#961 Tokyo Flashback P.S.F. 発売記念 ~Psychedelic Speed Freaks~ 生悦住英夫氏追悼ライブ
Text by 剛田武 Takeshi Goda
Photos by 船木和倖 Kazuyuki Funaki
2017年6月25日(日) 六本木SuperDeluxe
開場 15:30 / 開演 16:00
ライブ:
灰野敬二+今井和雄
マヘルシャラルハシュバズ
Ché-SHIZU
馬頭將器+荻野和夫 (The Silence, ex.Ghost)
三浦真樹+横山玲
成田宗弘 (High Rise)
川島誠
à qui avec Gabriel
ヒグチケイコ with ルイス稲毛
長谷川静男
.es
冷泉
平野剛
2017年2月27日の生悦住英夫の死去に伴い、彼が主催したレーベル「P.S.F.Records」の所属アーティストや関係者の有志を中心に追悼企画が開催された。P.S.F.Records最後の作品として生悦住の生前に企画され、期せずして追悼盤になってしまったコンピレーションCD『Tokyo Flashback P.S.F.~Psychedelic Speed Freaks~』のリリース。P.S.F.作品のジャケットやフライヤーを集めたアート展「Modern Music / P.S.F.Recordsの軌跡」。DOMMUNEでは生悦住英夫追悼番組「P.S.F. Records Presents アンダーグラウンド開拓史」としてモダーンミュージックの歴史を検証する特集番組が放送された。
その放送の翌日、6月25日(日)『Tokyo Flashback P.S.F.~Psychedelic Speed Freaks~』レコード発売記念ライヴが開催された。満員御礼。六本木SuperDeluxeがこれほどギュウ詰めなのも珍しい。13組の出演者が約20分づつ演奏する、6時間に亘るマラソンイベント。P.S.F.作品の歌詞や解説の翻訳を多く手がけるイギリス人音楽学者アラン・カミングスが司会を務める他、海外からの参加者も目立つ。二組を除きソロとデュオ中心にした演奏は地下音楽の幅広さを体験できる珠玉の体験になった。
●à qui avec Gabriel
ミュージシャン「à qui 」とアコーディオン「Gabriel」によるソロユニット。地下音楽界に間違えて咲いてしまった可憐な花という第一印象は、透明な歌声に潜む情念の炎と黒い蛇腹鍵盤から流れ出る邪教の旋律に眩惑され、黒百合の呪いに取って代わる。最近始めたというピアノ弾き語りの馥郁たるバラード歌謡は、アストル・ピアソラとマレーネ・ディートリッヒが天国でデュエットする夢想へ誘う。
●.es
本サイトでもお馴染みの橋本孝之(as, g, hca)とsara(p, other)の2人によるコンテンポラリー・ミュージック・ユニット。大阪中心に活動していた2013年にP.S.F.Recordsからアルバム『void』をリリースし、世界的にも知られるようになった。現在様々なコラボレーションでも活動する橋本だが、saraとのデュオでの演奏は原点回帰の一方で、新たな刺激を与え合う戦友との邂逅でもある。胎児に還ったハーモニカの授乳音がsaraの包容力の羊水に包まれて、サックスから滴る羊歯植物の翠が鮮度を高める。
●平野剛
ピアニスト橋本一子に師事し、199o年より活動を始めたマルチ音楽家。P.S.F.Recordsからリリースした2作のアルバムは、前衛性や即興性だけではなく、玩具で遊ぶ幼児の諧謔性のある無垢の感性を備えている。ピアノ、ピアニカ、ウインドチャイムによる演奏は、楽譜に基づいたミニマルな旋律の重奏。ドビュッシーやサティを思わせるリリシズムが、打鍵のタイミングの微妙なゆらぎにより、ソフトドラッグに似た軽い酩酊感を帯びる。
●長谷川静男
80年代から活動するパンク・バンド「あぶらだこ」のヴォーカリストでもある長谷川裕倫(篳篥、ウクレレ、etc)と、即興演奏家・内田静男(b, etc)により2005年から活動するインプロヴィゼーションを主体とするユニット。以前観た時は篳篥を使っていて、日本的な「間」と「サワリ」の要素を感じたが、この日のウクレレでの演奏にも同じ「和」の響きが感じ取れた。ウクレレの弓弾きの軋みと打撃音で発する有機的なノイズと、三台のペダルで変幻されたベースのマジックで、空間をモノクロームに塗り替える水墨画を描いた。
●ヒグチケイコ with ルイス稲毛
アメリカ・ボストンで活動し、1998年に帰国以来、ソロやコラボレーション、ダンス/演劇作品で活動するヴォーカル・パフォーマー、ヒグチケイコと、「Aural Fit」、「デラクシ」、「夜光虫」、「魔術の庭」などのアンダーグラウンド・ロック・バンドで活動してきたルイス稲毛(b)のコラボレーション。鍵盤に襲いかかる蜘蛛女のようなヒグチのパフォーマンスには情念の怖さを感じずにはいられないが、稲毛のベースが守り神のような安定感を加味し、異世界のキャバレー・ミュージックとして成立する。
●maher shalal hash baz
80年代地下音楽のオリジネーターのひとり、工藤冬里が1984年にスタートした不定形音楽集団「マヘルシャラルハシュバズ」。気紛れなコンセプトで人を煙に巻くパフォーマンスは、工藤によると入念に準備された“演劇としてのロック”だと言う。この日は弦楽器、管楽器、手拍子隊を含む総勢10数人の編成。演奏中ずっと6拍子のハンドクラップを鳴らし続け、牧歌的な吹奏楽に乗せて「イケエズミさん」と連呼する曲、三拍子のリフの恍けたナンバーなど三曲を披露。チェロ、ユーフォニウム、バスーンといった中低音域アコースティック楽器が視覚的にも魅力的。工藤の常軌を逸したギターが炸裂し耳と心に刺さる。
●川島誠
アルト・サックス奏者。生前の生悦住がP.S.F.Recordsで最後に作品をリリースしたアーティストでもある。身体の底から絞り出すサックスが川島の身体の周囲の空気に重力を加える。膝をついて地面に向けたブローは地の底に蠢く先達の霊への鎮魂か?演奏行為とは自らの生き方を外に向けて表明する為の手段であり方法であり実証であることが、音源を聴くだけでなく目で直に体験することにより、心と体の最深部で実感できる。
●冷泉
1980年生まれ。P.S.F.Recordsの他、スウェーデンのFYLKINGEN Recordsからも作品をリリースしている。ギター一本の演奏。照明を極端に落としたステージに座り込む姿は、傍らの電子時計の文字の明かりの影となり闇に吸い込まれる。かすかな低音の暫次投射がゆっくり音量を増し地響きのような独り集団投射へと導かれ強迫的なサウンドスケープを描く。“音楽で人を殺せるか?”という問いに答えがあるとしたら、冷泉の音楽こそ最も近いかもしれない。
●三浦真樹+横山玲
三浦真樹(g)は「裸のラリーズ」と「不失者」という日本の地下ロックの象徴的バンドに在籍し、「静香」というバンドでP.S.F.RecordsからCDをリリースしている、隠れた地下音楽の重要人物。横山玲(b)をパートナーに迎えてのステージ。JAPROCK(海外での日本のロックの総称)の地下水脈を継承する二人の演奏は、ファズ(音を歪めるエフェクター)の威力が遺憾なく発揮されたサイケデリック・ロック。P.S.F.Recordsのロック/ブルース・サイドの真髄が貫かれている。
●馬頭將器+荻野和夫
1984年に結成された「Ghost」は、西洋・東洋の民族楽器を取り入れたエキゾチックなサイケデリック・サウンドで90年代に世界的に注目を集め、P.S.F.RecordsやアメリカのDrag Cityから作品をリリースした。2014年に解散後、中心メンバーの馬頭將器(vo, g, banjo)と荻野和夫(p)はバンド「The Silence」で活動する。二人の吟遊詩人によるフォーキーな演奏は、リチュアル/ネオ・フォークと呼ばれる西洋の異教的アコースティック・ロックに通じる。牧歌的で静謐な音世界に潜む魂の震えを伝える瑞々しい歌声は、例えば隠れ切支丹の秘密の儀式の香りが漂う。
●成田宗弘
1981年に南條麻人と成田宗弘により結成されたバンド「Psychedelic Speed Freaks」が“サイケデリックで、ちょっとアヴァンギャルドなバンド”を探していた生悦住の目に留り、1984年に「High Rise」と改名してリリースしたレコードがレーベル名の語源となり、P.S.F.Recordsが誕生した。世界を驚愕させたスピード狂の轟音サイケデリック・ロックの核心をなす成田のノンストップ・ギター・ソロ20分。最早フレーズや運指を語ることは放棄して、アンプとPAから流れ出る音の飛沫を全身で浴びるだけでP.S.F.=サイケデリック・スピード・フリークスの闘いに参画できるイニシエーション。
●Ché-SHIZU
1981年より活動を始め、1983年より向井千惠(vo, 二胡, p)、西村卓也(b)、高橋朝(ds)、工藤冬里(g)で活動する“うたもの”バンド。向井の二胡と歌は地下音楽の自由の象徴として不定形に我が道を行く。その企みに異議申し立てする3人のメンバーが枠を拡大し、悲喜交々の感情の波を聴き手の心に巻き起こす。スーパーボールを地面に叩き付ける、いつになく過激などんちゃん騒ぎは、彼らもまた“闘うロック・バンド”であることの表明であろう。
●灰野敬二+今井和雄
1981年の1stアルバム『わたしだけ?』以降リリースの無かった灰野敬二の8年ぶりのアルバム『不失者』(1989)をリリースしたのがP.S.F.Recordsだった。それ以降20作を超えるアルバムをP.S.F.からリリースし、灰野の名前を世界に知らしめた。一方、高柳昌行に師事し70年代から即興音楽を中心に活動する今井和雄は、ソロ、コラボレーション、即興ユニット「マージナル・コンソート」などで5作品をP.S.F.からリリースしている。灰野と今井の初共演は2006年2月6日中野Plan Bだが、その時灰野はパーカッションだったので、ギター・デュオとしては初の共演。冒頭灰野が生悦住に捧げる童謡「浜千鳥」をアカペラで歌唱。静謐な鎮魂歌に続いて、アンプのノイズを引き裂く今井の硬質な音と深い残響に拡散する灰野の音が絡み合う。ゴジラ対キングギドラと形容した人がいたが、怪獣同士の闘いの最後に生まれる友情のように、灰野と今井、そして満場の観客と演奏者、スタッフの間に産まれた共感の拍手の嵐が、生悦住とP.S.F.Recordsが貫いたインディペンデント精神の継続を約束しているように思えた。
(2017年7月30日記 剛田武)
初出時に三浦真樹・横山玲両氏のプロフィールに事実誤認がありましたので訂正しました。両氏及び関係者各位に多大なご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます。