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CD/DVD DisksNo. 313

#2315『The Big Brother Live at Pit Inn / 奥平真吾 The NEW FORCE +1』

text by Masahiro Takahashi 高橋正廣

PIT INN MUSIC PILM-0009  ¥2,750  (税込)

奥平真吾The New Force+1:
奥平真吾 (ds)
岡 淳 (sax&fl)
堀 秀彰 (pf)
落合康介 (b)
馬場孝喜 (gtr)

01.<One for Carlos (Shingo Okudaira)>
02.<U R D 1 4 Me (Carlos Garnett)>
03.<Catch me if you can (Carlos Garnett)>
04.<Tamarind (Shingo Okudaira)>
05.<Harvie’s tune (Hideaki Hori)>
06.<Stop & Go (Hideaki Hori)>

Recorded live at Shinjuku Pit Inn, October 03, 2023
Recording, Mixing and Mastering Engineer: Akinori Kikuchi
Mixed & Mastered at Pit Inn Music Work Room
Produced by Shingo Okudaira
Co-produced by Jiro Shinagawa
Executive producer: Yoshitale Sato


天才子役と褒め囃された人物が長じて一枚看板の役者になったという話を聞くことは少ない。若くして華やかな頂点に立った経験は往々にして地道に才能を磨くための下積みの努力の時間を忌避しがちというのは筆者の勝手な憶測にすぎないが、音楽の世界で神童がそのまま生涯天才性を保った例はアマデウス・モーツァルトくらいではないだろうか。生涯というには35歳は短すぎる人生だったが900以上の楽曲を遺した天才であることには異論はない(本稿の枕としては少し脱線したかもしれないが)。

さてこの「The Big Brother」のポートレートでドラムセットに坐している奥平真吾は既に中年の落着いた横顔を見せている。1966年、東京都出身の奥平はドラマーだった父親から3歳の頃にドラムセットをプレゼントされる。1971年、両親の仕事でケニアのナイロビに移住、3年間を同地に過ごすが、そこで得た生のアフリカン・リズムの体験は奥平の體内のリズム感覚に決定的な影響を与えたに違いない。1974年に帰国するとジミー竹内に師事して本格的にジャズドラムを習得して、翌年9歳の頃にはジャズクラブでのセッションに参加して周囲を驚かせ、TVのニュース番組でも”天才少年ドラマー”として取り上げられるなど大きな話題になったという。10歳で初リサイタルを開き、更に11歳の時に市川 秀男(p)、池田 芳夫(b)、水橋 孝(b)、本多俊之(as)、ジェイク・コンセプション(ts)、村田 浩(tp)といった当時の錚々たる一流プレーヤーの参加を得て初リーダー作「Maiden Voyage」をリリースする。実に輝かしい楽歴と言わざるを得ない。

将来を嘱望された奥平は中学生当時には「Maiden Voyage」での共演が縁で本多俊之(as)のグループ”バーニング・ウェーブ”に参加。法政大学在学中には益田幹夫カルテット、辛島文雄トリオに参加してピュアな4ビートを叩く本格ドラマーとして人気を博した奥平は大学卒業後の1991年、ジャズ・ミュージシャンの性(さが)とも言うべき”常に新しい高みを求めるため”、N.Y.に移住する。現在、奥平が講師を務める音楽教室の講師プロフィールには、N.Y.在住当時の共演ミュージシャンとしてケニー・ギャレット(sax)、デイヴ・バレンタイン(fl)、スティーブ・スレイグル(sax)、マーク・グロス(sax)、ティム・アマコスト(sax)、ドン・フリードマン(p)、デューク・ジョーダン(p)、シェリル・ベイリー(g)らの名を挙げているが、中でもかつてマイルス・デイヴィスのバンドに在籍したカルロス・ガーネット(ts) (1938年12月1日~2023年3月3日)との出会いが奥平の音楽生活に大きな影響を与えた。ガーネットは自身のバンドのレギュラー・ドラマーとして奥平を起用しその関係は15年の長きに渡る。ある時奥平がメールする際にMr.Garnettと敬称で宛名を記していたことに対して「そんな堅苦しいことはやめろ。Brotherでいい」と言われたことで、以後敬意をこめてBig Brotheと宛名を書くようになったと、奥平本人が本アルバムのライナーノートに記している。本アルバムのタイトル・ナンバーであることからも、奥平がガーネットに捧げる作品であるという意思が明確なことは言うまでもない。ミュージシャンの出入りが頻繁で、毀誉褒貶の激しいN.Y.のジャズシーンにあって親子ほど年の離れたガーネットのバンドで15年間レギュラー・ドラマーを務めた事実とともにボスとメンバーという関係を超えていたことは想像に難くない。天才少年ドラマーと騒がれた奥平にとっては一流ミュージシャンとの共演、サイドメンとして地道に腕を磨き力を蓄えたN.Y.時代の最大の恩師がガーネットだった。

2010年7月、19年に渡るN.Y.滞在を終えて帰国した奥平は自己のバンド”The Force”を組織すると和ジャズの総本山とも言える新宿PIT INNを拠点に帰国前年にPIT INN MUSICの第一弾「奥平真吾ライヴ・アット・新宿ピットイン・フィーチャリング 本多俊之」をリリース。第2弾が2013年の「I didn’t know what time it was – 時さえ忘れて」と続く。2014年には”The New Force”としてグループを再編、新たなステップアップを果す。それは本場N.Y.の活動で箔を付けたという俗っぽさは微塵もなく、しっかりとしたリーダーシップを身に付けた奥平だからこその判断だったことだろう。

現在The New Forceを構成するのはテナーサックス/フルートの岡 淳(1963年東京都出身)。バークリー音楽大学での2年間、N.Y.での武者修行2年間を経て帰国後、6枚のリーダー作を有するほどの猛者。ピアノの堀 秀彰(1978年千葉県出身)は高校時代から本格的にジャズに傾倒、大学時代にプロ活動を開始。その幅広い音楽性で多くのミュージシャンから声が掛かるファースト・コール・ピアニスト。ベースの落合康介(1987年神奈川県出身)は幼少期から音楽に親しみ、大学時代にジャズベースを本格的に開始。モンゴル滞在経験からモンゴルの馬頭琴も操り多彩な芸術活動を展開している。そしてプラス・ワンとされるギターの馬場孝喜(1978年京都府出身)。当初はハードコア・パンクのバンドに属していたがより自由な演奏を求めてジャズに傾斜。特にブラジル渡航により同地の音楽に大きな影響を受けた。現在はThe New Forceの準レギュラー。この4人を従え2023年10月3日、新宿PIT INNに出演した記録が本アルバムだ。

01. <One for Carlos (Comp./Shingo Okudaira)> 恩師ガーネットに捧げた1曲を冒頭に配したことからも奥平の心情がヴィヴィッドに伝わって来る。1960年代初頭のBlue Note盤を彷彿させるテナーとギターのアンサンブルによるテーマが21世紀の耳には新鮮に響く。ジャズとは何も新奇性だけが良いとは限らないとこの演奏は無言のうちに示している。馬場の青白いギターサウンドはケニー・バレル的だし、堀のスケールの大きな勢いのあるピアノは実に能弁。これを強力にして多彩なスティック・ワークの奥平のドラムがぐいぐいと牽引してゆく快感。これはPIT INNというシチュエーションの持つ空気感なのだ。

02. <U R D 1 4 Me (同/Carlos Garnett)> タイトルの意味するところは不明だが、ガーネットというプレーヤーの人柄というべき、心優しいメロディが岡のフルートによって奏でられ、堀のピアノ、馬場のギターが受け継いでゆく。ライヴらしからぬ情感に溢れたこの曲に心癒された聴衆はさぞ多かったことだろう。

03. <Catch me if you can (同/Carlos Garnett)> シリアスなハードバップ。筆者はガーネットの演奏をあまり耳にしていないが、これが彼本来のスタイルをよく表わしているのではないだろうか。ぐいぐいと熱いハートで迫る岡のテナーが火を点け、馬場のギターが煽り立てる。ハードコアな中にクールさを秘めた堀のピアノがそれを受け継ぐ。全員を鼓舞するのは勿論奥平のヴァイタルにしてステディなドラミングだ。

04. <Tamarind (同/Shingo Okudaira)> 題名の「タマリンド」とはアフリカ原産の大樹の名。恐らく奥平の幼少期の原風景だったのだろう。堀の硬質にしてリリカルなピアノソロが先導、映像的な描写を試みている。続く馬場は自己のブルージー話法を守った語り口で演奏に変化を与えている。ベースの落合のソロにもこの曲の持つニュアンスが反映されているようだ。この辺りにもリーダーの奥平の差配が働いているのだろうか。聴衆のノリにも演奏の充実ぶりが伝わって来る。

05. <Harvie’s tune (同/Hideaki Hori)> 堀自身が幾度も録音してきたという思い入れのある曲で詩的なテーマが印象的。落合のソリッドなベースソロを皮切りに堀のしなやかで清浄なピアノ、馬場の透明感のあるギター、岡の叙情的なフルートと続く中、シンシンと鳴り渡る奥平のシンバルワークが醸し出す空気感が心地良い。

06. <Stop & Go (同/Hideaki Hori)> アルバムの掉尾を飾るのは堀の書いたブルージーな1曲。堀の弾くゴスペル風のイントロからヴァイタルで緩急のある豪快なテーマ~ソロが熱く展開される。ソロオーダーは岡のテナーの激熱のブロウ、馬場のワン&オンリーな語り口のギター、そして堀の弾くほどに熱量が増すピアノと続き、太古のエネルギーを感じさせる奥平のドラムで締めとなる。ラスト、奥平がメンバー紹介をしてライヴ・スポットPIT INNの夜は大団円を迎える。

一般にドラマーがバンドリーダーの場合、強力なドライヴ力で演奏を前へ前へといざなう推進力が最も重要と考えられがちだが、アート・ブレイキーがそうであったように、柔軟なパルスを送り続けてヴァイタルな包容力でバンド全体を鼓舞する資質こそが求められる。その点で奥平のリーダーシップは本アルバムの成果によってより明確となったと言えるだろう。奥平以外のメンバーは前述の通り多彩な音楽経験を持ち、そのキャリアが本人の音楽的資質として演奏にも反映されているのかもしれない。だが奥平自身は一貫してジャズビートの純粋培養的なスタイルでリアルジャズの薫り高いパフォーマンスを展開していて、奥平が創出した空間に共演者たちを遊ばせるという包容力とリーダーシップを感じさせる。これこそが”天才少年ドラマー”なるキャッチーな称号から長い年月を経て脱皮し、奥平が真にジャズに特化したピュアなジャズドラマーであることの証左だ。

高橋正廣

高橋正廣 Masahiro Takahashi 仙台市出身。1975年東北大学卒業後、トリオ株式会社(現JVCケンウッド)に入社。高校時代にひょんなことから「守安祥太郎 memorial」を入手したことを機にJazzの虜に。以来半世紀以上、アイドルE.Dolphyを始めにジャンルを問わず聴き続けている。現在は10の句会に参加する他、カルチャー・スクールの俳句講師を務めるなど俳句三昧の傍ら、ブログ「泥笛のJazzモノローグ http://blog.livedoor.jp/dolphy_0629/ 」を連日更新することを日課とする日々。

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