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Jazz and Far Beyond

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CD/DVD Disks~No. 201R.I.P. 鈴木勲

#1024 『Isao Suzuki × KILLER-BONG/KILLER-OMA』

text by 剛田武

CD : Black Smoker BSJ-009 (2012)

鈴木勲:bass
KILLER-BONG:rap, kaoss pad, turntable, etc.

1. No Title 26:02

Live Recorded On Blackterror At Club Asia, March 30,’12

 

JAZZ GODFATHERとCULT HIP-HOPPERの奇跡の邂逅

KILLER-BONG(以下キラーボン/本名:生方啓司)は90年代半ばから活動するラッパー兼トラックメイカー。1997年K-BOMB名でヒップホップ・グループTHINK TANKを結成、日本のヒップホップ界をリードして活躍する。ヒップホップの常として様々な変名を名乗るので、活動の全貌は掴みにくいが、2002年に自らのレーベルBlack Smoker Recordsを設立してからは、大量のTAPE/CD/CD-R/レコードをリリースし、ストリート系・クラブ系のカリスマとして高い支持を集める。ラッパーといっても「Yo! Yo! チェケラッ!」というようなパブリックイメージとはまったく異なり、深いディレイをかけたポエトリーリーディングとも叫びともつかないヴォイス・パフォーマンスと、カオスパッドで変調されたDJプレイによる、沈み込むような重低音が空気を震わせるサウンドは、ダンスミュージックではないし、聴いて気持ち良いわけでもない。ボディ・ミュージックという意味ではクラブ系には違いないが、そのスタイルは、電子音楽やドローン・ノイズやフリー・インプロヴィゼーションに通じる感触がある。

Black Smoker Recordsからはキラーボンが制作/参加/プロデュース/リミックスに関わったコアなヒップホップ/ラップ/クラブ系作品とともに、「エクスペリメンタル・ミュージック・シリーズ」として、異種ジャンルのアーティストとのコラボ作品もリリースしている。ノイズ(Hair Stylistics=中原昌也、伊藤篤宏)、サイケデリックロック(ダモ鈴木)、エレクトロ(EP-4 unit3)、ポエトリー(大谷能生)など様々だが、とりわけ異色なのが鈴木勲との共演作『KILLER-OMA』である。別項に書いたようにJAZZ ART せんがわ2013でこの2者の共演を観た、というより体験して、想像を遥かに超えた迫真の演奏に文字通り震撼した。50年代に松本英彦や渡辺貞夫のグループに参加し、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズをはじめ、数々の伝説的ジャズメンと共演してきた鈴木自身も「JAZZ GODFATHER」と呼ばれる伝説的存在であり、70年代の作品を中心に若いジャズファンは勿論、クラブ系アーティスト/リスナーからも多大なリスペクトを集める。今年80歳で音楽生活60周年を迎えた鈴木が、カルト・ヒップホッパーと共演することは、一見無謀な試みに思えるが、現在も若手ミュージシャンの教育に力を注ぎ、自らの感性の研磨を怠らない鈴木にとっては願ったり適ったりの挑戦に違いない。

クラブ系作品にありがちだが、アートワークにはレコーディング・クレジットはおろか、曲名も明記されていない。(クラブで流れる音楽は、データ的要素から切り離して、サウンドそのものを感じるべきだ、ということを意図して匿名性が重視されるのではないか、というのが筆者の持論である。)このトラックは、2012年3月30日渋谷Club Asiaで開催されたBlack Smoker主催イベントでのライヴ録音であり、ふたりの初共演ステージの全編26分が収録されている。鈴木はJAZZ ART せんがわのステージと同じピッコロベースを使用している模様。ライヴではあまりの重低音で音の輪郭がぼやけて聴こえたが、録音された分離のいい音響からは、鈴木の高度なテクニックに裏打ちされた縦横無尽のベース・プレイと、それに真っ向から対峙するキラーボンのヴォイスとサンプリング・ノイズが空間を歪めながら左右に飛び交う、凄まじいバトルが眼前に迫って来る。声やドラムや電子音がディレイとカオスパッドで変調され、その音の本来の意味性が無化・異物化される様は、デレク・ベイリーやエヴァン・パーカー等によるヨーロッパ即興音楽の実験に近い。また両者の強靭な音の容赦ない連続放射は、高柳昌行と阿部薫の『集団投射 Mass Projection』を彷彿させる魂のぶつかり合いである。

ジャズかどうか、クラブ系かどうか、などジャンルは関係なく、ここに刻まれた演奏は、ふたりの求道的表現者が全身全霊をかけて交感した、紛れもない真の即興演奏の記録に他ならない。祝福すべきは、この邂逅が一度きりの奇蹟で終わることなく、これからも再演され切磋琢磨されていく可能性があるという事実である。ジャズ/即興音楽はもちろん、すべての自覚的音楽にとっての希望の光である。(2013年8月11日記)

初出 JazzTokyo #189(2013年8月25日更新)

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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