#1396『GRERUM OMNIBUS / HANDFUL』
text by Yumi Mochizuki 望月由美
FAVORITE FAVO 10
TIMOTHY BANCHET (p)
ERUNST GLERUM (b)
JAMIE PEET(ds)
01 Radio Brtak (E.Glerum)
02 Omnibus Fifth (E.Glerum)
03 Hours & Seconds (E.Glerum)
04 Kinda Trouble (E.Glerum)
05 Sriwanah (Trad)
06 Cuaida (T.Banchet)
07 Missy Supa Nice (T.Banchet)
08 Cry Me A Rive (A.Hamilton)
09 Handful (E.Glerum)
10 Caroline Keikki Mingus (C.Mingus)
エンジニア:Kasper Frenkel
マスタリング:Ruben Kieftenbelt
録音:July 6, 2016 at Electric Monkey Studio Amsterdam.
「グレールム・オムニバス」の第5作目で、これまでの作品はバス・ジャケで人気があったが今回は楽器ジャケに変わっている。
バス・ジャケとは違った静物画的な写真がこのトリオの音を象徴している。
写真はフォトグラファーのAnnegien Haselagerさん。
前作の『センチメンタル・ムード』(FAVORITE, 2013) ではユリ・ケイン(p)とのデュオで深い慈しみのあるムードを漂わせていたが今回はグレールムが推進役となった軽快でかつ明快なピアノ・トリオ編である。
これまで「B・B・G(ベニンク・ボルストラップ・グレールム)」などの作品では3者対等のインタープレイが基軸となっていたが今回はグレールムのリーダーシップが強く前面に打ち出されている。
さわやかな4ビートが中心でリズムのノリがいわゆるブラック・ミュージックのグルーヴとか粘っこさがまったくなく、オランダ流というかグレールム流でさらっとした独特の軽妙なスイングである。
全曲でグレールムのベース・ソロが聴けるがポール・チェンバース(b) の『ベース・オン・トップ』(BLUE NOTE, 1957)のようにどこをとってもベース・ソロというわけでもなく程よい長さでピアノとソロを交換し合っているので快調なウイットに富んだピアノ・トリオとしての楽しみがある。
このトリオ、求心的というよりは外に開かれたオープン・マインドな楽しさがあふれている。
これは永年 ICPオーケストラで活動をしているグレールムが自然に身に着けたものかもしれないし、とにかくハッピーな輝きが発散されている。
共演している二人はオランダのジャズ・シーンで活躍している新進気鋭である。
ピアノのティモシー・バンシェット(p)とドラムスのジェイミー・ピート(ds)はここ数年グレールムとのトリオのほかアムステルダムを中心に精力的に活動している若手で、二人とも楽器を鳴らし切っているところが好感を持てる。
若い二人は懸命に音を競い合うが、そこをグレールムがビシッとまとめている。
「グレールム・オムニバス」の3人の仲の良さ、フレンドシップが音から伝わってくるようで聴いている方も楽しくなる。
グレールム作の (2) <Omnibus Fifth>はオムニバス・シリーズの第5作目をさしているものと思われるが、スリー・サウンズからファンクを差し引いたようなさっぱり味でスイング、ライヴで聴いたら手拍子を取りたくなるようなクールな演奏である。
また (3) <Hours & Seconds> では前作『センチメンタル・ムード』同様、グレールムの美しい弓弾きが聴ける。チェロのように速いパッセージを楽々弾きこなすところはグレールムならではのもの。
アルバムにはグレールムとティモシー・バンシェット (p) のオリジナルのほかに演奏されている2曲のバラードが聴きものである。
ジュリー・ロンドン (vo) の妖艶なハスキー・ヴォイスで知られる (8) <クライ・ミー・ア・リヴァー> をこの3人が演じると清廉な乙女の会話のように清々しく様変わりしてしまうところがこのグループらしい。
さらにジェイミー・ピート (ds) のハンゆずりのブラッシュとグレールムの太いピチカートに支えられてテイモシー・バンシェット (p) が丁寧にメロディーを紡ぐあたり、このユニットの緻密な連携、一体感があらわれている。
そして (10) <Caroline Keikki Mingus>。
チャールズ・ミンガス (b, 1922~1979) が晩年に録音した『Me Myself An Eye』(Atlantic, 1978) に収録されていた曲で、筆者のなかでは正直すっかり記憶のそとに追いやられてしまっていた曲であるが、北欧の地でこのようなかたちでミンガスに想いをはせて音にしているグレールムに敬服する。
昔からICPの人たちはモンクやハービー・ニコルズ、エリントン、ストレイホーンなどジャズの巨匠たちに敬意を払ってきたがそれは今でも変わらないしグレールムもその一人である。
これまでグレールムの「オムニバス」にはハン・ベニンクやミケル・ボルストラップなど多彩な人たちが乗り合わせてきたがここ当面はこの若い二人を乗せて走ることになるのではないだろうか。
本稿執筆中にミシャの訃報が伝わってきた。これも何か偶然とは思えない縁なのかもしれない。