#2012 『Chris Pitsiokos / Speak In Tongues』
Text by 剛田武 Takeshi Goda
CD/DL Relative Pitch Records RPRSS004
Chris Pitsiokos : Alto Saxophone Solo
1. To Charles Parker Jr.
2. To Anthony Braxton
3. To Roscoe Mitchell
4. To Ornette Coleman
5. To Eric Dolphy
6. To John Zorn
All track recorded on a portable recorder in live concert in New Haven on January 27th, 2019.
No edits, overdubs or effects.
Mixed and mastered by Ryan Power.
Executive Producer, Kevin Reilly
Relative Pitch Records Bandcamp
リスペクトを挑戦状に転化するアルトサックス・ソロの新境地
ダウンロードと限定カセットテープでリリースされた『Oblivion/Ecstasy』(2015)、ダウンロードのみの『Valentine’s Day』(2017)に続く、クリス・ピッツィオコスのアルトサックス・ソロアルバム第3弾がニューヨークの前衛ジャズ専門レーベルRelative Pitch RecordsからCDリリースされた。2019年1月27日にコネチカット州ニュー・ヘイヴンのライヴハウスState Houseで開催された、ギタリストのJoe MorrisとトランペッターのStephen Haynesの企画によるMultiplexという即興音楽イベントでのライヴ録音である。”音楽作品と友情の多重的な絆を結ぶ”というイベントの主旨に相応しく、演奏される音をひとつたりとも聴き逃すまいとする観客の熱意が会場を満たしているのを感じる。その空気に感化されたように、ピッツィオコスはアルトサックスからとめどない勢いで生命の音を吹き続ける。6つのパートに分かれた4~8分のソロ演奏が終わるたびに、観客の拍手とため息が熱を帯びていく様は、最初は意味不明だった異国の言葉が、相互理解を深めていくことで、次第に意味を成していく意志伝達プロセスの縮図のように感じられる。
高速タンギングの超絶フレーズ、サーキュレーションブレス奏法による濃厚な音のクラスター、耳を劈く高周波ノイズのフリークトーン、低く木霊するミニマル・ドローン演奏、天上に舞うフラジオ。様々な奏法やテクニックを注ぎ込んで紡ぎあげたソロ演奏は、ピッツィオコスの卓越した創造性から生まれた6つの短編音響小説である。
ピッツィオコスは6つの断章それぞれに、6人のアルトサックス奏者に捧げるタイトルを付けた。聴けばわかるように、フレーズやテクニックや演奏スタイルに類似性があるわけではない。ピッツィオコス本人の言葉を引用すれば「影響力は必ずしも音楽に現れるわけではありません。感情や構造的な影響などと関係する場合もあるでしょう。タイトルは、演奏前や演奏中に意識していたのではなく、演奏後に名付けたので、演奏内容と明確な対応関係はありません。重要なことはリスペクトの気持ちを表すことでした。私にとって深く重要な存在であるアルトサックス奏者の名前が付けられていますが、その全員が常に私の演奏すべてに影響を与えています」。
アーティストにとって、影響を受けた先達との関係は複雑である。自らがアーティストとして音楽言語やスタイルを形作る成長過程で出会い大きな影響を受けた音楽家とは、たとえ直接会ったことがなくても、教師もしくは親子に近い関係になる。生徒にとっての教師、子供にとっての親と同じように、多大なインスピレーションを与えてくれることに感謝し尊敬する一方で、自分が成長するためには乗り越えなければならない「壁」として立ちはだかる存在でもある。ピッツィオコスは語る。「ジョン・ゾーンのことは確かにそう感じます。ジョンはあちこちで私をサポートしてくれて、とても友好的な関係ですが、それほど親密ではありません。今でも彼は僕に深い影響を与えていて、自分の作品のほとんどすべてを通して、常に彼の存在を感じています。愛と尊敬を持つ一方で、子供っぽい恨みや不満を感じることもあります。深いリスペクトと同時に、心のどこかにいつかやっつけてやりたい、という気持ちがあるのです。エディプスコンプレックスの一種でしょうね」。
この発言の通り、ジャケットに記された「Speak in tongues and hope for the gift of interpretation(異言を語り、解釈の才能に期待する)」という一文には、影響を受けた偉大な先達へのリスペクトと共に、必ず彼らを乗り越えてやる、というピッツィオコスの強い決意が込められているのである。(2020年9月5日記)
*文中のクリス・ピッツィオコスの発言は筆者との2020年9月4日付けE-mailから引用しました。