JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 36,718 回

CD/DVD DisksNo. 278

#2089 『Srdjan Ivanovic Blazin’ Quartet / Sleeping Beauty』
『スルジャン・イヴァノヴィチ・ブレイジン・カルテット / スリーピング・ビューティー』

text by Ring Okazaki 岡崎 凛

本作をリリースしたMoonJune Recordsは、2001年に音楽プロデューサーのLeonardo Pavkovic(レオナルド・パヴコヴィチ)によってNYに設立された。プログレッシヴ・ロック、ジャズ・ロック、ワールドミュージックなどを扱うが、ジャンルの垣根を超えた進歩的、前衛的な音楽の創成を目指すレーベルである。全世界の音楽を扱うが、インドネシアやバルカン半島出身の若きミュージシャンの作品を積極的に売り出す一方、英国のレジェンド、ソフトマシーンを看板アーティストにするなど、個性派でありながらビジネスセンスが際立っている。レオナルド・パヴコヴィチはボスニア・ヘルツェゴビナの古都、ヤイツェ出身。彼のエキサイティングな企画は、今後も音楽ファンを魅了することだろう。
https://moonjunerecords.bandcamp.com/
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
MoonJune Records、2021年3月12日リリース
試聴など:https://srdjanovic.bandcamp.com/album/sleeping-beauty

Srdjan Ivanovic Blazin’ Quartet:
Andreas Polyzogopoulos (trumpet) [Greece] アンドレアス・ポリュゾゴプロス
Federico Casagrande (guitar) [Italy] フェデリコ・カサグランデ
Mihail Ivanov (double bass) [Bulgaria] ミハイル・イヴァノフ
Srdjan Ivanovic (drums, keyboards, compositions, arrangements) [Bosnia & Herzegovina]スルジャン・イヴァノヴィチ
special guest: Magic Malik (flute) [Ivory Coast]マジック・マリック

1 Intro 1:28
2 Sleeping Beauty 6:00
3 The Man With The Harmonica  7:04
4 Guchi Flute 6:46
5 Andreas 2:15
6 Rue Des Balkans 5:41
7 Sleeping Beauty (Solo Guitar) 2:20
8 À l’Aube Du Cinquième Jour (Gott Mit Uns) 4:38
9 Outro 1:39

All compositions by Srdjan Ivanovic except: Track 3 & 8 by Ennio Morricone & Track 5 by Andreas Polyzogopoulos & Srdjan Ivanovic.
Recorded November 21 & 22, 2019 at Studio Aeronef, Paris.
Produced by Srdjan Ivanovic.


このアルバム『Sleeping Beauty』を初めて聴いたとき、少し拍子抜けがした、というのが偽らざる気持ちである。旧ユーゴスラヴィアの国、ボスニア・ヘルツェゴビナから西欧へとやってきたドラマー、Srdjan Ivanovicに対して、自分は先入観を抱いていたのだと思う。漠然とだが、祖国を離れた彼が波乱に満ちた人生を送ってきたのだろうと考え、彼の音楽にその影響を読み取ろうとしていた。

ところが、鳥のさえずる声に始まる本作は、全般に穏やかさと静けさを湛えている。森の木々の間へと広がるような、伸びやかなトランペットとギターの音に幾度となく出会う。過去の何気ない日常を思い起こすような、親しみやすさに満ちており、まるでパーソナル・フィルムを眺めるようだ。ごく自然な流れが行きつくように最終曲を迎えると、また鳥のさえずりが聴こえてくる。

Blazin’ Quartetの作風については、「オリエンタリズムとジャズをブレンドし、メロディアスでリズミカルなサウンドを独自に作り上げ、具象も抽象も豊かに描き、アコースティックもエレクトリックも自在に奏でる」というグループ紹介がバンドキャンプに載っていた。これは彼らのサード・アルバムに添えられた言葉であるが、本作でもその基本姿勢は変わっていない。だが、これまで以上にメロディーを重視した作品が生まれていると思う。。

本作の魅力をいっそう押し上げているは、サード作からレギュラー参加するギリシャ出身トランぺッター、Andreas Polyzogopoulosと、前作ではゲスト参加だったが、本作からレギュラーとなったイタリア出身のギタリストのFederico Casagrandeである。とくにエンニオ・モリコーネによる2曲(3, 6)では、2人とも本領発揮という印象を受けた。彼らの歌心に満ちたプレイは、モリコーネの抒情性にフィットしながら、さらりとして爽やかだ。ここでも、このアルバムらしい自然な流れと穏やかさが保たれていると感じる。

Andreas Polyzogopoulos (tp)とFederico Casagrande (g)は、2人とも日本の通販でリーダーアルバム(CD)が販売されているプレイヤーだ。すでに彼らの実力を知る欧州ジャズファンには、ぜひこのアルバムも聴いてもらいたいと思う。

この2人とほぼ同年齢で、80年代始めに誕生しているのがベーシストのMihail Ivanovだ。ブルガリアに生まれ、オランダでジャズを学んだ彼は、このカルテットのファースト作から在籍し、バルカン音楽に精通したベーシストらしい活躍を続けている。

また、カリブ海育ちのフルート奏者、Magic Malikのゲスト参加には、地中海を超えた音楽文化圏の広がりとつながりを実感させられる。唸り声を漏らしながらフルートを吹く彼らしいスタイルで、アルバムに深い色を添えている。
フランスのレゲエ、ジャズ、ワールドミュージック界で長く活躍してきたMagic Malik(Malik Mezzadri) は、1969年コートディヴォワールに生まれ、カリブ海南部の群島グアドループに育ち、フルートを学んだ。マルセイユの音楽院を卒業後レゲエバンドで活躍した彼は、徐々にジャズ方面にも活動を広げていった。
彼は独特のスタイルを確立したフルート奏者として現在も精力的に活動し、Srdjan Ivanovicの2019年作品にも参加している。(Srdjan Ivanovicが共同リーダーをつとめるラージ・アンサンブル、the Nikolov-Ivanović Undectetのアルバム『Frame & Curiosity』にゲスト出演。このアルバムもMoonJune Recordsからリリースされている。)

参考動画①Blazin’ Quartet – Rue des Balkans (feat. Magic Malik)

本作のタイトルには「眠れる森の美女」や「眠り姫」という定訳があるが、どうやらこのアルバムは童話の世界をテーマにしたものではないようだ。タイトル曲のために作られたミュージック・ビデオに添えられた言葉を読むと、家族の寝顔や、うたた寝の体験などの具体的なものと、「美」とは何か、「眠る」とは何か、という抽象的な問いかけとを重ねながら、日常の世界と思索の世界を行き来するような音楽を作ろうとしたのだろうと感じた。

ああそうなのかと考える一方で、ミュージック・ビデオを見るうちに、家族との田舎道の散歩途中で、横になったままうたた寝して、独りになってしまう母親が心配になっていく。彼女の心理を描くように流れるギターやトランペットが映像に寄り添い、ちょっとしたサスペンス・ドラマのようなシーンもあるが、どこにでもあるような農村の美しさがしっかりとカメラに収まったビデオ作品である。
お母さん役の女性の寝顔が魅力的だ…と思ったら、彼女の名前はCatherine Ferrary Simonで、スルジャン・イヴァノヴィチはパートナーか、彼女の夫であるらしい。そしてこのビデオの撮影と編集はイヴァノヴィチが担当している。フェイスブックを見ると、ビデオに出ていた家族がそのまま写っていた。よくできたビデオで、まさか本人の家族が総出演とは予想もしなかった。

参考動画②Blazin’ Quartet – Sleeping Beauty (video)

参考:8曲目のÀ l’Aube Du Cinquième Jour (Gott Mit Uns)は、エンニオ・モリコーネが音楽を担当した映画の名前。1969年、ジュリアーノ・モンタルドが監督したイタリアとユーゴスラビアの合作映画で、英題は「The Fifth Day of Peace」。1975年9月1日にTBSの月曜ロードショーで放映されたと記録がある。邦題は「銃殺!ナチスの長い五日間」。フランコ・ネロが出演しているが、日本では劇場未公開作品。

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください