#904 与世山澄子+山本剛トリオ
2016年7月16日(土) 南青山Body & Soul
Report and photo by 齊藤聡 Akira Saito
与世山澄子 (vo)
山本剛 (p)
香川裕史 (b)
バイソン片山 (ds)
那覇に「インタリュード」という場所がある。ジャズ歌手・与世山澄子が経営するジャズクラブ(2階)兼、喫茶店(1階)であり、週に何度かは地元のピアニストを呼んで本人が歌っている。彼女は東京にも定期的に来ており、必ず歌うクラブのひとつが、このBody & Soulである。
まずは、山本剛トリオによる演奏が客席を和ませる。「Misty」では「Mona Lisa」や「Humoresques」なども引用するなど、手馴れたものだ。そして満を持して、山本の呼び声とともに、白いドレスで身を包んだ与世山が、笑顔をたたえてゆっくりとステージへと歩いてきた。
「Somewhere in the Night」では奥深さ、絶望と希望があい混じるヴォーカルの世界を見せてくれたかと思うと、チャップリンの『Modern Times』で有名な「Smile」によって、場をコミカルな雰囲気に一転させた。 ”I’m yours till I die” と歌う底無しのラヴソング「So in Love」や、愛という獄に囚われる哀れな女性を歌う「Poor Butterfly」によって、また聴衆はしっとりと聴き入る。そして、ラヴソングではあっても”Why not take all of me?”とからりと挑発するようなスタンダード「All of Me」では、オリエンタルな曲調の序奏と終奏ではさみ、もうノリノリである。
セカンドセットも、まずは、山本トリオの演奏が、ディーヴァの降臨に備えた雰囲気を創り出した。変わったリズムからおもむろに「Caravan」とわかる展開と、ベースの香川への無茶振りもあって、クラブは笑いに包まれた。そして再び与世山がステージへと歩いてくる。
「Where or When」では”We looked at each other in the same way”と直球を繰り出し、ビリー・ホリデイがよく歌ったスタンダード「Lover Man」へと続いた(最後に山本が「Happy Birthday」を引用したが、誰かの誕生日でもあったのか)。「If」では、世界が滅びても最後の日をあなたと一緒に過ごそうと語り掛け、聴衆の心に情を沁みこませてゆく。クライマックスはシャンソン曲「愛の讃歌」。続いて、「That’s Life」では人生の激しい浮き沈みを語り、 ”That’s life”と優しく慰撫するように囁いた。そして、サンバのリズムによる「What a Little Moonlight Can Do」によって再び場を盛り上げ、アンコールに応じて「Summertime」でライヴを締めくくった。
奥深い声とチャーミングさによって聴く者を魅了する与世山澄子、完璧なステージである。
また、山本剛トリオの素晴らしさも特筆すべきものだ。ドラムスのバイソン片山は決めるところは決める(ちょっとバーナード・パーディーを想起させた)。しばしば無茶振りされて困ったような笑顔で渾身のソロを取るベースの香川裕史。言うまでもなく百戦錬磨のピアニスト山本剛は、歌伴ではその歌詞や感情に寄り添って歌の力を増してゆき、ときに雰囲気たっぷりのカクテル風、ときにユーモラスに場を盛り上げる、一流のエンターテイナーでもあった。
那覇で、20年ぶりのアルバム『Interlude』(Tuff Beats、2005年)をリリースしたあとの与世山に訊いたことがある。なぜもっと作品を世に出さないのでしょうか、と。彼女の答えは、タイミングと、歌の中身を理解して弾いてくれるピアニストとの出逢いとが大事だから、といったものだったと記憶している。確かに『Interlude』でもピアノを弾いた南博、NYで幅広い表現を模索する野瀬栄進、この日の山本剛など、沖縄の外で共演するピアニストは限られているようだ。かつてマル・ウォルドロンと何度も共演した与世山澄子の、譲れないこだわりなのかもしれない。
(文中敬称略)