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Concerts/Live ShowsNo. 233

#967 三浦一馬/東京グランド・ソロイスツ

text: Masahiko Yuh 悠雅彦
photo: ⓒ藤本史昭

2017年728日金曜日 19:00 第一生命ホール

1.フーガと神秘
2.アディオス・ノニーノ
3.フーガ 9 (フーガ・ヌエベ)
4.コルドバへのオマージュ
5.現実との3分間
6.ブエノスアイレスの夏

…………………………………………………休憩……………………………………………………

7.ディヴェルティメント 9 (ディヴェルティメント・ヌエベ)
8.ブエノスアイレスの冬
9.バルダリート
10.螺鈿(らでん)協奏曲(1.プレスト  2.レント・メランコリコ 3.アレグロ・マルカート)

三浦一馬(バンドネオン/編曲)
山田武彦(ピアノ)
石田泰尚(ヴァイオリン、ソロ・ヴァイオリン)

<第1ヴァイオリン>塩田修、丹羽洋輔、鈴木浩司
<第2ヴァイオリン>双紙正哉、須山暢大、山本翔平
<ヴィオラ>大島亮、萩谷金太郎
<チェロ>辻本玲、向井航
<ギター>大坪純平
<コントラバス>黒木岩寿、高橋洋太
<パーカッション>石川智

  
                     

「本場のアルゼンチンでもこれだけのプログラムの内容と規模のコンサートは、今日では滅多に見ることは出来ません」
コンサートを終えた直後、ようやく手にしたマイクで三浦一馬が沸騰する興奮を抑えながら発した開口一番だ。
その晴ればれとした笑みと、念願のやるべきことはやったとの安堵に似た爽やかな表情は、一世一代といってもあながち言い過ぎではない作業を成功裏に成し終えた達成感と安堵感とがないまぜになった、いわば充足感の現れだったろう。プログラムを大々的に飾っている<TOKYO   GRAND SOLOISTS>が何を意味するのかと思ったら、実は三浦一馬が今年結成した念願の室内オーケストラの団体名、いわばグループ名だったのだ。すなわち、三浦一馬がデビュー(2006年)して10年目を迎える節目の年に、我が国のコンサート・シーンを代表するこれぞというソリストを選りすぐって結成した、まさに夢のようなタンゴ・オーケストラの誕生を記念するコンサートだったのだ。会場の第一生命ホール(収容人員 767名)を埋めた老若男女の期待が奈辺にあったかは知る由もない。その多くが三浦一馬という傑出したバンドネオン奏者として世界に羽ばたく爽やかで清々しいスターへの人気であることを否定する気持はむろん毛頭ないが、それ以上に師のネストル・マルコーニが太鼓判を押す三浦一馬という傑出したバンドネオン・プレイヤーへの人々の期待と憧れであることは間違いないだろう。そういえば、昨年6月14日、三浦はデビュー10周年記念コンサート(朝日ホール)を行ったが、そのとき彼と並んで演奏したのが師のネストル・マルコーニであった。彼がこの夜会場にいたら、どんな言葉でこのコンサートを讃えたろうか。

 日本のクラシック界をリードする逸材たちといっても、さほどクラシック界との縁が深くはない私がこの<SOLOISTS>で馴染みがあるプレーヤーといえば、ヴァイオリンの石田泰尚やピアノの山田武彦など数名しかいない。しかし、先に触れた朝日ホールでのコンサートで優れた共演ぶりで観客の喝采を博した黒木岩寿(コントラバス)や大坪純平(ギター)らもみな<SOLOISTS>に加わっており、三浦がいかにこれらの共演者、すなわちSLOISTSに厚い敬意を払い信頼を置いているかがよく分かる。石田泰尚は彼が神奈川フィルや京都市交響楽団でコンサート・マスターをつとめていた時分から注目を払っていたが、それらの要職にこだわりを持ち続けることなく三浦との共演を喜々として楽しんでいる姿を見て、彼がタンゴの無類の愛好家であり、三浦一馬と意気投合しあう間柄となったことが知らず知らずに分かってきて、私自身は音楽の不可思議な魅力に触れたような気がした。

 このコンサートは三浦が敬愛してやまない故アストル・ピアソラの作品集であり、2008年にイタリアでのピソラ・コンクールで史上最年少で準優勝を果たした彼のピアソラへの限りないオマージュを表したもの、といってよい。そのため第1部の「アディオス・ノニーノ」や「ブエノスアイレスの夏」、第2部の「ブエノスアイレスの冬」以外の7曲は、よほどのピアソラ愛好家でも普段よく聴いているとは言いがたい曲だったのではないだろうか。その最たる作品がコンサートの最後に演奏した「螺鈿協奏曲」。螺鈿(らでん)とはバンドネオンの装飾に用いられている貝殻の薄片のこと。バンドネオンへの愛情と敬慕の念をこめたピアソラならではの作品であり、「バンドネオンと管弦楽団との協奏的作品に先鞭をつけた作品」(鈴木一哉)との定評をもつ。「9人のタンゴ奏者と管弦楽団のための」との副題を持つピアソラならではの力作だが、今回三浦自身が「SOLOISTS」の全17名用にスコアを拡大した形の「螺鈿協奏曲」は、バンドネオンと西欧オーケストラとが協奏する形に情熱を注ぎ込むようになるピアソラの音楽的才能が全的に開花したといっていいこの作品への三浦一馬のあらんかぎりの才能と情熱が、この傑作に傑作足らしめる新たな光を当てたといっても決して言い過ぎではないはずだ。

 コンサートはピアソラが幾たびとなく愛用したフーガ形式による「フーガと神秘」で始まった。次いで「アディオス・ノニーノ」を取り上げるが、前半最後の「ブエノスアイレスの夏」や後半の「ブエノスアイレスの冬」などと同様に、三浦がピアソラの名を世に高めた人口に膾炙する作品だからという安っぽい理由で選曲したわけではないことも、三浦の情熱を注ぎ込んだオーケストレーションに注目すればよく分かるはずだ。このオーケストレーションを単純に「編曲」として片付けることには抵抗があるが、少なくとも三浦自身が理想とするタンゴ演奏のための<室内オーケストラ>を通して敬愛してやまないピアソラの作品を、さらにアーティスティックに高め洗練化させることに成功した画期的な試みだったと評価したい私にとって、このコンサートに賭けた三浦のオーケストレーション作業の冴えはまさに目をみはらせるものだった。それを実証してみせた東京グランド・ソロイスツの総勢16名のアンサンブル能力の高さには敬服した。思わず溜息が出てしまうほど1音の揺らぎもなく、ミュージシャンたちの1音にこめた真剣な集中力に圧倒されながら、石田泰尚や山田武彦ら16名の東京グランド・ソロイスツが三浦一馬とひとつになって繰り広げるピアソラ・ワールドの素晴らしさに改めて感動した。

 演奏作品や個々の演奏に言及するスペースが尽きてしまった。「ヴァルダリート」で大活躍する石田泰尚のヴァイオリン・ソロなど、アンサンブル個々の秀逸なプレイにも触れたいが、機会を改めたいと思う。少なくとも本場アルゼンチンでもこれほどの充実したプログラムと構成のピアソラ・タンゴは滅多に体験できないという感激をひたすら味わいながら楽しんだ2時間余であった。(2017年8月8日記)

 
 

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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