音質マイスター萩原光男の聴きどころチェック #6『如意ン棒 / ぜんぶ、流れ星のせい』
text by Miysuo Hagiwara 萩原光男
photo:Kenny Inaoka
Somethin’Cool SCOL1077 ¥3,000(税込)
纐纈之雅代 (Saxophone)
潮田雄一 (Guitar)
落合康介 (Bass,馬頭琴)
宮坂遼太郎 (Percussion)
01.St. Louis Blues (W.C.Handy)
02.如意ン棒 OUT (纐纈之雅代)
03.あやめ (纐纈之雅代)
04.Lonely Woman (Ornette Coleman)
05.煩悩という名の扉 (纐纈之雅代)
06.ひかりのぼくら (纐纈之雅代)
07.へび使いごっこ (纐纈之雅代 潮田雄一 落合康介 宮坂遼太郎)
08.如意ン棒 IN (纐纈之雅代)
09.月と海 (纐纈之雅代)
10.Beatnik (纐纈之雅代 潮田雄一 落合康介 宮坂遼太郎)
Recorded at King Sekiguchidai Studios, November 07, 2024
Recording & mixing engineer: Yuuichi Takahashi
Mastered at King Sekiguchidai Studios, November 08, 2024
Mastering engineer: Shinji Yoshikoshi
Director: Ryoko Sakamoto
Produced by Kenny Inaoka
これは、ミュージシャンは「ジャズ史に残る最高傑作を録る」と挑み、エンジニア・サイドでも「理想の音響で録り最新のテクノロジーで作った」と自負しているアルバムです。音楽はフリージャズ的で、一般のジャズファンとは距離感があるように思われますが、一発録りの緊張感ある演奏と、最新最高のテクノロジーで作られた音を堪能しましょう。
概要:
このアルバムは、フリージャズの要素を理解した上で聴くことをおすすめします。フリージャズは、1950年代末から起こったビパップなどのそれまでのジャズの演奏形態に対し、調性や和声、リズムなどに縛られない即興演奏を軸とするジャズのスタイルです。
ここでは私たちの馴染んでいるビバップからのジャズ感覚とは異なる、即興的な音を論じて評価していく作業をしていきましょう。筆者としても、本アルバムの出来上がりに自信を持っている制作者にリスペクトしました。
今回のアルバムについては制作者からの次のようなコメントがあります。
『今作は纐纈之雅代が 「ジャズ史に残る最高傑作を録る」 と豪語して挑んでおり、一切のリハーサルを行わず、 ライブさながらの一発録りで渾身の作品に仕上がりました』。
このアルバムの音楽としては上記の通りですが、テクニカルに於いても次のようなコメントにあるように、自信を持って送り出されたものです。
『理想に近いスタジオで最新のテクノロジーを使い現状ではベストの高解像度の録音で制作した音』とのことで、さらに「いわゆる“一発録り” で、あとから追加のオーバーダビングや、一部差し替えはしておりません。その時、その場で鳴っていた音、響きそのままです。音がフレッシュです。ミックスもほとんどライヴ・ミックスに近いといえます』 。
1、本アルバムの音の解説
このアルバムを試聴しての音の印象は、どんなオーディオ機器にも合う、うまくまとまった音、ということです。とくに、私の持っているラジカセでも少し大きめの音で聴くと、躍動感や意表をついて鳴り響くサックスの緊張感が味わえました。録音技術サイドがこだわった、録音時の音響や最高水準の録音機器などの成果ですが、それは、音のヌケやストレート感で味わえました。総体的には、周波数レンジ感もコントロールされた感があり、ベースも再生機器を考慮してか、うまくまとめて、小さい装置でも楽しめる音です。
2、このアルバムの味わい方
「聴くに当たってのスタンス」
私達は日常的にエンタテインメントには、ある種の驚きや新しい体験での啓発を求めているものですが、このアルバムはそんなリスナーの期待に答応えていて、ここにあるのは異空間・異界であることを認識してくださそれは一言では、フリージャズの領域で理解するのが妥当だ、と言っておきましよう。
制作者は、「ジャズ史に残る最高傑作を録る」と意気込んでいるのですから、それは言い換えれば、異空間における鮮度最高で聴くものに高い精神的な啓発をもたらすものなのです。
3、このアルバムの音
①狂気の音のシャワー
ですから、アーティストは、一発撮りに賭けていて、鮮度、刃物のような鋭利な鋭さ、意表を作る音の展開、が信条です。
一曲目の<セントルイス・ブルース>での、アナーキーなギターに続いての裏声のようなサックスの奇声から始まります。聴く者にこれが非日常の異空間であることを告げますが、少し進むとこの曲が<セントルイス・ブルース>というスタンダードナンバーであることを知り、リスナーは少しホッとします。
8曲目・10曲目では、その激しくダイナミックに放出される狂気を感じる異音・奇声に満ちていて、最高のパフォーマンスです。この辺りは、まさに一発撮りに賭けている纐纈之雅代 さんの真骨頂でしょう。それに応えている技術陣のクリアでライブ感たっぷりの音での録音は是非、そのように味わってほしいところです。
②エレジー、あるいは哀歌
そんな曲と音の高まりの合間に挿入された、たとえば6曲目はサックスの語りであり、他の楽器を従えてのモノローグが味わえます。このような未知の異空間に馴染んだことのない筆者にはこのアルバムの最高のトラックは9曲目です。
サックスのバラードは奏者 纐纈之雅代さんの音楽経験の豊かさと、柔らかい感性が感じられる、味わい深い曲です。
4、アルバムの音の出来
このアルバムは理想の音響空間での、最新テクノロジーの機器での録音です。
「音」の場合、その技術的努力は「自然さ」とか「リアリティ」にあらわれます。しかし、映像などと違ってその努力は、自然さ、ということは「違和感のない日常性」として作品に現れるので、残念ながらなかなか受聴者には伝わりにくいと思います。
そういったわけで、繰り返しになりますがこのアルバムの音について論評するならば、手頃なオーディオ機器でも楽しめる上質のジャズに出来上がっているのは、その成果かと思います。
筆者として音の実績を評価しているラジカセで聴きましたが、こういった機器では埋もれがちなベースが、クリアで迫力と量感が楽しめたのには、高い満足感を感じました。少し大きめの音にすると最高に楽しめました。ヘッドホンやイヤホンでの試聴もおすすめです。
つまり、帯域を欲張らずリスナーのことを考えて作られた音作りなのです。
そういう音の感想をまとめてみると、総合的には、よく出来た日本人の音作りらしい作品、というのが筆者の印象です。