#1337 『加藤真亜沙/アンモーンの樹 』
text & photo by Takehiko Tokiwa 常盤武彦
SOMETHIN’ COOL SCOL-1014
加藤真亜沙 (p,kb,vo)
Jonathan Powell (tp,flgh)
Jay Rattoman (ss,cl,fl)
Francesco Geminiani (ts)
Chris Stover (tb)
Alon Albagli (g)
Doug Weiss (b)
Daniel Dor (ds)
Sarah Elizabeth Charles (vo)
Linton Smith (vo)
- ディパーチャー
- エシュベレケ
- アモン樹の森
- 小さな空
- コダマ
- アフター・ザ・レイン
- ガール・トーク
- フロスト・ワーク - 霜の花 -
- コンセプション (日本限定ボーナストラック)
Recorded by Dave Darlington at Water Music, Hoboken NJ on August 24th 2015.
Recorded by Andy Plovick at the Bunker Studio, Brooklyn NY on December 6th, 2015.
Produced by 加藤真亜沙
ニューヨークのジャズ・シーンに、また新たな才能溢れるピアニスト/コンポーザー/アレンジャーが登場した。斬新な4ホーンのアレンジと、ユニークな作曲、エッジの効いたピアノ・プレイで、加藤真亜沙 (p,kb,vo) は処女作とは思えない完成度の高いリーダー・アルバム『アンモーンの樹』で、鮮烈なデビューを飾った。
本作のヒロイン加藤真亜沙は、名古屋出身。画家の父とピアノ教師の母に囲まれて芸術的環境に恵まれて育ち、幼少時よりクラッシック・ピアノ、作曲を学ぶ。音楽専攻の高校時代からジャズに興味を持ち、卒業後およそ1年名古屋で演奏経験を積み、2009年にロバート・グラスパー (p,kb) ら輩出している名門ニュースクール大のジャズ&コンテンポラリー・ミュージック科に留学。在学中、様々なアーティスト達と交流し、オリジナル・スタイルを構築した。本作のレコーディング・メンバーも、ジョナサン・パウエル (tp)、ジェイ・ラットマン (ss.cl,fl) を除き、フランチェスコ・ジェミニアーニ (ts)、アロン・アルバグリ (g)、ダニエル・ドール (ds)はニュースクール大で切磋琢磨した仲間で、ダグ・ウェイス (b) とクリス・ストーヴァー (tb) は恩師である。ニュースクール大在学中から、作曲コンペティションに応募し、2011年には本作に収録されている「アフター・ザ・レイン」でASCAPのヤング・ジャズ・コンポーザース賞を受賞。2014年には同じくASCAPのハーブ・アルパート・ヤング・ジャズ・コンポーザーズ賞に、同じく本作に収録された「フロスト・ワーク -霜の花-」で輝いている。2013年にニュースクール大卒業後は、バルカン・ジャズ・クインテットのバルチェミーやフランキー・ルソー・ラージ・バンドなど、様々な編成、スタイルのバンドで活躍し、ピアニストとしても高い評価を得ている。大学時代の友人、恩師に、演奏活動でジョナサン・パウエル (tp,flgh)、ジェイ・ラットマン (ss.cl,fl)と出逢い、加藤が追い求める理想のアンサンブルとインプロヴィゼーションを創造できるグループが、遂に2015年に結成された。渡米以来書きためていたオリジナル曲と3曲のカヴァー曲で、本作『アンモーンの樹』が生み出されたる。アンモーンの樹とは、加藤が想像した古代エジプトの太陽神が宿る樹であり、その架空の樹を手に持つ自画像を、画家である父がブラッシュ・アップして完成させて、アルバム・カヴァー・アートとした。
デビュー作は加藤真亜沙の新たな旅立ちの決意を告げるような「ディパーチャー」で幕明ける。ピアノにヴォイスでメロディを乗せる手法は、グレッチェン・パラート (vo) にインスパイアされ、2013年のニュースクール大の卒業コンサートで披露して以来、加藤のサウンドのトレード・マークの一つとなっている。加藤が、それぞれのサウンドと、そのブレンドから生み出されるアンサンブルに惚れ込んだメンバー達が次々と登場し、これから始まる音楽ストーリーのイントロを飾る。「エシュベケレ」は、ヨスヴァニー・テリー (as,ss,per) から教わったアフリカのヨルバ族のチャントを加藤が唱え、クラーベのリズムとピアノのコンピングにのり、ジェミニアーニ (ts) がソロで語りかける。クライマックスでは、加藤の透き通ったヴォイスとハンド・クラップに、ドールの縦横無尽のドラム・ソロが展開し、4管とは思えない壮大なアンサンブルが広がった。キーボードのフリー・インプロヴィゼーションとスキャットの小品「アモン樹の森」が、加藤が幼い頃から愛してやまない「小さな空」を導く。武満徹が書いた混成合唱曲のカヴァーだ。ピアノ・トリオでメロディを慈しむように奏で、詩が歌われた。「コダマ」はドラムスのドールの変拍子のリズム・パターンのエクササイズからアイディアを得て創られた。ピアノのイントロから、ベースとドラムスが加わり、熱いインタープレイが展開する。恩師のウェイスのベース・ラインが、加藤とドールをアンカーの如く支えながらインスパイアする。「アフター・ザ・レイン」は前述の通り2011年のASCAPのヤング・コンポーザーズ賞受賞曲。ピアノ・トリオで長年演奏してきた曲が、ゴージャスなアンサンブルで生まれ変わる。加藤はメロディの美しさに、大きなこだわりを持っている。そのメロディを包み込むアンサンブルは、パウエルのフリューゲル・ホーン、ラットマンのクラリネット、フルートを核として、金管楽器でありながら、ストリングス・カルテットのようなニュアンスを醸し出す。敬愛するマリア・シュナイダー (arr,leader) のオーケストレーションにも通じるアンサンブル構成だ。そして加藤のピアノとウェイスのベース、ドールのドラムスが見事にシンクロするバッキングの上で、パウエルと、ジェミニアーニが激しいソロ交換を繰り広げ、ヴォイスがコラールの如くオーヴァー・ラップした。美しいアンサンブルのカウンターとなっている、加藤のワイルドなピアノ・プレイも聴きどころだ。チル・アウト・メニューはニール・ヘフティのバラード「ガール・トーク」。ピアノ・トリオで、加藤が卓越したスタンダード・ジャズ・ピアニストでもある側面をフィーチャーした。最後のクライマックス「フロスト・ワーク -霜の花-」は、2014年に加藤がアンサンブル作品として書き下ろしたASCAPの受賞曲である。ピアノとベース、アルバグリのギターが紡ぐ繊細なメロディの断片がアンサンブルの大河と一体となり、パウエルの美しいリード・メロディが浮かび上がる。滔々としながらも、雄弁にストーリーを語り、ドラマティックな展開に息を飲む。本作の収録曲でも最も新しい曲であり、ニュースクール大の恩師で、ハービー・ハンコック (p,kb) の「ガーシュイン・ワールド」のプロデューサーや、ジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラの指揮者で知られるロバート・セイディンに影響されて書かれた、加藤のクラッシック音楽のバック・グラウンドも垣間見える作品である。日本盤ボーナス曲の、ジョージ・シアリング (p) の「コンセプション」をトリオでプレイし、映画のエンドロールのように本作を締めくくった。
アルバム・リリースに先がけて、4月24日にブルーノート・ニューヨークにてジャパン・ファウンデーションの企画で開催されたライヴでは、本作のリズム陣と、ホーンの核をなすジョナサン・パウエル (tp) とジェイ・ラットマン (ss,cl,fl) が参加。ゲストにジョン・エリス (ts) とエリック・ミラー (tb) を迎え精緻なアンサンブルに加えて、奔放なインプロヴィゼーションの応酬を聴かせてくれた。それに先立つ2月4日のジャズ・ギャラリーにおける、挾間美帆 (p,arr) 主催のジャズ・コンポーザーズ・ショウケースでは、ストリングス・カルテットを加えた編成で「デパーチャー」と「エシュペレケ」、「フロスト・ワーク -霜の花-」を披露した。(YouTube参照)加藤は、ストリングスを取り入れたアンサンブルにも挑戦する意欲を見せている。加藤真亜沙の今後の活動が要注目である。
加藤真亜沙 http://marthakato.com/