JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 47,142 回

Concerts/Live ShowsNo. 234

#970 音のカタログ  Vol. 7~作曲家グループ<邦楽2010>

2017年9月13日 杉並公会堂小ホール~荻窪

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦

 

1.EtamineⅢ エタミーヌⅢ(橋本信)初演
大河内淳矢(尺八)榎本百香(琵琶)吉澤延隆(十七絃)

2.すいふよう━二面の筝のための━(眼龍義治)初演
身崎有希子(筝)松澤佑紗(筝)

3.マイクロトーンズ・スタディ━十三弦筝のための━(溝入敬三):2016
神囿歌世子(筝)

4.阿頼耶~尺八とヴァイオリンのために~2016<改作初演>
田嶋謙一(尺八)河村典子(ヴァイオリン)

-----------------休憩----------------

5.Shakuhachi  &  SYNTAL  No. 4 (川越道子)初演
大山貴善(尺八)川越道子(SYNTAL)

6.フォノⅩ1~二十絃筝独奏の為に~(松尾祐孝):2012
内藤美和(二十五絃筝)

7.雙蝶のわかれ━北村透谷の詩による━(田丸彩和子)初
尾方蝶嘉(筑前琵琶)川嶋信子(薩摩琵琶)

8.桜吹雪━尺八・筝・十七絃のために━(神坂真理子):2016
金子朋沐枝(尺八)野田美香(筝)合田真貴子(十七絃)

 

第7回を数える『音のカタログ』展。このグループは邦楽器を扱う作曲家の集まりだが、彼らが洋楽畑出身であるところに大きな特徴がある。私のようにジャズの分野での執筆活動を続けてきた人間が、趣味で親しんでいた邦楽の分野でも執筆をするようになったことと共通しているといえなくもない。洋楽を修めて出発した作曲家たちが、大好きな邦楽の作曲で作品を発表するようになった背景やいきさつについては、ホームページをご覧いただきたい。この作曲家グループは恐らくある種の危機感が根底にあって、結束して声を上げる必要に迫られたことが背景にあるかもしれない。2010年、作曲家のネットワークを発足させる段階で、<洋楽出身の作曲家が発表する邦楽作品>を世に問う会を行動に移そうというアイディアが中心メンバーの間からあがったとしても不思議はない。<邦楽2010>とは2010年9月1日に発足したこの作曲家グループの公的名称であり、今回のグループ展の段階で38人の作曲家が名を連ねている。

今回は2部構成での8曲の演目中、改作初演を含む5作品が初演だった。正会員となった若い作曲家の意気込みの現れといっていいのではないか。このうち田丸彩和子の「雙蝶の別れ」は日本の代表的な琵琶2種が雌雄の蝶を演じ、北村透谷の同名の詩に触発された田丸が結婚後まもなくわずか25歳で自死する北村の詩の哀切に触れ、結婚したばかりの妻に訴える詩人の心に打たれて作曲したのだろう。8つのスタンザからなる作品の最後のスタンザには、

夕告げわたる鐘の音に    おどろきて立つ蝶二つ

こたびは別れて西ひがし   振りかえりつつ去りにけり

とある。北村には結婚したときからこの結果が分かっていたのかもしれない。筑前琵琶を演奏する尾形蝶嘉が雌の蝶を、薩摩琵琶の川嶋信子が雄の蝶を演じる。川嶋が胴をバチで叩きつける奏法といい、最後に演じられる蝶の飛ぶさまがじつに素晴らしい。二種の琵琶が二羽の蝶となって舞うクライマックスが二羽の別れを照射していて胸にジンときた。

尺八、琵琶、十七絃の面々で演奏する若いトリオのフレッシュな「エタミーヌⅢ」といい、8月に完成したばかりという「すいふよう」(花の名前で、酔芙蓉と書く)といい、西洋音楽の作曲家の意気軒昂ぶりが感じれる2作品。3楽章からなる後者は筝の二重奏曲。といっても地歌の奏法にならい、替手(かえで)と本手(ほんて)の形で書かれている。身崎有希子と松澤佑紗の両者が盛り込まれた詩情から何かが開花するといった情感を描出する。

西洋音楽の作曲家の集まりだけに、新しい技法を積極的に転用する試みが何曲かであった。例えば、溝入敬三の「マイクロトーンズ・スタディ」。彼は福山市のホールの館長であると同時にコントラバス奏者で作曲家でもある。無調音を取り入れ、独奏筝の調弦を独自の方法でセットしたり、独奏の25弦筝より多い26の音を使用するなど、さらに微分音やマイクロトーンを用いるため筝の駒を左右対等にセットしたりと、作曲家の新しい発想や意欲が前面に張り出す面白さを体験できた。また、電子音と尺八を合奏させる川越道子の作品、ヴァイオリンと尺八の2本で心の奥にある自分を超えたまがまがしい世界を表現した前田智子の「阿頼耶」など、それぞれが意欲的な音を描いていて注目した。

最後を飾った神坂真理子の「桜吹雪」はまるでバレエの舞を見るようなあでやかさ。思い切り酔わされた。まるで尺八、筝、十七絃がオーケストラになって春爛漫の光景を描きだすかのよう。昨年作曲したとのことだが、昔から知られた曲のような親しみやすさがあった。

私が個人的に選んだベストワンは、松尾祐孝が二十絃筝独奏の作品として書いた「PHONOⅩ1 for Twenty-stringed Koto solo」。これを内藤美和が二十五絃筝で演奏した。作曲者によれば、助言を求めた吉村七重が朝日現代音楽賞を受賞したことを祝して作曲したのだという。内藤美和の演奏がことのほか素晴らしく、極めてクリエイティヴな演奏というだけでなく、演奏家としてのスピリットと演奏能力がこれほどマッチしあった集中力ある二十絃筝のソロ演奏(実際には二十五絃箏)に初めて出会った喜びに、ほんの短い時間だったが酔いしれた。こういうのを血の通った演奏というのだろう。(2017年9月24日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください