Sadao Watanabe


本誌編集部より渡辺貞夫のWith Stringsの最新作のレビューを依頼されたとき、筆者は正直言って気が重かった。某氏が「紐付き」と揶揄したようにWith Stringsモノにはバップ期以降の典型であるミュージシャン同士によるアドリブの応酬が産み出すスポンティニアスでスリリングな展開という要素が希薄で、予め編曲で固定化されたストリングスの醸し出すハーモニー対ソロプレーヤーという構図が予定調和に陥りやすいと感じるためだ。

それでもヴァーチュオーソと賞される名手達、コールマン・ホーキンス(ts)、ベン・ウェブスター(ts)を始めとしてチャーリー・パーカー(as)には「April In Paris」、クリフォード・ブラウン(tp)も「With Strings」などの名盤と呼ばれる作品が並ぶ。しかしそれらの作品は何れも彼らの晩年に記録されたものばかり。齢92を過ぎた渡辺貞夫にとっては晩年という響きは決して遥か先のものではないことを思うと、筆者にとってこのレビューは些かひるむばかりだと申し上げたい。

渡辺貞夫についてその輝かしい経歴をここで記すのはJazz Tokyoの読者にとっては釈迦に説法かもしれないが、御年92歳のナベサダの現在地を知る上で多少の参考になればと思う。渡辺貞夫は1933年2月1日栃木県宇都宮市生れ。ビング・クロスビー主演の映画「ブルースの誕生」(1941年)を観て感化されクラリネットを手にしたのがジャズとの関わりのスタート。‘51年上京すると銀座のクラブ等での演奏活動を開始、宮沢昭(ts)・守安祥太郎(p)と出会ってビ・バップの洗礼を受ける。その後穐吉敏子(p)のコージー・カルテット、ジョージ川口ビッグ4にて腕を磨く。’62年にはバークリー音楽院へと留学し、チコ・ハミルトン(ds)、ゲイリー・マクファーランド(vib)、ガボール・ザボ(g)等と交流し、特にマクファーランドからはボサノヴァの影響を強く受けることとなる。事実、‘65年に帰国後には「Jazz & Bossa」(Takt)、「Bossa ’67」(Victor)、「Jazz Samba」(Nivico)と立て続けにボサ・ジャズ作品を発表する。‘68年には単身ブラジルへ渡って現地のミュージシャンとの共演作「Sadao Meets Brazilian Friends」(Takt)も残すほどの傾倒ぶりを示す。またチャーリー・マリアーノ(as)との共演作「Iberian Waltz」(Takt)での成功や’70年代では増尾好秋(g)を加えたグループの諸作が輝かしい。その後もアフリカン・ミュージックのプリミティヴなリズムへの傾倒、デイヴ・グルーシン(keyboard)、リー・リトナー(g)らとフュージョンの世界へも挑戦するなど、渡辺貞夫の音楽的吸収力は凄まじく、それらが現在の渡辺貞夫の血肉となっていることは疑いない。

ビ・バップに始まりボサノヴァ、アフリカン・ミュージック、フュージョンに手を染めるとは言え世界的流行にすぐに便乗するのではなく、じっくりと自分のものにしてから作品を発表する姿勢こそが渡辺貞夫たる所以だろう。歴史的にジャズという音楽はブラックホールのように隣接する音楽を貪欲に取り込んでしまう特徴があるが、渡辺貞夫というミュージシャンは正にそれを体現する故にリヴィング・レジェンドと呼ばれているのではなかろうか。

渡辺貞夫は昨年あるインタビューに答えて「90歳を迎えた昨年、人生で初めて公演をキャンセルすることになりました。狭心症の手術のためです。今年にかけては他にも、肝臓がんや胃がん、今年の誕生日の前には帯状疱疹……全身のあちこちが病気になり、何事もなく残っているのは頭くらいです(笑)。幸い、早期発見・早期治療ですぐに治る時代です。僕にはお医者さんの友達もたくさんいますので、恵まれているなと感じます。50歳前後には、後にC型肝炎と判明する体調不良で療養生活を送った時期もあります。当時の主治医には『あなたは美味しいものを食べてのんびり余生を過ごしてください』と人生が終わるようなことを言われましたが、僕はお構いなしに、病院で曲を書いていました。別に奮起したつもりもなく、ただ好きなことをやっていただけなのですが。91歳の今に至るまで、僕は音楽に生かされているのです。」と。

さて本作品は幾多のWith Stringsと異なってライヴ・レコーディングだ。出たとこ勝負に近いジャズクラブなどでのライヴ吹込みに対して、Stringsとの共演はより綿密なリハーサルとメンバー同士の繊細な交感が要求されることだろう。コンサート・マナーに忠実な日本の観客らを前にしたとはいえ、ミュージシャンの一挙一動に向けられる観客らの好奇の視線に耐えつつ演奏の集中力を維持するのは容易ではない筈。その点、これまで幾たびかWith Stringsアルバムを残して来た渡辺貞夫ではあるが、本作品ではあえてライヴ・レコーディングを選択した理由は奈辺にあるのか、筆者には些か疑問が残る。

そんな懸念をよそに渡辺貞夫は流石、リヴィング・レジェンドたる貫禄と余裕で見事な吹奏ぶりを披露する。その体内に蓄積しているビ・バップからボサ、アフリカン、フュージョン、ネオハードバップまでジャズのエッセンスを解体~再構築~熟成させ、70年以上に渡って磨かれた艶やかな音色に乗せてハートフルに唄い上げる技は古今東西、唯一無二のものではなかろうか。(同様のレジェンド北村英治の場合はスイング一筋)

また本作品のリズム・セクションには、筆者は未聴ながら好評を博したという前作『Peace』で起用されたラッセル・フェランテ(p)、ベン・ウィリアムス(b)、竹村一哲(ds)が脇を固め、総勢20名の押鐘貴之ストリングスが参加している。昨年12月に開催された4ヶ所でのツアーの中から抜粋された収録曲は渡辺貞夫のオリジナルが、美しいメロディラインを持つ1.<BUTTERFLY>、ストリングスがヴィヴィッドに絡む3.<CYCLING>、ナイーヴなバラッドの9.<ONLY IN MY MIND>、サウダージなテイストの11.<SONHO DE NATAL>の4曲。スタンダードでは唄物として多くの歌手の名唱がある2.<IN THE WEE SMALL HOURS OF THE MORNING>、唄物ながらインスト曲としても人気の5.<I FALL IN LOVE TOO EASILY>、パーカーなどバッパー達の定番曲6.<JUST FRIENDS>、渡辺貞夫がグレイト・ジャズ・トリオとの共演作『I‘m Old Fashion』で採り上げた10.<I CONCENTRATE ON YOU>の4曲。それにブラジリアン・ギターの至宝バーデン・パウエル作の4.<SAMBA EM PRELUDIO>とかつての盟友チャーリー・マリアーノ作の8.<LOPIN’>と正に渡辺貞夫の楽歴を網羅したショーケースとなっている。

これらどの曲を聴いても渡辺貞夫のパフォーマンスは年齢を感じさせない完璧なパフォーマンスを発揮しており、筆者が1曲1曲の紹介をすることなど愚の骨頂と言えるだろう。ただひとつだけ残念なことは演奏の途中で入る観客の拍手。まるでNHKの公開番組のようにコントロールされた拍手は演奏のボルテージを示す自然発生的なものとは言い難い。

リヴィング・レジェンドとして今なお現役を張り見事なパフォーマンスを披露する渡辺貞夫。来年も旺盛な演奏活動をする計画らしい。どうかこれまでの数多の病魔を乗り越えた気力と体力で、見事な大輪の花を咲かせ続けて欲しいと願うばかりだ。

高橋正廣

高橋正廣 Masahiro Takahashi 仙台市出身。1975年東北大学卒業後、トリオ株式会社(現JVCケンウッド)に入社。高校時代にひょんなことから「守安祥太郎 memorial」を入手したことを機にJazzの虜に。以来半世紀以上、アイドルE.Dolphyを始めにジャンルを問わず聴き続けている。現在は10の句会に参加する他、カルチャー・スクールの俳句講師を務めるなど俳句三昧の傍ら、ブログ「泥笛のJazzモノローグ http://blog.livedoor.jp/dolphy_0629/ 」を連日更新することを日課とする日々。

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