#2279 『ジェームス・ブランドン・ルイス – レッド・リリー・クインテット/For Mahalia, With Love』
Text by Akira Saito 齊藤聡
Tao Forms
James Brandon Lewis (tenor saxophone, arrangements)
Kirk Knuffke (cornet)
William Parker (bass)
Chad Taylor (drums)
Chris Hoffman (cello)
1. Sparrow
2. Swing Low
3. Go Down Moses
4. Wade In The Water
5. Calvary
6. Deep River
7. Elijah Rock
8. Were You There
9. Precious Lord
All compositions traditional; arranged by James Brandon Lewis
Except “Sparrow” medley: “His Eye Is on the Sparrow” comp. by Charles H. Gabriel/Civilla D. Martin & “Even The Sparrow” comp. by James Brandon Lewis; arr. by JBL
And “Precious Lord“ comp. by Thomas A. Dorsey; arr. by JBL
All arrangements and “Even The Sparrow”
© James Brandon Lewis Music (ASCAP)
Recorded, Mixed & Mastered by Paul Wickliffe at Skyline Studios, NJ
Produced by James Brandon Lewis
Project Coordinator & Production Assistance:
Steven Joerg / AUM Fidelity , aumfidelity.bandcamp.com
Executive Producer: Whit Dickey / TAO Forms , taoforms.bandcamp.com
Art & Design by William Mazza Studio
Reference photo for cover art Creative Commons
(c) ETH-Bibliothek Zürich, Bildarchiv / Fotograf:
Comet Photo AG (Zürich)
もう、ジェームス・ブランドン・ルイス(JBL)のことを現代のテナー・タイタンと呼んでもよいだろう。意外というべきか、そのJBLが自身の音楽的ルーツのひとつとしてゴスペルを取り上げ、それによって偉大な歌手マヘリア・ジャクソンへの恋文のようなアルバムを作った。
冒頭の<Sparrow>前半は、詩の通り、大きな神と小さな私との対比が信仰そのものであり、後半のJBLオリジナルがそっと花を添える。驚いてしまうのは<Swing Low>で、JBLはマヘリアが歌った詩をそのままテナーでなぞってみせる。筆者は、これを聴いて、ジョセフ・ジャーマン(サックス)がマリリン・クリスペル(ピアノ)とのデュオにおいてジョン・コルトレーンの<Dear Load>を吹いたときの武装解除を想起させられた(*1)。ジャーマンは過剰で奇矯にみえるところがあるが、かれもまたルーツを追求する人だった。そしてJBLは6、7歳のときにマヘリアを観たという祖母の話を大事にしている(*2)。
この素直さを丁寧というのは簡単だ。むしろJBLが捧げたのは無防備さという力である。<Were You There>において、かつて祈りを驚くほど直接的に歌い上げたマヘリアに、JBLは憑依する。もちろん「無私」ではなく「私」はある。だがその「私」は大きなマヘリアという表現者を追っている。そして仲間が加わると勇気を得たかのように「私」として歌いはじめる。
仲間のひとりはベースのウィリアム・パーカーであり、かつて年下のJBLと共演することを決めたのは音そのものではなく「ヴァイブ」を感じたからだと語っている(*3)。<Elijah Rock>におけるチャド・テイラーのドラミングも聴きものだ。預言者エリヤが闘い力尽きる物語であるだけに勇壮でもある。
言うまでもなくゴスペルはニューオリンズ・ジャズを想起させるものでもあり(マヘリアは幼少期をニューオリンズで過ごした)、<Go Down Moses>におけるカーク・ナフケとの心地よいアンサンブルにもその意識があっただろう。後半になれば、ここでもパーカーの推進力あるベースがキーとなる。パーカーの貢献は、もちろんそれだけではない。<Calvary>は主の苦難を引き受けようとする歌であり、パーカーの弓弾きはJBLのテナーの震えとともに苦難を音楽へと昇華する。
マヘリアは、ブルースやジャズよりもゴスペルの力を信じていた。JBLたちがマヘリアへの敬意をジャズの形で表現しおおせたのは、素晴らしいことではないか。
マヘリア・ジャクソン「ゴスペル音楽はよい便りを歌うこと―――福音を広めること―――以外の何ものでもない。ゴスペルは他のどんな音楽にも負けず、長く続くであろう。なぜなら、それは人間の心が直接歌うものだから。あなたが白人であろうが黒人であろうが、そのうち私とご一緒すれば、ゴスペルを自分で感じることができるでしょう。そう、ゴスペルの将来はヒナギクよりも明るいのです。」(*4)
(*1)ジョセフ・ジャーマン+マリリン・クリスペル『Connecting Spirits』(Music & Arts、1996年)
(*2)JBLによる本盤ライナーノーツ
(*3)Clifford Allen『Singularity Codex』(RogueArt、2023年)
(*4)マヘリア・ジャクソン、エバン・マクラウド・ワイリー『マヘリア・ジャクソン自伝』(彩流社、1994年/原著1966年)
(文中敬称略)