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Concerts/Live ShowsNo. 320

#1332 舘野泉バースデー・コンサート2024-彼の音楽を彼が弾く

2024年11月4日(月)東京文化会館小ホール
Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代
Photo courtesy: Yoshimasa Nakamura 中村義政

出演:
<前半>
舘野泉 Izumi Tateno (ピアノ)
元田牧子 Makiko Motoda(朗読)
<後半>
舘野泉 Izumi Tateno (洋琴)
中村花子 Hanako Nakamura (笙)
田野村聡 Satoshi Tanomura (尺八)
木場大輔 Daisuke Kiba (胡弓)
久保田晶子 Akiko Kubota (琵琶)
竹澤悦子 Etsuko Takezawa (十三弦琴)
池上英樹 Hideki Ikegami (打物)


プログラム:
パブロ・エスカンデ:ナイチンゲールと薔薇の花(オスカー・ワイルド)
魔女の夜宴(ゴヤを描く)
<休憩>
平野一郎:水夢譚(すゐむたん)洋琴・笙・胡弓・琵琶・琴と打物に依るヤポネシア山水譜 (2024) 舘野泉とヤポネシアの精霊に捧ぐ
I:湖 Lake/II:岸 Shore/III:野 Field/IV: 森 Forest /V: 谷 Valley/VI: 泉 Spring/VII: 山 Mountain/VIII: 丘 Hill/IX: 河 River/X: 海 Ocean/XI: 淵 Avis/XII: 洞 Cave/XIII: 天 Sky/XIV: 霧 Mist/XV: 湖 Lake


「現代音楽初演」の宝庫たる舘野泉のコンサート。本年度も舘野の組んで久しい、パブロ・エスカンデの手によるピアノと朗読のコラボレーションでバースデー・コンサートが幕を開けた。朗読は舞台を中心に活躍する女優、元田牧子。言うまでもなく地声によって物語が展開されるため、ピアノは「劇伴」と化して音世界はくっきりと二叉に分かれる。「テキストと音楽はミリ単位でフィットしている」(エスカンデ)構成だが、言葉と音は調和しない。その異質感は現実と非現実が寄り添う様にも似ている。元田によって語られる物語のトーンは自律しており、一見影のような舘野のピアノは描かれるナイチンゲールの心情と不条理な生を内在している。「耳馴染み」という観点で捉えれば異質のデュオだが、ストーリーと登場キャラクターの心情とをパラレルに可視化する、という点で効果絶大。一方、ゴヤの生涯を描いた「魔女の夜宴」では、ピアノと朗読のウェイトが逆転。画家をモチーフとするのはエスカンデの真骨頂だが、この曲でも光と闇のコントラスト、その浸食関係が現前する鮮やかな描写力。力強いふたりの演者を得、西洋の巨匠の生涯は普遍性をもつヒューマン・ドラマとして現在に蘇生する。

さて、後半は昨年の『鬼の学校』以来の、平野一郎作品である。『鬼の学校』に接したときに覚えた「予兆と高揚感」はさらなるヴァージョン・アップを遂げている。聴覚体験そのものを新たな局面へと押し上げる深度と超越性を、この『水夢譚』は秘めているのだ。作曲家が着想を得たのが『鬼の学校』北海道公演の際、円空が蝦夷地に残した仏像を巡ったとき。ポロト湖畔で、そこに佇む若き舘野泉が水の異界と対話するイメージが即座に浮かんだという。各章に自然現象を端的に顕す一文字タイトルを冠し、個々の楽器の素材感やその奥底に眠る記憶を風のごとく現時に湧出させた「十五幅一対」の幻想譚。強烈な求心力で我々の感情を鷲づかみにし、リアリティにメスを入れる。「洋琴」たるピアノ、「打物(うちもの)」たるパーカッションが舞台の下手と上手に、管楽器である「笙」を背景中央に、前列には尺八・胡弓・琵琶・琴といった和の管・弦楽器がずらりと並ぶ。舘野のピアノが、その陰影と光彩に富む音色で夢幻的な「非現実」を担うとすれば、池上のパーカッションは容赦ない自然そのもの。紙による空気の振動、木と鈴などから成る祭祀具のような鳴り物、或いはフラメンコのサパテアードを思わせる足の踏み鳴らし等、まさに「全身打楽器」でイマジネーションに風穴を開ける。弦楽器が醸し出す音楽の共時性の風紋に、通時的覚醒がクロスする。胡弓・琵琶・琴の繊細かつエッジィな音色は、飴細工のような精緻さで表層にはりついているかに見せかけながら、その実きっちりとした層分けを確立。遠心力と求心力の拮抗で、聴き手の感覚は真空管のように研ぎ澄まされ、無となる。地の底から脈々とエネルギーを吸い上げるような浸透性の一方で、「どこでもない」未踏のパノラマを感じる所以だ。全章を通じて「水」の要素を体現していたのはピアノとパーカッションだが、極北のフィヨルドのごとき硬質さから陶器の中でこだまする湿度たっぷりの反響音まで、その音質の自在さはまさに「水の変幻」。洋琴と打物をツイン・ドラムと捉えれば、根源的でありながら極めて革新的な、ジャンルを不問にするセプテットとも捉えられよう。

舘野泉を触媒として更新される音風景は、拡張を止めない。(*文中敬称略)


関連リンク:
舘野泉
https://izumi-tateno.com/index.html
https://www.japanarts.co.jp/artist/izumitateno/
パブロ・エスカンデ
https://www.daion.ac.jp/professor/escande_pablo/
平野一郎
https://hiranoichiro.jimdofree.com/

元田牧子
https://www.orionsbelt.co.jp/talent/acter/%E5%85%83%E7%94%B0%E7%89%A7%E5%AD%90%EF%BC%88%E4%BF%B3%E5%84%AA%EF%BC%89/
中村花子
https://hanakonakamura.b-sheet.jp/
田野村聡
https://sohtanomura.wixsite.com/website
木場大輔
https://www.yuzuruha.net/
久保田晶子
https://www.kubotabiwaakiko.com/
竹澤悦子
https://takezawaetsuko.jimdofree.com/profile-1/
池上英樹
https://pearl-music.co.jp/adams/artist/1373/

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。欧州に長期居住し(ポルトガル・ドイツ・イタリア)各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評(月刊誌/Web媒体)、演奏会プログラムやライナーノーツの執筆・翻訳など多数。

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