#1304 菅野邦彦 並列キーボード 「oHAIo」お披露めコンサート
text and photos by Toshio Tsunemi 常見登志夫
「(3月25日付けNEWS:4/6(土) & 7(日)菅野邦彦スペースキーボード「oHAIo」お披露目ライヴ@三鷹ナチュラル)の続報である。楽器の詳細等、重複するところがあります)
クラリネット奏者のトニー・スコットが「彼は天才だ」と絶賛、’60~’80年代に70枚以上の名盤を残したピアニスト、菅野邦彦(87)の東京・三鷹「ナチュラル」でのライブを取材した(4月7日昼公演)。ナチュラルのオーナー、市川一彦氏は菅野の生演奏を最高の環境で聴かせたいと自分の店をオープンしたほどの長年のファンである(開店は昨年10月)。
ライブは菅野の静かなバラードで始まった。長年組んでいるドラムスの佐々木豊はブラシやスティックはもちろん、レインスティック(波の音を奏でるパーカッション)などを用いて、寄り添っていく。佐々木の表情やプレイからは菅野に対する敬愛の情が強く表れている。菅野の若い頃のプレイには、繊細さと同時に強烈なドライブ感が交互に押し寄せる、凄みを感じさせるほどの疾走感があったが、そのパワーは今はない。が、一音一音を選びながらも次第に熱を帯びてくる、圧倒的な菅野ワールドに恍惚となっていたのは私だけではないはずだ。
市川氏が菅野にナチュラルへの出演を打診した際、菅野は自身が開発した並列キーボード「oHAIo」(お・は・い・お)の使用を条件に出演をOKした。
「oHAIo」は、黒鍵の長さを白鍵に、白鍵の高さを黒鍵に合わせて、すべての鍵盤が同じ長さ・高さで並んでいる(それぞれのキーはゆるやかなかまぼこ型になっていて、弾きづらくはないそうだ)。すべてのキーがクロマチック(半音)で並列化されているため、移調・転調が容易であり、通常は白鍵のみ、黒鍵のみのグリッサンドなどは非常に滑らかになる。「oHAIo」も通常のピアノと同じように鍵盤部分とハンマーアクションが一体化した構造になっており、通常のグランドピアノのそれと交換して使用する。
演奏会場によっては、既設のピアノの鍵盤(とハンマーアクション)部分の交換・設置を断られるところもあるそうだ。かつて出演していた代官山のレザールでは、並列キーボードを組み込んだピアノ演奏を披露していたが、同店で契約している調律師がキーボード交換に反対し、その後はその店のピアノ(並列キーボード)の使用を断念している。今回のナチュラルでも現場で反対する声もあったようだが、オーナー市川氏の快諾でライブが無事に行われた。
菅野はこれまで数台の並列キーボードを製作している。都内では10年前に新宿のJでお披露目したそうだが、現在は不定期で出演する伊豆・下田のホテルで並列キーボード「未来鍵盤」での演奏を続けている(「未来鍵盤」での演奏はYouTubeでも見られる)。
88鍵フルサイズ(ヤマハC型)の全幅に合わせているため、それぞれの鍵盤の幅は約3/5と狭く、ストロークも高くなる。なのに打鍵は軽く、音は澄んでいる。見た目にはかなり弾きづらく思えるが、長年弾きこなしている菅野はブルースもバラードも難なく弾きこなす。〈スターダスト〉は息を飲むように美しく、〈テイク・ファイブ〉はアグレッシブに。客席からアンコールがかかった〈黒いオルフェ〉は菅野のかつての名演以上の輝きをも放っていた。
菅野自身はこれらのキーボードに、「未来鍵盤」「宇宙鍵盤(ギャラクシー・キーボード、スペースキーボード)」などと名付けてきた(“ピアノ”という名称は使いたくないようだ)。特別な訓練を積まなくても比較的容易に鍵盤を弾きこなせるように、との思いからである。
並列キーボードは、ヤマハで長年ピアノのメカニックを扱ってきた小松義明氏が協力して作り上げてきた。実際、ナチュラルのC3型にこの並列キーボードを組み込む際にも細心のテクニックが必要で、通常のピアノ修理技師では難しいようだ。
ナチュラルでのライブは4月6日(土)昼・夜、7日(日)昼・夜の計4回。前日に技師の小松氏と乗り込み、ピアノの鍵盤~ハンマーアクション部分の取り出し、キーボードの交換・取り付け作業に数時間を要している。
菅野には以前から並列キーボードの構想があった。70年代にあれだけ正確なピアノ・テクニックとブルース感覚を持ち合わせ、ピアノという楽器をまるで自分の体の一部のように流麗に弾きこなしていた菅野は、若い頃からピアノ鍵盤の構造(白鍵と黒鍵の高さや奥行きの違い)への違和感を持っていた。そして確立された(ように見える)今日のピアノ教育のシステムにも疑問を抱いていたそうだ。感受性を育てることが一番必要な幼い時期に、厳しい運指の訓練漬けとなる現代のピアノ教育のことである。
1990年頃にまず鍵盤ハーモニカでの試作に取りかかる。並列キーボードは運指が飛躍的に容易になる反面、それぞれの鍵盤の幅が狭くなってしまうが、鍵盤ハーモニカの細い鍵盤はまったく苦にならず、そのままフルコンサートピアノへの応用へと構想が膨らんだそうだ。
実際にピアノから鍵盤ハーモニカに持ち替えている姿を私は新宿・ピットインで見ている(2011年。鈴木勲(b)、ジョージ大塚(ds))はずなのだが、それが並列キーボードだったことには当時は気付いていなかった。
並列キーボード「oHAIo」はほぼ完成形。鍵盤を極限まで軽くしたいと、次の改良型には桐材を使用する構想もある。大手の楽器メーカーも注目しており、商品化される日も近いようだ。
♪ 菅野邦彦オフィシャル・サイト
http://suganokunihiko.com/wp1/archives/2266?