#1032 ランドフェスVol.10 仙川
2018年9月15日(土)16日(日)
調布市仙川駅周辺
ディレクター:松岡大(山海塾舞踏手)・安藤誠
Reported by Makoto Ando 安藤 誠
Photo by Masabumi Kimura 木村雅章
プログラム
9/15(土)daytime 12:00〜13:20
中村蓉(ダンス)
×坂本弘道(チェロ)
×佐藤公哉(ヴォイス/ヴァイオリン/ハルモニウム)
×高原朝彦(10弦ギター)
9/15(土)evening 18:00〜19:20
川村美紀子(ダンス)×松本ちはや(パーカッション)
飯森沙百合(ダンス)×SUNDRUM(ダンス/うた/ジャンベ/太鼓ほか)
川合ロン(ダンス)×かみむら泰一(サックス)
9/16(日)daytime 12:00〜13:20
入手杏奈(ダンス)×KAMOSU(ホーメイ/ギター/タブラほか)
白井剛(ダンス)×巻上公一(ヴォイスほか)
松岡大(舞踏)×ピーター・エヴァンス(トランペット)
9/16(日)evening 18:00〜19:20
小暮香帆(ダンス)
×矢野礼子(ヴァイオリン)
×山田あずさ(ビブラフォン)
×齋藤徹(コントラバス)
多様なバックグラウンドを持つダンサー+ミュージシャンがオーディエンスとともに街を巡り、毎回異なる場所で即興セッションを繰り広げる、ウォーキング形式のパフォーマンスイベント「ランドフェス」。吉祥寺、西小山、高円寺、中延といった街での開催を経て2014年からは「JAZZ ART せんがわ」の同時開催企画として定着、仙川の様々な場所でライブを重ねてきた。ダンスと音楽によって日常の風景が一変するその瞬間を体験できるのは、各回20〜30名のオーディエンスのみ。早くから各回ともチケットがソールドアウトになるなど、例年以上に注目を集めた2日間を振り返る。
1ダンサー×1ミュージシャン(グループ)のセッションを、街の各所で3回行う—-というのがランドフェスの基本構成だが、今回から新たな趣向として「一人のダンサーが、旅するように各所を巡る」というコンセプトの新シリーズ「POSTCARDS」を導入。第1回は今年4月に清澄白河でダンサー細川麻実子によるセッションを実施しており、今回の15日昼の部、16日夜の部はそれに続く試みとなる。15日昼の部の旅路をエスコートするのは、数多くの作品で受賞に輝き、近年はMV等の振付家としても活躍する中村蓉。1時間半の長丁場、しかも移動しながらという過酷な条件の中、どのようなストーリーを描いていくのか、期待は高まる。あいにくの雨模様の中、まずはせんがわ劇場向かいにあるギャラリー「ツォモリリ文庫」からスタート。
9/15(土)daytime
#1 中村蓉(ダンス)×坂本弘道(チェロ) @ツォモリリ文庫
JAZZ ARTせんがわのプロデューサーとして、4日間の開催期間中フル稼働していた坂本弘道が、今年もランドフェスに登場。今やJAZZ ARTせんがわだけでなく、ランドフェスにとっても不可欠なミュージシャンの一人といえる。グラインダー等のインダストリアルなツールやマテリアルを駆使した特殊奏法で毎回聴衆を驚かせてくれる坂本だが、一方で舞台音楽の名手でもあり、場面に独特の深みを加える叙情性には独自のものがある。今回は室内でのパフォーマンスということもあってか、そうした側面が前面に出たリリカルな演奏を軸に展開(とはいえ、聴衆をハッとさせる仕掛けはいつもながら随所に盛り込まれているのだが)。持ち前の溌剌さをここでは比較的抑え、優雅で演劇的な仕草も交えつつ舞う中村は、ここでは意図的に観客との絡みを多く盛り込んでいたようだ。終盤では演奏する坂本にも体を寄せ、恋愛映画のワンシーンのような動きも披露。オーディエンスの心を手繰り寄せつつ、次の会場へと向かう。
#2 中村蓉(ダンス)×佐藤公哉(ヴォイス/ヴァイオリン/ハルモニウム) @山内ぶどう園
最近では「京王線の自由が丘」とも呼ばれるなど、再開発の手が入ったお洒落な街というイメージも強い仙川だが、実は中心部からほんの10分弱ほど歩くだけで、武蔵野の昔を色濃く残した風景が広がる土地柄でもある。本日2番めの舞台「山内ぶどう園」もそんな佇まいを代表する場所の一つ。その広い敷地の奥の竹林で、まさしく竹林の七賢人のごとくに待ち受けていたのは、男女ユニット3日満月などでも活動する、ヴァイオリン&ヴォイスの佐藤公哉。本降りの雨の中、中村はここからギアを一気に上げる。ぬかるむ足場、打ち付ける雨、竹や雑草が密集する湿地という最悪に近い条件の中にあっても—-いや、そんな状況だからこそ、ダンサーの裡に発動するサムシングを燃料に、跳ね、翔け、泥をものともせず転げ回り、その場にいた全員を完璧に魅了。佐藤の中世ヨーロッパ調のヴォイスが雨に溶け込み、非現実感いや増す中、一行は最終目的地へ。
#3 中村蓉(ダンス)×高原朝彦(10弦ギター) @某民家
住宅街を抜けて到着したのは、何の変哲もない普通の民家(正確には仙川を拠点とする某法人の職員住宅)。先程までの林の中とはうって変わって、わずか8畳ほどの極小空間をオーディエンスと演者が共有するセッションだ。ここでの共演者として登場したのは、ギターの高原朝彦。70年代後半から追求してきたという10弦ギターが生み出すサウンドは、野趣に溢れつつも優しく、緻密。2匹の老猫が暮らすリビングルームに、その深層的/多層的な響きは意外なほどよく調和する。中村はといえば、つい数分前までの忘我の熱演からはこれまた一変、弁当箱を取り出し手製のおにぎりや総菜を食べ始める、箸を振りかすといったコミカルな動きを繰り出す。彼女が生来的に持つ振り幅の広さを十二分に実感したところで、今回の旅路は終了。3人の超個性的なミュージシャンと1人のダンサーとの共振を存分に堪能できた、贅沢な90分のショートトリップだった。
9/15(土)evening
#4 川村美紀子(ダンス)×松本ちはや(パーカッション) @せんがわ劇場1階ホワイエ
15日夜の部は、ダンスシーンを超えてその動向に関心が集まる鬼才・川村美紀子に気鋭のパーカッショニスト松本ちはやという魅惑の組み合わせ。JAZZ ARTせんがわの幕間のひととき、劇場横のホワイエを利用した特設スペースでのパフォーマンスは、吹き抜けとなっている空間から舞い降りる風船とともにスタート。見上げるとそこには、着ぐるみの頭部だけを身に着け、背中にクマのリュックを背負った川村が。松本はスペースの各所にパーカッションを配置し移動しつつの演奏。上層階から降りてきた川村の手には、折れた鉄パイプ。着ぐるみの頭部は付けたまま(結局、パフォーマンスの最後まで一度たりとも素顔を見せることはなかった)、執拗に反復される「踊らない踊り」による情念は、松本の切っ先鋭い打撃音によってさらに増幅されているかのように感じられる。両者はここで終止することなく、そのまま路上にパフォーマンスを継続しながら駅前へ(この移動のシークエンスも秀逸だった)。
#5 飯森沙百合(ダンス)×SUNDRUM(ダンス/うた/ジャンベ/太鼓ほか) @仙川駅前広場
シュールな不条理劇を思わせるセッションの後を受け、駅前の公共空間を盛り上げたのは、co.山田うんのメンバーとしても活躍する飯森沙百合に、この日仕様のダンサー&シンガーを含む7人編成で臨んだサンドラム。3人の打楽器奏者が繰り出す分厚いリズムに歌や踊りが載り、唯一無二のトライバル&マージナルな音塊を生み出すサンドラムだが、この日も期待を裏切らない熱演を聴かせてくれた。オーディエンスはもちろん通りすがりの親子、プラカードを掲げたパチンコ店の店員までその場にいた人々を次々に呼び込み、即席の共演を次々と披露。飯森がすかさず呼応して華やかな舞いを煌めかせる。このカオスと熱狂に身を任せつつ、要所を確実に締めるその存在感が頼もしい。宴もたけなわといったタイミングで、やおらばら撒かれたのは竹製のカスタネット(?)。その場にいた全員が打楽器奏者と化し、否が応でも駅前はさらに盛り上がる。文字通りの一体感を全員が味わいつつ、オーディエンスは駅の反対側へと向かう。
#6 川合ロン(ダンス)×かみむら泰一(サックス) @加藤みや子ダンススタジオ
最終セットは舞踊家・加藤みや子の運営するダンススタジオ。Co.山田うんの中心メンバーである川合ロンは、独特のキレと粘りを持ち合わせたダンスが持ち味。オーセンティックなジャズから南米音楽、即興まで幅広いジャンルに通暁するかみむら泰一とは初対峙となる。逞しい四肢を獣のように扱いながら、なめらかで繊細なムーブと力強さを細く織り交ぜる川合、その動きを睨みつつ、おもむろにサックスを置き、小さな繭玉をシェイカーのように振り出すかみむら。繭のなかから微かなリズムが鳴り始め、音と音の合間の静寂がその場を侵食する。不意をつかれた川合ロンがコミカルな反応を見せると、かみむらとの「対話」が始まる。息が詰まるような緊張が一転して和み、その隙間に無限の可能性が開かれる瞬間だ。終演時間が近づき、川合が「そろそろ……終わりですかね」の一言。重厚な掛け合いの後では、言葉さえもが身体の震えであると感じさせてくれる。そんな貴重なひとときを体験できたセッションだった。
9/16(日)daytime
#7 入手杏奈(ダンス)×KAMOSU(ホーメイ/ギター/タブラほか) @仙川ピポッド
日付が変わって、時折晴れ間ものぞく天候となった16日は、お洒落なカフェや雑貨店等が立ち並ぶ憩いの広場・ピポッドからスタート。この夏、ながめくらしつ「うらのうらは、」@シアタートラムでも水際立ったダンスを披露した入手杏奈に対するのは、タブラやホーメイ、ギターなどで織りなす倍音歌謡を独特のタイム感で聴かせる3人組、KAMOSU。商業地域の中心部、しかも日曜の昼とあってざわついた環境の中、冒頭こそ互いに探り合うような局面も見られたものの、程なくともにペースを掴んでいく。オーディエンスとの絡みも交えつつ、カフェの屋外テーブルに移動してからは完全にその場の空気を支配。四肢をいっぱいに使い、伸びやかに踊る入手の流麗なモーションは、人々が行き交う雑踏にあってより熱を帯びて見える。街角空間を立体的に捉え、身体表現に活かし切る彼女の構成力が遺憾なく発揮されたパフォーマンスだった。その後は4人の先導のもと、一行は一路、商業エリアを抜けて樹木に囲まれた一軒家へ。
#8 白井剛(ダンス)×巻上公一(ヴォイスほか) @森のテラス
これまでも毎回ランドフェス仙川の舞台として活用されてきた「森のテラス」は、住宅街の中という立地から音量的な制約はあるものの、野外ステージのようなデッキとオーガニックな雰囲気も影響してか、これまでにも幾多の名演を生んできた場所。今回は、JAZZ ARTせんがわの顔でもある巻上公一と、美術家・音楽家との交流も多い白井剛によるセットがアサインされた。冒頭から、意表を突く巻上のピアノ演奏、それと呼応し無駄を削ぎ落とした白井の動きが、その場のテンションを高める。しかしその場にいた子供の声に巻上が当意即妙なヴォイスで反応すると、緊張感が程よく弛緩。立ち上がってテラスでの演奏を始めた巻上と白井の間の水路に、ゆるやかな流れが生じる。白井のダンスは終始、思索的。対象的に巻上は撥弦音とヴォイスを絡ませ、動きを交えつつにこやかな表情でプレイ。“Less is more.”を体現するかのようなパフォーマンスを味わい尽くし、オーディエンスは再び住宅街を歩く。
#9 松岡大(舞踏)×ピーター・エヴァンス(トランペット) @仙川スタジオゆるり
本誌の特集でも紹介されている通り、9月中旬から各所で来日公演を行った鬼才ピーター・エヴァンスだが、彼の音に初めて触れるオーディエンスが最も多かったのはこの日のセッションではないだろうか(客席には子供も数名)。ただ「彼はいくらでも吹いていられる」と巻上公一も手放しで称賛するその超絶技巧には、間違いなくその場にいた全員が打ちのめされたに違いない。全公演中唯一、ダンサーとのデュオとなったこの日の山海塾舞踏手・松岡大との一騎打ちでは、その独特のビート感とグルーヴがさらに顕在化。この日がエヴァンスとは初顔合わせで、しかも前日にNYから帰国したばかりという松岡だったが、却ってそれが良い方向に作用したか、NYを拠点とするエヴァンスと絶妙の間合いを取りながら、繊細かつ大胆にその場を主導。背景には暗幕、2人の衣装も黒一色というモノクロームな空間が、熱く燃え上がった20分余。異色のセッションは、互いとって触発されるものの多い、実り多き時間になったようだ。
9/16(日)evening
#10 小暮香帆(ダンス)×矢野礼子(ヴァイオリン) @ツォモリリ文庫
一人のダンサーとの旅路を共有する「POSTCARDS」を、この日は夜の部に導入。今回のナビゲーターは、2年連続でフライヤーにも起用されているランドフェスのアイコン、小暮香帆。小柄な体躯からは想像し難い、スケールの大きなダンスには定評がある。今回は1時間20分という尺をどう活用するのか、実に興味深いところ。途中駅の1つ目は、前日も舞台となった劇場前のツォモリリ文庫。凛とした表情で鮮烈かつ叙情的な旋律を奏でるヴァイオリニスト、矢野礼子が待ち受ける。宵闇の中、ライトに照らされた小暮の、ここに在らざる何かを求めているかのような動きが美しい。ギミックに走らず、それでいて安直なクリシェに陥ることを断固として拒否する矢野の硬質な響きが、パフォーマンス全体に彫りの深さを付加。デュオのある種の理想像が体現されたセットとなった。終演後は矢野のヴァイオリンと小暮のハーモニカに導かれ、一行は月下の街を行進。童話の世界を思い起こさせる、全セッション中でも屈指の道行きだった。
#11 小暮香帆(ダンス)×山田あずさ(ビブラフォン) @co-iki
劇場前からの一本道を南下し、辿り着いたのは前日とはまた違う一軒家。親戚の家に招かれるように、オーディエンスはリビングルームへと上がり込み、狭いスペースの中で思い思いのポジションを取る。部屋にセットされたビブラフォンの後ろに立つのは、現在は自身のグループnouonやWUJA BIN BINで活躍中であり、渋さ知らズオーケストラでも華麗なプレイを聴かせていた山田あずさ。観客が埋めたわずかな隙間で踊り始めた小暮だが、楽器に身を寄せたり、サッシ窓から外に出たりと、狭小空間を効果的に使った動きでリズムを作り出す。裏の畑や庭から聞こえる虫の鳴き声と共演するかのように、微弱音を織り交ぜつつ、細密で情感あふれるサウンドを奏でる山田との呼吸もぴったりだ。民家というシュチュエーションもあってか、全体的にインティメイトなムードでセッションが進む。しかし寝そべった小暮が奥の襖に手をかけ、そこを開くと同時にその場の空気を切り裂いたのは……
#12 小暮香帆(ダンス)×齋藤徹(コントラバス) @co-iki
筆者にとって、これまでに聴いた最も衝撃的な一音—-音の強度のみならず、コンマ1秒でも出遅れれば、あるいは早まれば成立しない、究極のタイミングでのアルコでの打撃音—-とともに登場したのは、コントラバスの齋藤徹。あらゆるテクニックを超えて、これほどの深みに到達した表現、それが発せられた現場に居合わせたことを感謝せずにはいられない、そんな音に導かれて、今回のランドフェス仙川の掉尾を飾るセッションは始まった。ここまで既に1時間弱を踊り通してきた小暮だが、この最終パートに来て、驚くべきことに身体のムーヴメントはさらに加速。強烈なエネルギーを放つ齋藤のコントラバスに一歩も引けを取ることなく踊り続ける。中盤からは小暮が部屋の照明を切り替え、静寂と激情の交錯を経て、感動の(と呼ぶしかない)終幕へ。あらゆる瞬間に全身を賭ける斎藤の演奏、全体を俯瞰するもう一つの眼を持っているかのような小暮の構成力、全てがオーラスにふさわしいパフォーマンスだった。
今回は周知の通り、開催直前になって総合プロデューサーである巻上公一からのアナウンスにより、10年間続いたJAZZ ARTせんがわが劇場の運営体制の事情により今年で打ち切られるというニュースが伝えられた。そんな中で行われた4日間のライブはいずれも、例年にも増して好評を得ていたという。ランドフェスが同時開催となって5年、このユニークな即興音楽の一大フェスが、少なくとも現行の形式としては今回が最後になってしまうという事実は、非常に残念というほかない。とはいえ、今後も仙川の街での開催を模索する動きは既に始まっているとの情報も漏れ伝わってくる。ランドフェスとJAZZ ARTせんがわが再び共存する将来を期待して待ちたい。