#1402『橋本孝之 / ASIA』
Text and photos by 齊藤聡 Akira Saito
橋本孝之 (as)
Recorded live at ART SPACE BAR BUENA, Shinjuku, Tokyo on Oct 14th 2016
Art direction & Produce: 林聡 Satoshi Hayashi
Art work: 韮澤アスカ Asuka Nirasawa “incarnation 1 (Cover)”, “cell 1 (Back cover)”
Liner notes & Comment: 剛田武 Takeshi Goda
Design: 笹岡克彦 Katsuhiko Sasaoka
Management: sara (.es)
in memory of 生悦住英夫 Hideo Ikeezumi
即興ソロを活動のひとつとしている日本のアルト奏者ということであれば、頭に浮かぶ何人もの名前がある。白石民夫、柳川芳命、浦邊雅祥、大蔵雅彦、川島誠、徳永将豪、望月治孝、……。しかし、橋本孝之はおそらく誰にも似ていない。(そしてまた、彼らはお互いに似ていない。)
奇しくも、その白石民夫が新宿西口の橋の上で吹いたあと、橋本は初対面の筆者に対し、自身のプレイについて呟いた。誰かと「似たような感じ」だったら、つまんないでしょう、と。また、こうも言ったことがある。これまでジャズを聴いてこなかったから、プレイヤーの名前をあまり知らないのだ、と。
アルトソロという文脈やジャズという文脈において参照項がないのであれば、なおのこと、そのプレイに向き合って幻視するほかはない。
本盤は、アルトサックスによる約26分間の完全ソロ演奏の記録である。橋本は細身の身体を捩らせながら、擦れるような高音の数々を発する。そのアルトには、情というものを見出すことができない。無機物である。しかしそれは、無機物の異形生命体である。情を徹底的に排しながら演奏表現を続けてゆくうちに、無機生命体には人格が与えられてくる。
もちろん、そのプロセスはたいへんな緊張を孕んでいる。この演奏においては、アルトを吹かずキーを叩く音と微かな息遣いだけが聴こえる時間がある(およそ20分が過ぎた頃が際立っている)。演奏というその場限りの生命体が、ともかくも生き延び、その証としての声を出さんとして苦悶し胎動する時間である。聴く者は固唾を呑み、このプロセスの証人たらざるを得ない。
なお、本盤は、2017年2月に鬼籍に入った生悦住英夫氏に捧げられている。PSFレコードの主宰者であり、また、レコードショップ「モダーンミュージック」のオーナーであった人物である。氏の追悼ライヴ(2017/6/25)にも、橋本は、ピアノのsaraとのデュオユニット「.es」にて出演するという。どのような演奏を提示してくれるのか楽しみでならない。
(文中敬称略)