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Concerts/Live ShowsNo. 284

#1186 田崎悦子ピアノ・リサイタル/Joy of Music 第2回~Joy of Brahms

2021年11月14日(日)東京文化会館小ホール
Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代

出演:田崎悦子 Etsuko Tazaki

プログラム:ヨハネス・ブラームス Johannes Brahms

3つの間奏曲 (3 Intermezzi)op. 117
1. 変ホ長調
2. 変ロ短調
3. 嬰ハ短調
7つの幻想曲 (7 Fantasien)op.116
1. 奇想曲ニ短調
2. 間奏曲イ短調
3. 奇想曲ト短調
4. 間奏曲ホ長調
5. 間奏曲ホ短調
6. 間奏曲ホ長調
7. 奇想曲ニ短調
―休憩―
6つの小品(6 Klavierstuecke)op.118
1. 間奏曲イ短調
2. 間奏曲イ長調
3. バラード ト短調
4. 間奏曲ヘ短調
5. ロマンス ホ短調
6. 間奏曲変ホ短調

4つの小品(4 Klavierstuecke)op.119
1. 間奏曲ロ短調
2. 間奏曲ホ短調
3. 間奏曲ホ長調
4. 狂詩曲変ホ長調


人びとが「ソロ・リサイタル」に求める根源的な心理とはどのようなものだろう。曲が好き、という理由ももちろんあろうが、奏者自身にどっぷりとシンクロしたいからに他ならない。そういった意味で、第三者による無味乾燥な曲目解説の代わりに、それぞれの曲への田崎の想いがエッセンスのように凝縮されたプログラムを手にした瞬間からすでに、全き「田崎悦子の世界」に絡めとられている。

凛冽なるソノリティ、意識の斜め上を遊歩するメロディライン、多声部の共栄、それらの匂いたつような対話。長調より短調、高音部より低音部が一層雄弁で、妖艶な迫力がひた寄せる。『7つの幻想曲』では、硬質なテンペラメントが炸裂する「奇想曲」と、無骨な慈愛を滲ませる「間奏曲」との行間に、人生の深淵や凪(なぎ)が覗く。
休憩を挟んでからの後半。田崎が漕ぎ出す音楽のヴォヤージュは、内省と祈りの度合の深化とともに、そのスケール感を一気に増す。瞠目するようなパノラマだ。鍛錬された所作のように美しい腕の払いから、蠱惑的な音色が解き放たれる。華美さを封じた、ときにドライな節回し。音の運動性はいつしか、さまざまな物語を内包する音色の発光そのものと化す。楽曲が推移するにつれて濃厚に立ちこめる思索性は、豊かなリヴァーブとしてエンディングごとに空間を包み込む。田崎ならではの「音のブーケ」だ。
様々な属性の声がさざめくラストの『4つの小品』。世界の第一線で磨き抜かれた田崎のアンサンブル経験値のごく自然な帰結だろうが、多彩なタッチ、明らかに重力次元を異にする音たちの共振は、晩年のブラームスの内奥を、その深遠なる宇宙を、皮膚感覚で伝えている。音楽の歓びに浸された人びとの波は、3度のアンコールを経ても、なかなか退かない。(*文中敬称略)

*田崎悦子が10年に亘って取り組んでいる”Joy of Music”コンサート・シリーズ、次回は2022年6月5日(日)の “Joy of Schubert”、次々回は”Joy of Bartok”へと続く。


関連リンク:
https://www.etsko.jp/
https://joyofmusic.jp/
http://www.camerata.co.jp/artist/detail.php?id=366

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。欧州に長期居住し(ポルトガル・ドイツ・イタリア)各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評(月刊誌/Web媒体)、演奏会プログラムやライナーノーツの執筆・翻訳など多数。

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