#15 『鈴木良雄 The Blend / EXPECTATION』
text by Mitsuo Hagiwara 萩原光男
鈴木良雄 The Blend『EXPECTATION』
Friends Music WAGE-14005 3,000(税込)
The Blend:
鈴木良雄 (bass)
峰厚介 (tenor sax)
中村恵介 (trumpet)
ハイ・エイキム (piano)
本田珠也 (drums)
1.MIXED DONUTS
2.EXPECTATION
3.BACKSTAGE
4.FISH MARKET
5.RUN RUN RUMBA
6.CHIN SAN
7.BURNING POINT
8.MONA LISA
9.SHINJUKU
Recorded by Nagato Sugawara at Studio Orpheus, Tokyo, March 3 & 4, 2025
まえがき:
アラウンド80の和ジャズの大御所2人がタッグを組んで、彼等の培った伝統の上に、what’s newに挑む、というジャズの世界を味わいましょう。その what’s new のつくるものは、異空間の創造とまではいきませんが、そこにある魅力的なものをチラチラと見せながら、手慣れた重厚な和ジャズの世界を展開しています。タイトルの The Blend / expectaion は、その大御所が実力中堅ジャズマンを率いて、新旧をまさにBlendして、どんな世界が展開するか、乞う御期待 (expectaion) です。
主役はやはり鈴木良雄、その深々とした図太いベースが各楽器とダイアログします。聞き応えのある各楽器も味わい深いのですが、特にピアノに注目してほしい。
1.このアルバムの音
図太いベースソロから始まりますが、この迫力と音の豊かさがこのCDの信条です。すぐに2管アンサンブルが加わりそして、50年代ハードバップを思わせる伝統的なジャズラインの全奏となります。
このアルバムは、鈴木良雄の自主制作、自主販売、昨今のミュージック環境からは、なかなか、流通に乗りにくいジャズの世界にあって、アーティスト自らがレーベルの存続をかけての自主制作の2作目です。そのことは、このアルバムの演奏はもとより、音作りにも重要で、妥協のないものになっているところも聴いてほしいところです。
そんな背景を理解しながら聴くと、冒頭のベースの深々として地を這うような音・響き、峰のサックスの豊かさがまた違ったものに聴こえ、何やらこのアルバムには、ある”静けさ”を感じます。それは例えば、機材のエージングなどの行き届いた配慮や、演奏にあたってアーティストが作り出すもの。このアルバムには、そんな静かな空気感の中にいる幸福感が味わえます。
もう一言付け加えておくと、このアルバムは、鈴木良雄の多くの人に聴いてほしい、という情熱で高い完成度にありますが、その “完成度”という観点からも、再生装置のグレードに関わらず、その迫力、音の豊かさを味わえることもあげられます。
ベースを中心に書いてしまいましてが、その他の楽器も優れた演奏を聴かせます
峰厚介のサックスを聴くとかつてTBMでもアルバムを出していて、懐かしさがこみあげてきましたが、ここでも厚い豊かな音で聴くことができます。
ドラムの本田珠也はピアノの名手本田竹広を父に持つなど音楽家の家庭で育った豊かな音楽性が味わえます。
さて、このアルバムでの注目アーティストはピアノです。伝統的和ジャズの世界にコンテンポラリーな異空間を演出しています。
2.ピアノの音
1曲目でベースに続いて2管のアンサンブルそして50年代を思わせるハードバップの世界に導かれますが、聴きながら、さて聴きどころは、と「このアルバムの魅力は何か?」と自問している自分がいました。ともするとステレオタイプに感じて。
と、ところどころにピアノの繊細感とキレのあるフレーズに耳が向かいました。各トラックにもサブ的に演奏されるピアノに味わいを感じたのです。このピアニストは「繊細なピアノ」として高い評価を得ているようですが、筆者はもう少し踏み込んで、以下のように味わいました。
中低音の強くシャープな打鍵の音色も特徴的ですが、中音から高音にかけて足速に駆け抜けるパッセージは「この人はドビュッシーの<月の光>を弾く人に違いない」と思わせるほど美しい旋律を奏で、その後には天空を思わせる豊かで解放的な響きが異空間を形成して、聴く者の心に印象派の作り出す宇宙が広がります。
その音をもう一度聴きたいと。各曲を聴き直してみると、8曲目にようやく、ピアノがメインのトラックに巡り合いました。大御所による立派な和ジャズも、迫力・説得力充分で素晴らしいのですが、その和ジャズの安定感あってか、あたかも異空間から奏でられるピアノには音の美、「西方の音」と言われた音の美があり、「和」の世界に対する「洋」を感じた次第です。この宇宙人とは、1975年に京都に生まれ札幌に育ち、シドニーで音楽を学び欧米でも活躍した、ハクエイ・キムです。
3.各曲の音
・1曲目、図太いベースのソロから始まり、すくに2管アンサンブルが加わり全奏となります。50年代ハードバップを思わせる伝統的なジャズラインに、鈴木良雄のキャラクターからこういう音楽なのか、と納得しました。そう思っていると3分からのピアノがコンテンポラリー感豊かに演奏すると一気に、このアルバムへの期待が高まります。打鍵のタッチが鋭く軽やかです。このアルバムは伝統とコンテンポラリーの対比がテーマだ、と理解しました。
・2曲目、そのピアノのモノローグから始まり、ベースとのダイアログにサックスが入れ替わり、各楽器とベース対話になる。3分からのトランペットとの対話も現代的でよい。5分からは再びピアノにベースがバックで、味わい深い演奏が楽しめます。
・4曲目、ハクエイ・キム作曲とのことですが、意気込みは感じられるが聴かせどころに乏しいと、筆者は感じました。
・5曲目、アダージョでピアノのリズムもよく、楽しめる曲の中のひとつです。
・6曲目、ピアノも楽しめます。ピアノのソロから始まり、サックスに引き継がれ、再びピアノが登場しますが、3分30秒から再登場するピアノには味わい深さを感じます。
トラック⑧はピアノがメインでこのアルバムで、最もピアノが楽しめます。
このアルバムの音楽を味わい、作者の意図を読み解くには、ベースを核として、他の楽器とのダイアログを味わってください。どのパッセージにも、存在感を主張する鈴木良雄のベースがあって、それも聴きどころです。
4.終わりに
聴き終わっての印象は、和ジャズの真髄を聴いた、という満足感です。
骨太のベースにいざなわれ、50年代ハードバップを彷彿させる2管アンサンブルで始まり、バップの世界を充分楽しませて、しかし、鈴木良雄がそこにとどまることを、良し、とせずにいます。
21世紀型ソロ・パフォーマンスを切り開くハクエイのピアノには鮮烈な跳躍感があります。
中堅の彼らに、バップで鍛えたオールドジャズマンが次代に新しいジャズの世界を切り開くことを託して作り上げたアルバムです。
ハクエイ・キムのピアノに関していうと、4曲目は自作曲とのことですが、このトラックでは、少々力が入り過ぎてってしまっているようです。つまり、脇役として演奏している方が、のびのびとイマジネーションに富んだ演奏をしていて、聴きやすく感じたのです。
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