#2415 『ヒカシュー / ニテヒナルトキ-念力の領域-』
『HIKASHU / Time not quite the same ~ Telepathic Fields』
text by 剛田武 Takeshi Goda
MAKIGAMI RECORDS 2025 CD: mkr-0021 ¥3,300 (tax in)
ヒカシュー / HIKASHU:
巻上公一 ヴォーカル、テルミン、コルネット/ MAKIGAMI KOICHI vocals,theremin,cornet
三田超人 ギター/ MITA FREEMAN guitar
纐纈之雅代 アルトサックス、バリトンサックス/ KOKETSU MASAYO alto sax,baritone sax
坂出雅海 ベース/ SAKAIDE MASAMI bass
清水一登 ピアノ、マリンバ、シンセサイザー/ SHIMIZU KAZUTO piano,marimba,synthesizer
佐藤正治 ドラムス/ SATO MASAHARU drums
ゲスト: 立岩潤三 フレームドラム、レク/ guest:TATEIWA JUNZO frame drum , riq
1.似て非なる刻 / Time Not Quite the Same
2.コアラ的念力 / Koala-like Telekinesis
3.眼差から帰還する / Returning from a Stare
4.カワウソの祭典 / Festival of Otters
5.棒人間 / Stick Figure
6.お邪魔なんだよちからこぶ / That Muscle Gets in the Way
7.空気を脱ぐ / Taking off the Air
8.炎の雑念 / Flame of Delusion
9.モシカの世界 / The World of Moshika
10.濁流ではなくさざ波のありようで / In the Manner of Ripples, not Torrents
11.空気を纏う / Wrapped around the Air
All lyrics :MAKIGAMI KOICHI
Music: MAKIGAMI KOICHI(1,4,8,9)、SAKAIDE MASAMI (2,5)、MITA FREEMAN(3,6,10)、SATO MASAHARU(7,11)、KOKETSU MASAYO(8)
produced by MAKIGAMI KOICHI(巻上公一)
recorded at 1714 studio in Atami and IGO studio in Tokyo 2025
recorded,mixed and mastered by SAKAIDE MASAMI(坂出雅海)
cover art CHIBA EN (ちばえん)
desighned by OUCHI TOMONORI(大内智範)
うわさのヒカシュー、念力を味方につけた本領発揮作
スローでダークなオープニング曲「似て非なる刻」を聴いて、即座に筆者の頭に浮かんだのは、ヒカシューの3rdアルバム『うわさの人類』(1981)のオープニング曲「ト・アイスクロン」だった。その曲のダウンテンポなサウンドと暗く孤独な歌声を聴いて、明るい未来を標榜するテクノポップの代表格とされていたヒカシューが、実はドロドロした情念と厭世的な世界観を持つ頭脳派バンドであることを知り、太田螢一による畸形的なイラストのジャケットも相まって「ヒカシューほど<ネクラ>なバンドはいない」と確信するに至った。当時、筆者にとって<ネクラ(根暗)>は誉め言葉で、誰とでも明るく付き合って世間に迎合するのではなく、寡黙を保ち自らの孤高の思考(至高の妄想?)を貫くニヒルな姿勢に憧れを抱いていた。今思えばコミュ障の負け惜しみに過ぎないかもしれないが、バブル時代へ向けて浮かれる80年代の日本社会に疑問と反感を覚えていたことは確かである。そんな筆者のヒーローは、地下のライヴハウスで長い前髪をギターの上に垂らして予測不可能なプレイと破調の歌を聴かせる工藤冬里だったが、そこにテクノカットの6人組が加わることになった。
それはさておき、『うわさの人類』はトッド・ブラウニング監督の映画「フリークス」に感銘を受けた作品で、サウンド的にはそれまでのリズムボックスに代わって泉水敏郎の生ドラムが加わったことで、テクノポップからアヴァンロックへの変態(メタモルフォーゼ)を遂げたアルバムとされる。それ以降現在に至るまで、アートや映画や文学や演劇やファッション、さらに折々の社会問題からインスピレーションを得て、ドラム/ベース/ギター/キーボード/管楽器/ヴォーカルのヒューマン・パワーでサウンドを作り上げるスタイルが継承されている。
管楽器(サックス)に関しては、戸辺哲(1978~81)、野本和浩(1984~2002)の後、20数年間レギュラー・メンバーはおらず、レコーディングやライヴではゲストプレイヤーを迎えて補ってきたが、今回『虹から虹へ』(2021)、『雲をあやつる』(2023)のレコーディングやライヴにゲスト参加してきた纐纈之雅代がめでたく正式メンバーとして迎えられた。ヒカシューにとって初の女性メンバーだが、昨今話題の「ジェンダーバランス」を考慮したわけではなく、自らのバンド「如意ン棒」での活動とともにサックスだけでなくギターや歌へと表現の幅を広げる纐纈に、今後のヒカシューのメタモルフォーゼの起爆剤となることを期待したに違いない。その意味で、本作はヒカシューが約四半世紀ぶりにあるべき形、すなわち完全体に変態した作品といえるだろう。これぞシン・ヒカシューの幕開けである。
冒頭に述べた通り、暗い情念が沈殿するようなアルバム・タイトル・ナンバーM1「似て非なる刻」に続いて、M2「コアラ的念力」でサブタイトルの<念力の領域>の秘密が明らかになる・・・はずがないのがヒカシューの常である。謎かけこそ<ヒカシューの領域>なのだから。そう考えると<ニテヒナルトキ>も「似て非なる刻」と同一ではないことに気が付く。
本作と同時に出版された巻上公一の第3詩集と同じタイトルのM3「眼差から帰還する」は、ネット社会の監視の目からの逃避行を意味しているように思えるが、果たしてそれだけだろうか?人間は生きている限り誰かの目(まなざし)に晒されていることは間違いない。まなざしから逃れて生還するためには生を離脱するしかないという矛盾、それは<輪廻転生>と似て非なる<臨死畢生>の理(ことわり)か。間奏の三田超人のモールス信号ギターと対峙する纐纈の官能的なアルト・ソロが緊張感を高める。
M4「カワウソの祭典」では、自慢話も失敗談もいっさい合切すべて人目に晒す獺人間の心の虚ろに思いを馳せ、M5「棒人間」で<人間は歩く棒である>というパスカルも驚きの真理を謳う。この2曲では纐纈が故・野本和浩が残したバリトンサックスでユニークなプレイを聴かせる。
力比べが横行する世界への警鐘のようなM6「お邪魔なんだよちからこぶ」も笑顔(ユーモラスな曲調)で人を刺す(世界を告発する)ヒカシューならではのポップソング。
M7「空気を脱ぐ」は巻上のテルミンが活躍するヒカシュー流ハードロック。バリトンとベースがユニゾンでホーンセクション風のバッキングを聴かせる。歌詞的にはエンディングのM11「空気を纏う」と対になって、脱いでも纏っても違和感がある目に見えないモノを俯瞰する。
インスト曲M8「炎の雑念」は纐纈のアルトと巻上のコルネットのストイックな即興デュオ。こうした極北のインプロ表現ができるのもヒカシューの変態の証だろう。
夢の世界の嘘八百を暴くM9「モシカの世界」は、アラビア音階の清水一登のピアノと纐纈のソロ(クレジットにはないがソプラノサックスだろう)が別世界へいざなう。
M10「濁流ではなくさざ波のありようで」では三田が珍しく過激なノイズギターで纐纈の切り裂くようなアルトと対決する。この歌を45年前の自分が聴いたら<ネアカじゃなくネクラでいこう>と解釈して狂喜したかもしれない。
M11「空気を纏う」はドラムの佐藤正治が作曲したピアノの弾き語りを中心としたバラード。古風でエレガントな雰囲気の中、アルバムは静かに幕を閉じる。謎ときには事欠かない歌と演奏は、全11曲で各10回、併せて百十回は楽しめる。百八の煩悩も退散するに違いない。
11月25日に渋谷クラブクアトロで、デビュー当時のメンバーによる「ヒカシュー1978」、元メンバーの井上誠と山下康による「INOYAMALAND」、ゲストに松武秀樹(YMO)、あっこりんりん(おとぼけビ~バ~)を迎えて開催されたスペシャルライヴ「ヒカシューのテクノアウトロー平和大作戦」では、軽妙なMCと即興性の高い演奏で新曲が披露され、ライヴバンドとしての実力を見せつけた。今後ステージを重ねるにつれて『ニテヒナルトキ-念力の領域-』は、ますます“似て非なるモノ”へと変態していくことだろう。2026年もヒカシューに眼差を注ぎ続けるしかない。(2025年12月1日記)
improvisation, 纐纈之雅代, hikasu, techno, テクノポップ, rock, 巻上公一. Koichi Makigami, 清水一登, 坂出雅海, 三田超人, 佐藤正治, progressive rock, 前衛ロック, new wave, 即興, jazz art せんがわ, ヒカシュー
