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CD/DVD DisksNo. 296

#2221 『畠山美由紀&藤本一馬/夜の庭』

text by Maki Nakano 仲野麻紀

NRT(maritmo 株式会社)/ランブリング・レコーズ  NKCD1022¥3,000(税込)

畠山美由紀: Voice
藤本一馬: Guitar
伊藤ハルトシ: Cello
岡部洋一: Percussion
服部恵: Vibraphone

1 新しい眼
2 夜の庭
3 古い地図
4 浅緋 -Asaake-(藤本一馬 instrumental)
5 If You Were Coming In The Fall(Emily Dickinson/畠山美由紀)
6 Sky And Sea (Blue In Green: Cassandra Wilson/Miles Davis)
7 青藍 -Seiran-
8 この空の下
9 幸せでいて
10 Todo O Sentimento

Produced & Arranged by 藤本一馬
Recorded by 井口寛 (rollers) at Pastoral Sound &喜多野清樹 at Bang On Studio
Mixed by 奥田泰次(studio MSR)
Mastered by 木村健太郎(KIMKEN STUDIO)


maternity, maturity, moony -母性、成熟、月日星-

ステージに立つ直前のミュージシャンに立ち会うということ。

楽屋はどうだろう。
先月渋谷クラブクアトロでの演奏の際、畠山美由紀さんと楽屋を共にした。
板の上ではいつだってわたしは不安でいっぱいだ。深呼吸をすることさえ時に忘れてしまう。
ハンガーにかかる黒い衣装、化粧品の香り、きっちりと揃った靴、楽屋で徐々に緊張感を纏い、白湯を口に含む畠山美由紀。
ステージに踏み出す彼女の後ろ姿。息は放たれた。
彼女が歌い終わった後、数百人の吐息が会場を満たしていた。
聴く者も奏でる者も、そしてこの空間をつくりあげるスタッフも皆、音楽があるコンサートという密度の中にいたいのだ。

演奏後楽屋で渡された新作『夜の庭』を今、枯葉の絨毯が敷き詰められたパリで聴いている。

藤本一馬が奏でるアルペジオにより紡がれる詩片、リズムが重なり音列が追い風となる1曲目〈新しい眼〉。
遠くに見える一筋の光のような声はSail away。
風をいっぱいに受け止める帆舟は2曲目表題楽曲〈夜の庭〉、漆黒の夜を進みはじめる。
多重による声の厚みがアルバムのアクセルを踏み込む。5拍子の楽曲が波を切り分け順走する。

アルバム・ジャケットは彼女のご実家の庭であるという。
その庭から夜空を見上げる彼女は、3曲目〈古い地図〉の中で「きみはゆけ 今 ここから」と歌う。
二つのインターリュード〈浅緋 -Asaake〉と〈青藍 -Seiran-〉は航海中途におとずれる凪。藤本一馬による器楽曲の舵がわたしたちの呼吸を整えてくれる。
19世紀を生きたアメリカの詩人 Emily Dickinson。彼女の詩 〈If You Were Coming In The Fall〉。畠山による楽曲は彼女自身の心情を代弁するDickinsonの秋だ。
6曲目、マイルス・デイヴィス1959年のアルバム『Kind of Blue』に収録された〈Blue in Green〉は、カサンドラ・ウィルソンの歌詞によって 〈Sky and Sea〉となる。低音から高音へのレンジ、彼女の声その振り幅は、空と海の距離だ。
深く吸い、深く吐く、そこに生まれる包容それは、母性の夜、母性のリズム、命である呼吸。
海 = La mer、フランス語の冠詞女性形の意味が表出する。
進む舟が凪の中に佇む海と空の情景。

ある年の夏、佐渡島で演奏した時のことだ。
夏の虫と扇子を扇ぐ音、長谷寺の本堂は汗だくの観客100名以上の中でのコンサートであった。
演奏が終わると、やはり玉の汗をまとった女性が潤んだ眼差しでわたしたち演奏者にこう言ったのだ
「子宮に響き渡る音でした。」
衒いなきこのストレートな感想を、隣にいるフランス人に訳し伝えた。
すると彼は目をまん丸にして、しかし慈愛に満ちた笑顔で彼女を抱擁した。
音楽の妙とは、鳴り響く環境もさることながら、やはり個体と個体の共鳴であると、確信した。

身体を介した音楽の捉え方を考える時、ブルキナファソの葬送儀礼の楽師が言ったフレーズを思い出す。
「メトロノーム?リズム?自分の体に耳を澄ませばいいことだよ。」

フェミニズムの発生とは別途に、女同士の横のつながりと会話から生まれるハミング、逃げ場(空間)を考えてみる。
あるいは近代社会が生み出した競争の中にあって、連帯と平和を体の根っこの部分で持っているのが、女性ではないだろうか、とも考えてみる。
しかし安易なわたしの思索は、コートジボワールの男性歌手が紡ぐ歌、”美しい人”、あるいはピナ・バウシュが説く”美し人”を目の前に、ジェンダーというフィルターは不要であることを知ることとなる。
男性性と女性性を今私たちは、畠山美由紀が歌う歌とともに解撤、いや、複数形の性の中で聴くことができる時代にいるはずだ。
女性形である”夜 La nuit”、男性形である”庭 Le jadin”に響く声。
月日星とは鶯の囀のこと、そう夜泣き鶯=ナイチンゲールは夜の庭に鳴く。

「あなたにとっての”夜の庭”って、なんですか?」
こんな質問を投げかけられたとしよう。カフェのテーブルで向かい合う、まっすぐの眼差しで聞く恋人からの質問、そんな感じを想像しよう。
わたしの両性を駆使して応えるならば、「君がいてくれる庭だと、いいな。」と微笑み返したい。
そう、7曲目の〈幸せでいて〉の彼女の声は、男性も女性の区別なくそう歌っている。
他者の幸福は、きっと巡り巡って円環上にいるもう一つの他者へ届くことだろう。

あの渋谷での演奏をスタージの上で共にし、当事者でありながらしかし忘れてはならないのは、居合わせた会場にいたすべての人は、全く異なる人生を歩んでいて、あの夜彼女の声の中にたゆたう時間を共有したということだ。
8曲目〈この空の下〉にある ”めぐる思い出 帰らぬ人たちの人生”、あるいは、それぞれの苦しかった時間を過去とするならば、今を生きるわたしたちへの賛美として、彼女の声が ”大丈夫”と歌う。

彼女が包含するHappinessの歌のお礼に、もしまた彼女に会えるならば、その時はアニタ・アリュビュスの「歌の庭」という挿絵が入った、今福龍太の「レヴィ=ストロース 夜と音楽」(みすず書房)、そしてカウンターテナー歌手アルフレッド・デラーが1954年に歌ったFrom Silent Nightを贈ろうと思う。

ざわめきを孕んだ成熟の時は凪を見つめる。それはひとりぼっちの情景かもしれない。
大丈夫。畠山美由紀の声が、今宵どこかの庭で囁いているから。(2022年11月記)


♫ 2023.01.19 【大阪】畠山美由紀&藤本一馬 『夜の庭』リリースライブ
2023.01.25 【東京】畠山美由紀&藤本一馬 『夜の庭』リリースライブ
共に、ビルボードライブにて、1日2回公演。


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仲野麻紀

サックス奏者。文筆家。2002年渡仏。パリ市立音楽院ジャズ科修了。フランス在住。演奏活動の傍ら2009年から音楽レーベル、コンサートの企画・招聘を手がけるopenmusic を主宰。さらに、アソシエーションArt et Cultures Symbiose(芸術・文化の共生)をフランスで設立、日本文化の紹介に従事。自ら構成、DJを務めるインターネット・ラジオ openradioは200回を超える。ふらんす俳句会友。著書に『旅する音楽』(2016年 せりか書房。第4回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞)。CDに『Open Radio』(Nadja21)。他多数。最新作は『渋谷毅&仲野麻紀/アマドコロ摘んだ春』(Nadja21)。

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