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CD/DVD DisksNo. 226

#1378 『トニー・ベネット/ザ・ベスト・イズ・イエット・トゥ・カム』

text by Masahiko YUH 悠雅彦

CBSソニー SICP 31034

トニー・ベネット、レディ・ガガ、マイケル・ブーブレ、アンドレア・ポチェッリ、ケヴィン・スペイシー、ダイアナ・クラール、ビリー・ジョエル、ルーファス・ウェインライト、ケイ・ディー・ラング、スティーヴィー・ワンダー、エルトン・ジョン、レスリー・オドム・ジュニア

トム・スコット(編曲・指揮)& リッチ・シェマリア(編曲)とオーケストラ
with マイク・レンツィp、グレイ・サージェントg、マーシャル・ウッドb、ハロルド・ジョーンズds

1.ザ・レディーズ・ア・トランプ~レディ・ガガ
2.ザ・グッド・ライフ~マイケル・ブーブレ
3.アヴェ・マリア~アンドレア・ポチェッリ
4.あこがれの君/世界を握れば~ケヴィン・スペイシー
5,想いのまま~ダイアナ・クラール
6.ニューヨークの想い~トニー・ベネット&ビリー・ジョエル
7.捧ぐるは愛のみ~ルーファス・ウェインライト
8.夢を描くキッス~ケイ・ディー・ラング
9.愛の国~スティーヴィー・ワンダー
10.ラ・ヴィ・アン・ローズ~レディ・ガガ
11.愛を感じて~エルトン・ジョン
12.枯葉~レスリー・オドム・ジュニア
13.フー・ケアーズ~トニー・ベネット
14.ザ・ベスト・イズ・イエット・トゥ・カム~トニー・ベネット
15.霧のサンフランシスコ~トニー・ベネット
16.アイ・ガット・リズム~トニー・ベネット
17.君に捧げるメロディ~トニー・ベネット
18.ハッピー・バースデイ~スティーヴィー・ワンダー

2016年9月15日、Live at Radio City Music Hall, NYC

驚きが満載といえばいささか誇張に過ぎるとお叱りを受けるかもしれないが、冒頭のレディ・ガガが歌う「ザ・レディ・イズ・ア・トランプ」を聴き始めてまもなく、その本気度が全開したといって過言ではない能力と情熱を注ぎ込んだ彼女の熱唱に釘付けになり、あれよあれよという間に一気に聴き通してしまった。
タイトルには『トニー・ベネット90歳を祝う( Tony Bennett Celebrates 90 )』とあるが、5曲目までは肝腎のベネットは現れない。だが、ガガに続くマイケル・ブーブレの力強くも円熟したバラードに酔ったあと、アンドレア・ポチェッリが聴衆を夢路に誘い込むような異色の「アヴェ・マリア」、続くケヴィン・スペイシー、ダイアナ・クラール(久方ぶりに聴くハロルド・アーレンの「 I’ ve Got the World on a String(想いのまま)」の秀唱だった)と、いずれ劣らぬ秀れた歌唱に酔ってすっかりあの巨大なラジオ・シティ・ホールの聴衆の1人となり切りかけた次の瞬間、ビリー・ジョエルの「ニューヨークの想い」でベネットが登場し、まるでジョエルと実の親子のように歌うベネットの溌剌としたヴォイスが爆発した。これがベネット?、本当に90歳の彼の声?、ジョエルとご機嫌なデュエットを披露しているこのベネットが90歳だって?
だが、90歳を迎えたとき、彼は言ったそうだ。「90歳になったけど、まだ人生は始まったばかりのような気がする」、と。その真意を問われて、彼は後日、微笑んで言った。「人生を愛しているからだよ。私は生きていることが大好きなんだ」。
とはいえ、10人が10人、90歳を超えてこんなパンチのある溌剌とした声量で歌えるものかと誰しも怪訝に思ったのではないか。、実際、終盤になって熱狂的な大歓声の中で再登場したベネットは、彼の十八番といっていい「ザ・ベスト・イズ・イエット・トゥ・カム」や「霧のサンフランシスコ」などをいかにも喜びを爆発させるように歌った。これらを往年の全盛期の彼の名唱と比較して云々する野暮なことはしない。そんな鉄面皮には世界を股に活躍するポピュラー界のスターがベネットを祝福して歌うこのアルバムを聴く資格などあろうはずがない。ベネットみたいな破格の大シンガーは現役でいてくれるだけで、それ以上を望むことはない。それにしても、スティーヴィー・ワンダーが「 Visions(愛の国)」にこめた敬愛と親しみの情が滴り落ちるような感動、再登場したレディ・ガガの「ラ・ヴィ・アン・ローズ」やエルトン・ジョン自作(ティム・ライスとの共作)の「愛を感じて」、あるいはレスリー・オドムJrの「枯葉」が、あたかもデビューして70年近く歌い続けるベネットの長い歌手生命に敬意を表した羨望の眼差しのようだった。そして、ベネットがガーシュウィンの「アイ・ガット・リズム」で沸騰したホールと人々をいとおしむように歌い終えた瞬間、降りるはずの幕がここで降りなかったのにはわけがあった。何と、スティーヴィー・ワンダーが全員の「誕生日おめでとう」をリードする形で「ハッピー・バースデイ」を静かに歌いはじめたのだ。それはあたかも山の端に日が沈む瞬間のように、人々の目を釘付けにした。間違いなくそれはこのポピュラー音楽史に記録されるべき、「トニー・ベネットの90歳を祝う」コンサートの最後を飾ったばかりでなく、彼とコンサートの成功を祝福した全員からの何よりのプレゼントだったに違いない。

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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