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CD/DVD DisksNo. 296

#2218 『Mali Obomsawin / Sweet Tooth』
『マリ・オボムサウィン / 甘党』

text by 剛田武 Takeshi Goda

Out Of Your Head Records OOYH 017

Mali Obomsawin – bass, lead vocals, hand drum
Savannah Harris – drums, vocals
Miriam Elhajli – acoustic and electric guitars, lead vocals
Allison Burik – bass clarinet, alto saxophone, vocals
Noah Campbell – tenor, soprano, alto saxophones
Taylor Ho Bynum – cornet, flugelhorn

1. Odana
2. Lineage
3. Wawasint8da
4. Pedegwajois
5. Fractions
6. Blood Quantum (Nəwewəčəskawikαpáwihtawα)

Produced by Mali Obomsawin and Taylor Ho Bynum.
Recorded at Firehouse 12 on January 22 & 23, 2022.
Engineered and mixed by Greg Dicrosta at Firehouse 12.
Additional mixing by D. James Goodwin.
Mastered by D. James Goodwin.
Photography by Abby Lank and Jared Lank.
Layout by TJ Huff (huffart.com).

Official Site

Bandcamp


北米先住民族の伝統と革新を歌うフィメール・シンガー/ベーシストのデビュー作。

カナダの先住民族ファースト・ネーション(アメリカ合衆国ではネイティヴ・アメリカン)の部族のひとつワバナキ出身のベーシスト、マリ・オボムサウィンのデビュー・アルバム。北米大陸の他の先住民族と同様に、ヨーロッパからの移民の流入と、それに続く植民地戦争により、住む土地を追われ、差別や迫害を受ける苦難の歴史を辿ってきたワバナキの伝統文化と独立精神を縦糸にして、ブルース、ジャズ、ゴスペル、フォークロアの横糸で神秘的な音楽タペストリーを編み上げた。

マリは2014年にフォークロックバンド、ルーラ・ワイルス(Lula Wiles)を結成し、3枚のアルバムをリリースし、何度も全米/海外ツアーを行い人気を博してきたが、元々は音楽学校でコントラバスを専攻した演奏家でもあり、ジャズ/即興シーンでも活動を続けてきた。彼女が母校ダートマウス大学(1769年にワバナキ族の教育のために設立されたカナダで最初のファースト・ネイション学校)の恩師テイラー・ホー・バイナム(Taylor Ho Bynum)を中心に結成したマリ・オボムサウィン・セクステットをフィーチャーした本作が初リーダー作となる。ウッドベースと歌を自ら担当したバンド・アンサンブルに、ワバナキの伝承曲や賛美歌、大学のアーカイヴで発見した先祖の語りのフィールド・レコーディングを交え、伝統と革新、現世と彼の世、聖と俗の境界を消失させるスピリチュアル・ミュージックを展開する。

Sweet Toothとは文字通り訳すと甘党だが、甘いもの食べ過ぎると虫歯になったり健康を損なったりするように、欲望とその弊害の間の葛藤を意味するという。確かにこのアルバムに描かれた世界は、夢見るように甘美ではあるが、決して甘いだけはない辛辣な現実を聴き手に突きつける。アルバム全体は3つの章に分かれている。

第1楽章は先祖代々の土地オダナックの過去がテーマ。M1「オダナ Odana」は、ワバナキの著名な映画監督で歌手でもあるアラニス・オボムサウィン(マリの親類らしい)の歌唱を基にした、17世紀から歌い継がれるワバナキのバラードをアレンジした曲。素朴なウインド・アンサンブルに、マリとギタリストのミリアム(Miriam Elhajli)がワバナキ語で哀感たっぷりの二重唱を聴かせる静謐な幕開けである。M2「血筋 Lineage」はベースのシンコペーションに導かれて、テイラー・ホー・バイナムがコルネット・ソロを取るインスト・ナンバー。2本のサックスとギターが合流し、マリのヴォーカライズを交えて流麗なフリーフォーム・セッションが繰り広げられる。芯の通ったベースラインが通奏低音のように何万何千年にわたるワバナキの血統の重みを表現している。

第2楽章は霊性(スピリチュアリティ)をテーマにしている。M3「Wawasint8da」は、18世紀にイエズス会の宣教師がラテン語からワバナキ語に翻訳した賛美歌。歌詞は、異教徒の魂を解放するために、イエスが黄泉の国へ下ったという物語。途中からワバナキ伝統の弔いの歌がコラージュされ、キリスト教化の目的で流布された賛美歌へカウンターパンチをくらわす。聖歌楽団風の演奏がフリーキーな集団即興へ転じるさまは、アルバート・アイラーを思わせる。M4「Pedegwajois」は、古来の伝承をワバナキの古老が語る録音テープとマリ・オボムサウィン・セプテットによる世代を超えたコラボレーション。大河のようにゆったりとしたサウンドスケープは、植民地化される以前のワバナキの民の豊潤な伝統文化を讃えるようだ。

第3楽章は現代を生きるワバナキの人々に捧げられている。バスクラリネットの甘い音色が印象的な間奏曲M5「断片 Fractions」を挟んで、アルバムのハイライトともいえるM6「血の濃さ Blood Quantum」。タイトルは、米国政府が先住民族か否かを図るために考案した「血液定量制(Blood Quantum)」という政策のこと。混血度という人種差別意識に基づく言葉を敢えて使って、逆説的に自らのアイデンティティを謳っている。トライバルなドラムとギター・カッティングの上に管楽器が奔放なプレイを展開するジャズロック・ナンバー。いずれのメンバーも確かなテクニックと類稀な創造性を持つ優れたミュージシャンであることを証明しているが、その中心にあるのはマリの大地に根を張ったウッドベースに他ならない。エンディングで歌われる「Nəwewəčəskawikαpáwihtawα」は、マリと二人のワバナキ族の長老によるコンテンポラリー・チャント。伝統的に母系社会であるワバナキの立場を讃え、外圧に屈せず、自らのルーツを守る決意が籠められている。「私は彼に立ち向かう。反抗的に、不屈の精神で、彼に立ち向かう。私たちは強い女性たちを覚えている。私たちは、私たちの祖母を覚えている。」

このアルバムに収められた壮大かつ豊潤な音楽は、ファースト・ネイションという特定のコミュニティに限定されるものではなく、人間一人一人に流れる血の歴史の永続性に思いを巡らすために、重要なヒントを与えてくれる「導き」と言えるだろう。マリの歌声を聴きながら、Back To RootsそしてBack To Humanityを座右の銘として生きていきたいものである。(2022年11月26日記)

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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