#1293 Next Circle 波多野睦美バースデイコンサート
2024年3月16日(土)銀座王子ホール
Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代
Photos by Kana Kondo 近藤佳奈
【出演】
波多野睦美 Mutsumi Hatano(歌)
高橋悠治 Yuji Takahashi(作曲・ピアノ)
栃尾克樹 Katsuki Tochio(バリトンサクソホーン)
北村聡 Satoshi Kitamura(バンドネオン)
田辺和弘 Kazuhiro Tanabe(コントラバス)
大萩康司 Yasuji Ohagi(ギター)
山田うん Un Yamada(ダンス)
【プログラム】
ス・ワンダフル ‘S Wonderful (Gershwin)
クロリスに A Chloris (Harn/de Viau)
なんてすてき Ah! How sweet it is to love (Purcel/Dryden)
ソリチュード Solitude (Purcel/Philip)
甘い愛が呼んでいるCome again (Dowland)
プラテーロ/夕暮れの遊び Platero/Juego del anochecer (Castelnuovo-Tedesco/Jimenez)
ムルシア地方のセギティーリャ Seguidilla murciana (Falla)
タンティ・アンニ・プリマ Tanti anni prima (Piazzolla)
ラ・クンパルシータ La Cumparsita (Piazzolla)
もしもまだ Se potessi ancora (Piazzola/Bardotti)
エルチョクロ El Choclo (Villoldo)
オブリビオン Oblivion (Piazzola/McNeil)
===休憩===
グノシエンヌ第5番 Gnossienne No.5 (Satie)
シルヴィSylvie (Satie/de Latour)
ひとときの音楽 Music for a while (Purcell/Dryden)
春の夢 Fruelingstraum (Schubert/Mueller)
リンゴ (高橋悠治/岡真史)
古い狐のうた (高橋悠治/永瀬清子)
インプロヴィゼーション
アイルランドの女 Mna na hEireann (O Riada/O Doirnin)
ワン・ノート・サンバ One note samba (Jobim/Mendonça)
ハバネラ~恋は野の鳥~ Habanera (Bizet/Mérimée)
波多野睦美が複数のプロジェクトで組んでいる第一線の表現者たちが一同に会した。波多野が織りなす、異なる言語圏の、多岐にわたる時代の、多様なジャンルの「うた世界」。過去・現在・未来が一筆書きに連なるように、安部昌臣の手によるニュアンス豊かなライトワークに照らされたこの日のステージも、のちの美しい記憶を司ることになるだろう。コンサートを聴いた後の感慨は、緻密に構成された舞台を観たときに近い。もちろん波多野睦美のステージに紋切型の「リサイタルらしさ」を今さら求めるべくもないが、極めて精度の高いパフォーミング・アーツでありながら、終始リラックスした雰囲気を場にもたらす力量に毎度おどろく。うたと生活=人生が直結するがごとく、歌い、ささやき、ときにピアノの譜めくりをし、ユーモアたっぷりの話し言葉でMCをしたかと思えば、静かに舞台袖にたたずむ―その一連の動作がいとも自然なサイクルとして現出する。
「舞台というカンヴァスを描き切る身体の自在さ」は、この日の出演者すべての共通項。聴き手は視覚と聴覚をフルに動員しながら、演者たちが差し出す内的世界へとり込まれていくことになる。
プログラムは二部構成。前半は田辺和弘 (cb)、北村聡(bn)、大萩康司(g)、栃尾克樹(b.sax)、そして山田うん(dance)が出演。デュオを最小に、さまざまな編成が入れ替わる。あたかも万華鏡の色面構成が変化するのを見るようだ。身体の自在さ=解放、については前述したとおりだが、アンサンブルの完成度の高さと同時に、各々のソロ、その細部の粒立ちが浮き彫りとなる。音間の余白が息づき、風とおしが良い。融合というより独立した個の連結なのだ。コントラバスとうたのデュオによるパーセルの「なんてすてき」「ソリチュード」から、ギターとうたのデュオによるヒメネスやファリャをへてのラテン・ムードは、サックスとバンドネオンが加わり濃厚なタンゴの世界へと突き進んでいく。時空変換スイッチの肝を担う北村のバンドネオンは、大仰な外皮と一枚岩にクラシカルな品位を濃厚に湛える。コントラバスやギターの爪弾きがこれでもかと聴き手の触覚を刺激する反面、終曲「オブリビオン」で舞う山田のダンスが、肉体そのものでありながら最も肉体を感じさせない(無重力)。在と不在が点滅するなかを、隙間をぬうように浸透してゆく波多野のヴォイスは涼やか且つ蠱惑的だ。
さて、後半はレジェンド・高橋悠治のピアノ・ソロによるサティの「グノシエンヌ」で幕開け。どこか遠くから聴こえてくるような遠近法を内在する音色。経験によってしか醸成されえぬ音以前のたたずまいがある。次の「シルヴィ」ではそれまで高橋の譜めくりをしていた波多野が、つづく「ひとときの音楽」でバリトンサックスの栃尾が参画、これにて三氏によるピアノ・うた・バリトンサックスによる無二のトリオ『風ぐるま』のメンバーが出揃った。12歳で夭逝した岡真史の「りんご」、80歳の詩人永瀬清子の「古い狐のうた」のふたつの詩は、高橋がメロディをつけたことでどれほどの世代を生きながらえているのだろうか。作曲家本人によるピアノ演奏は、作品のエスキスそのものを最短で伝える。朴訥としながらも最速。ここで曲ものから一瞬離れ、ピアノとコントラバスによるフリー・インプロヴィゼーションへ。高橋悠治と田辺和弘による初顔合わせ。ピアノの高音とコントラバスの低音は互いを探り合うように見せかけながら、落としどころを巧みに回避しつづける。その遁走的な共時が「いま、ここ」という瞬間へ聴き手の意識を傾注させるもつかの間、オリアダの「アイルランドの女」では、舞台下手から上手へとポジション替えしたバンドネオンの高音によるドローンが炸裂、一気に痛みを伴うエモーショナルな渦へと舵を取る。コントラバスとギターによるノイズがユーモラスな祝祭感をより際立たせたジョビンの「ワン・ノート・サンバ」を経て、ビゼーの「ハバネラ」で大団円。物語の始まりへ還ったような華やかな円環の錯覚。それは様々な役どころをこなした波多野がふたたび「歌姫」へワープする瞬間でもある。「うた」の領域を無尽に押し広げる、波多野睦美の総合プロデュース力を堪能した充実のバースディであった。(*文中敬称略)
関連リンク:
http://hatanomutsumi.com/
https://suigyu.com/yuji_takahashi/
https://ktochio.com/
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