#345『沖至 井野信義 崔善培/Kami Fusen』〜Hear, there and everywhere #6
及川公生「聴きどころチェック」今月の9枚
NoBusiness Records NBCD 100
沖 至 (trumpet, bamboo flute)
井野信義(bass)
崔善培 (trumpet)
1. Pon Pon Tea 12:16
2. Yawning Baku 14:47
3. Ikiru 10:38
4. Kami-Fusen 9:02
5. I Remember Clifford 6:40
6. Old Folks / Tea For Two 11:31
Recorded live on the 2nd January 1996 at Café Amores, 山口県防府市Engineer: 末冨健夫
Concert produced by末冨健夫
Mastered by Arūnas Zujus at MAMA studios
Photo of 崔善培by 松本晃弘
Liner notes by末冨健夫and 金野晃吉
Design by Oskaras Anosovas
Produced by Danas Mikailionis and末冨健夫 (Chap Chap Records)
Co-producer: Valerij Anosov
トランペットの響きに空間情報がわずかに乗っている。これが、刺激的な高音の倍音に潤いを与えている。ベースはもっと音像の強さが欲しかったが、現場で「かぶり」を避けたか。底辺にベースが常時意識される音像の仕上げ。トランペットの多彩なサウンド、マウスピース近接音を的確な表現で捉え、甘くなる部分が無い。きつい倍音のエッジに厚い余裕を感じるのはアナログ録音のなせる技かと、デジタル時代との比較さえ感じる。近接音の効果を爆発的に聞かせ、距離のある部分は輪郭の甘さでの表現が印象的だ。
Hear, there and everywhere #6
text: Kenny Inaoka 稲岡邦彌
リトアニア唯一のジャズ・レーベル NoBusiness Recordsから“ChapChap(ちゃぷちゃぷ)シリーズがスタートした。今回の第一回発売、『ポール・ラザフォード+豊住芳三郎/Conscience』(本来は、豊住のデュオ・シリーズの一環にポールが参加したので、正確には、ポール・ラザフォード meets 豊住芳三郎なのだが)、『沖至 井野信義 崔善培/紙ふうせん』を皮切りに、2年間にわたって10作品がリリースされる。ちなみに、発売が決定している第2回は、7月にリリースされる佐藤允彦(p)、高田みどり(perc)、姜泰煥(as) のトリオによる Ton Klami。
このシリーズは、2015年7月1日に日本のユニバーサル・ミュージックで販売がスタートしたものの、第一回5タイトルのLP/CDリリース(姜泰煥ソロ、エヴァン・パーカー+吉沢元治デュオ、ハン・ベニンク+豊住芳三郎デュオ、崔善培カルテット、高木元輝ソロ)を持って突然座礁した「埋蔵音源発掘シリーズ〜Free Jazz Japan in Zepp ちゃぷちゃぷ 」を継ぐものである。座礁したちゃぷちゃぷ丸を離礁、曳航して修理の上、再就航に手を貸したのがリトアニアのジャズ・レーベルとは、第2次大戦中に独自の判断でビザを緊急発給、6000人のユダヤ人の生命を救ったと言われる在リトアニアの領事・杉原千畝との因縁を思わざるを得ない。
このシリーズの音源は、90年代に山口県防府市でジャズ・カフェ「Café Amores」を経営していた末冨健夫が自店に招聘したインプロ系のミュージシャンの演奏を収録していたものだが、第一回発売の1点『ポール・ラザフォード+豊住芳三郎/Conscience』だけは、豊住芳三郎デュオ・シリーズを主催していた愛知県常滑市在住の久田定所有の音源である。豊住の強い要望によりシリーズに加えられることになった。ここで特筆すべきは、末冨健夫、久田定のいずれもがプロのプロモーターではなく、言ってみれば趣味が高じて深みにはまり込んだ、という事実である。末冨の場合は毎回集客がままならず、コレクションのレコードを売却してギャラに充てていたと言い、久田の場合は陶工を始め常滑に住むアーティストにインスピレーションを得させるために豊住のライヴ・シリーズを企画し、毎回の赤字分はボーナスの一部で補填していたと言う。欧米の場合は行政の助成で多くのコンサートやレコーディングが成立しているが、日本の場合はこのようにまったくの個人の身銭で先端のアートが成立しているケースが少くないのである。
このシリーズを通して、埋蔵されていた音源が No Business Recordsという、インプロ系では世界的に市民権を得ているレーベルから陽の目を見ることにより、極く限られた日本の一部のファンの脳裏にのみ刻まれていたミュージシャンの優れた成果が300人とはいえ(300枚の限定生産)世界に分散する然るべきファンの耳に届くことを通じて末冨健夫と久田定及び関係者の労苦が報われることを心から喜びたい。(本誌編集長)