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My Pick 2024このディスク2024(国内編)R.I.P. 坂本龍一No. 321

#11 『坂本龍一 / Opus』 浮田美奈子

commmons/RZCM-67100〜1

坂本龍一:piano

Disc 1
1. Lack of Love
2. BB
3. Andata
4. Solitude
5. for Jóhann
6. Aubade 2020
7. Ichimei – small happiness
8. Mizu no Naka no Bagatelle
9. Bibo no Aozora
10. Aqua

Disc 2
11. Tong Poo
12. The Wuthering Heights
13. 20220302 – sarabande
14. The Sheltering Sky
15. 20180219 (w/prepared piano)
16. The Last Emperor
17. Trioon
18. Happy End
19. Merry Christmas Mr. Lawrence
20. Opus – ending

Recorded at NHK 509 Studio
Recorded and Mixed by ZAK
Mastered by Robin Schmidt
Produced by Norika Sora


一にも二にも、この「音」の静かな緊張感と迫力に圧倒された。静かな湖面に差し込んだ月の光のような音楽。緊張感があるのに硬い音ではなく、暗いが非常にあたたかみのある音だ。それが私の心の奥深くを強く揺さぶる。
このアルバムの中には、敢えて坂本の演奏中の深浅の息づかいや、足が踏むダンパーペダルの動作音といったノイズが加えられている。そのすべてが音楽と、演奏する音楽家の生身の存在と一体となり、巨大な作曲家が生涯を通して貫いた、純粋な音楽への熱意と愛情と音楽人生が刻まれた。また、この作品はそのような音を可能にした、最後に坂本を支えた人々のチームワークの結晶でもある。

私はこの録音の映像が最初に2022年に世界同時配信された時、その後にも映画で数回見た。映画も大変素晴らしいものだった。しかし、音だけを聴いても圧倒的な作品だと思う。これはECM作品の音の素晴らしさとは、別のものだ。

息遣いや演奏中の唸り声は、グレン・グールドやキース・ジャレットの作品にもあるが、彼らが演奏を昇華する時に思わず出すその種の音とは違い、このノイズは、演奏家の脈動や、演奏家が「そこに生きて存在する」と聞き手に強く感じさせるものだ。これは後から今回の録音・整音を担当したZAK氏の『Opus』特設サイトのインタビューを読んだが、完全に氏の狙い通りの効果を生んだ。

また、この録音時のピアノ調律担当の酒井武氏の上記『Opus』サイトのインタビューを読むと、坂本がこだわっていた音のイメージがよく解るし、本当にここにはその坂本が望んだ音がある。ひとつの音が鳴り、その音が消えて行き、空間に溶け込んで行く間にある様々な階調のグラデーション状の変化。坂本は近年、ピアノの音の消え際を聴くのが好き、と語っていたそうだが、実際、坂本の音楽というのは、圧倒的に「響きの音楽」だった。

酒井: (坂本さんは) ”ピーン”という揺らぎのない音。コンサート会場の最後列まで真っ直ぐに届く音を望んでいました。「静かな森の中に湖があって、湖面が全然揺れてない状態」とおっしゃった。(中略)響きを聴きたいから音を長く伸ばすにあたり、揺らぎがないようにしたかったのだと思います。

既にもう体力はギリギリの状態であったはずの坂本の演奏も、素晴らしい。並外れた演奏への集中力だ。坂本の演奏は病魔が発覚してから完全に変わった。テンポは遅くなり、正に彼が望んだ、音が消えていって空間と一体化する寸前の、微妙な響きの変化を常に意識して、それを一生懸命聞きながら演奏している事がよく解るようになった。坂本は残された時間の中で、「音の響き」を心から楽しんでいた。そして私はそうなってからの彼の演奏が大好きだ。
これは2024年だけに限らず、私の中にずっと残る作品である。

浮田 美奈子

クラシック音楽教師の家庭に育った一級建築士。自身も2歳半からピアノとフルートを学ぶ。同時に13歳で洋楽ロックやJAZZにも傾倒し、バンド活動を行う。JAZZとECMとの出会いはキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」。 どんな音楽ジャンルも問わずに聴くが、基本的に実際に会場で聞かなければ真価は解らないと思っている。現在ドミニク・ミラー本人の承認の元、Dominic Miller_Fan Page JAPANを運営。https://dominicmillerjapanfan.com

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