#1087 波多野睦美 パーセルの1日~テオルボと歌う楽しみ~
2019年7月1日 (月) @ 東京オペラシティ 近江楽堂
Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代
<出演>
波多野睦美 (メゾソプラノ)
瀧井レオナルド (テオルボ)
<プログラム>
ヘンリー・パーセル (Henry Purcell [ca.1569-96])
1. 音楽が愛の食べ物なら (If Music be the Food of Love: 1st Setting)
2. 音楽が愛の食べ物なら (If Music be the Food of Love: 2nd Setting)
3. 雀と優しいキジ鳩 (The Sparrow and the Gentle Dove)
4. 彼女は行ってしまう (I see She)
5. 恋する者の心配 (The Cares of Lovers)
6. 運命の時 (The Fatal Hour)
7. アイルランドの新しい曲 (A New Irish Tune) *Theorbo solo
8. ひとときの音楽 (Music For a While)
9. シャコンヌ (Chaconne/R. de Visee) *Theorbo solo
10. ソリチュード (O, Solitude)
11. べドラムのベス (Bess of Bedlam)
12. 夕べの祈り (An Evening Hymn)
アンコール
『妖精の女王』より
都心にぽっかり空いた静寂空間-東京オペラシティ・近江楽堂にて、波多野睦美『パーセルの1日』はおこなわれた。朝に1時間のリサイタル、公開レッスンを挟み、午後に同プログラムで再度1時間のリサイタルという、12回目を迎える「朝のコンサート」シリーズ。この日の同伴者は、テオルボ奏者の瀧井レオナルド。垂直で美しいフォルムをもつ17世紀のこのリュート属楽器は、長尺なサイズ感ながら、密やかで繊細な響きをもつ。この日は湿度が70%以上あったにも関わらずガット弦を使用、より肉声に寄りそう暖かな効果をあげる。およそコンサートやライヴはすべて一期一会のものであるが、奏者の音楽性は言うに及ばず、楽器の属性やコンディション、音響構造、プログラム構成などの一体感があって初めて、聴き手に至福体験がもたらされる。そしてそうした体験はそうそうあるものではない。この日の魅力は何といっても、声とテオルボの「対話」と称するにふさわしい、インティメイトな音楽の歓びにあったといえる。もちろん波多野の声はシラブルの末端に至るまでしっかりとした質感で聴き手に浸透するが、音量によらず「ささやき声」のようなマットな実在を聴き手にもたらす。ものがたりを耳元で吹き込まれるような臨場感。言葉が生き物となる。プログラミングも効果的であり、ほぼ1時間きっかりにパズルを埋め込むように弛みなく展開する。テオルボのグラウンド・ベースが連続的に味わえる「ひとときの音楽」、「シャコンヌ」、「ソリチュード」などの佳境では、ミニマリスティックな変容が高い天井へと立ち昇り、消失してゆく心地よさ。それにしても、ヘンリー・パーセルの歌詞世界は、なんと自然で、そしてそのぶんだけエキセントリックであることか。テオルボの一聴したところ懐古的な調べと、波多野のスパイスの効いた解釈やクールな音質とが絶妙でイーヴンな重層性を保ち、ときに寄り添い、ときに乖離して、懐かしくも異次元に開かれた不可思議なサウダージをもたらした。時空やジャンルを自由に横断する波多野のレパートリー構成は、言葉と音との思いがけない出会いの美しさを、いつも「私たちの感覚」として現在に鮮やかに提示してくれる。(*文中敬称略)
<関連リンク>
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