#1000 蓮見令麻トリオ
Reviewed by 剛田武 Takeshi Goda
Photos by 常盤 武彦 Takehiko “Tak” Tokiwa
2017年12月21日(木)渋谷 公園通りクラシックス
19:30start / 19:00open
蓮見令麻トリオ:
蓮見令麻 (pf / vo)
須川崇志 (b)
田中徳崇 (ds)
Set List
1. Still Or Again (作詞作曲: 蓮見令麻)
2. Cascando (詩: サミュエル・ベケット 曲: 蓮見令麻)
3. Se Por Falta De Adeus (作詞作曲: ドローレス・ドゥラン&アントニオ・カルロス・ジョビン)
4. Scene, Unseen (詩: サミュエル・ベケット 曲: 蓮見令麻)
5. Keep My Water Still (作曲: 蓮見令麻)
6. Afterglow (詩: サミュエル・ベケット 曲: 蓮見令麻)
7. Meu Namorado (作詞作曲: シコ・ブアルキ&エドゥ・ロボ)
変容するジャズの今を見つめる瞳の中の穏やかなメロディー
本サイトJazzTokyoの「JazzRight Now」コーナーで「ニューヨーク:変容するジャズのいま」 を連載中のニューヨーク在住の即興演奏家/音楽ライター、蓮見令麻が帰国し東京でライヴを行った。2016年9月の来日のあと出産して母となった彼女は、2017年春にMasa Kamaguchi (b)とRandy Peterson (ds)とのトリオ作『Billows of Blue』をリリースした。そこで聴かれる高潔な美意識は、彼女の表現欲求の発露であると共に、ニューヨークの“変容するジャズの今”を象徴するドキュメントであった。
1年半ぶりに会った蓮見は、パートナーと共に子供連れで前日に帰国したばかりで時差惚けまっただ中だという。そのせいだろうか、印象的な切れ長の瞳は猫の目のように爛々と輝き、話をしながらじっと見つめる目力は、文章からも伺える屈強な意思力と鋭い分析力を湛えていた。
この日は初顔合わせのトリオ演奏。須川崇志 (b)と田中徳崇 (ds)の 二人とも髪を丁髷のように後ろで結った武者スタイル。ろうけつ染めの蓮見の衣装と無意識にリエゾンし、クラシックスという名の会場に相応しい典雅な雰囲気を醸し出す。しかし音楽は逆にクラシック(古典/伝統)から逸脱しようとするモダーン(現代/当世風)な共感に満ちていた。
披露されたのは『Billows of Blue』に収録された自作曲が2曲、不条理演劇を代表するフランスの劇作家サミュエル・ベケットの詩に蓮見がメロディを付けた曲が3曲、ブラジルの作家によるポルトガル語の曲が2曲。「筋書きのない即興演奏ばかりしていると、構成のある曲をやりたくなるんです」と語った蓮見には、フリーや完全即興のある意味で硬派・難解なイメージの壁を脱して、オーディエンスにより近づきたいという思いがあったという。そのためにヴォイス(歌)が大きな役割を果たしたことは間違いない。時にシャンソンのように聴こえる蓮見の静かな情感をたたえた歌声は、楽器演奏が如何にフリーに展開したとしても、聴き手の心を惹き付けて離さない。曲が終わるごとに、一遍の短編小説を読み終えたような、ちょっとした小旅行から戻ったような充実感を覚える。
最後に「インプロをやりましょうか」と語りかけて、インストゥルメンタルで完全即興演奏を披露。我が意を得たりという表情で田中が発する挑発的な乱調ビートに同調するように、蓮見が身体を揺らして抽象度の高い破調フレーズを連発する。それまで情熱を内に秘めていた須川のベースも熱いプレイを全開し、終始クールな美意識に貫かれた90分の演奏を白い炎で締めくくった。
演奏を終えて観客と談笑する蓮見の表情は、開演前とは別人のように穏やかに輝いていた。ニューヨークの変容し続けるジャズの世界を生き抜く演奏家の冷徹な意志の内側に漲る母性と慈しみに触れて心温まる一夜であった。
(2018年2月28日 剛田武記)