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Concerts/Live ShowsNo. 243

#1014 日本フィルハーモニー交響楽団~第701回東京定期演奏会

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦

 

2018年6月16日14:00 サントリーホール

日本フィルハーモニー交響楽団
w.ピエタリ・インキネン(指揮)
サリーム・アシュカール(ピアノ)

1.イタリア風序曲第2番ハ長調 D.591(シューベルト)
2.ピアノ協奏曲第2番二短調 op. 40(メンデルスゾーン)

………………………………… 休憩……………………………………

3.交響曲第4番イ長調 op. 90  “イタリア ”(メンデルスゾーン)

 

関心がありながら、なかなか直接聴く機会に恵まれなかったピエタリ・インキネンの指揮ぶりを、ようやくじっくりと確かめることができた。

彼は前任者アレクサンドル・ラザレフの退任を受けて、日本フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者となったばかり。日本フィルを率いての本格的な第1歩を飾る定期コンサートとはいえ、識者の間で評価を高めているブルックナーでもワーグナーでもなく、メンデルスゾーンを看板にしたプログラムということもあって、正直なところさほどの期待感があったわけでもなかった。30を超えたばかり(1980年4月29日生)で、数年前まではヴァイオリニストになる夢を持ち続けていたフィンランド生まれのこの若い指揮者は、ステージに歩を運んだ瞬間の颯爽とした軽やかな足取りといい、均整のとれたスーツ姿といい、情熱と熱気が聴く者を焚きつける前任者のファイト横溢する指揮ぶりとは対照的ともいえるクールな格好良さを強く印象付けた。

特に素晴らしかったのがメンデルスゾーンの「イタリア」。この演奏を目の当たりにして、この俊英指揮者の楽曲へのハイセンスなアプローチ、日本のオーケストラというより日本フィルとの相性の良さ、伸びやかで若々しいリズム感が、並ならぬものであることがよく分かった。きびきびしたリズムと軽快なテンポとが、例えば太陽と青空がまぶしいコントラストを印象づけるかのごとき冒頭の第1楽章から、イタリアならではの賑やかな舞踊のサルタレッロが弾けるような第4楽章にいたるまで、どこにも逡巡や戸惑いがこれっぽっちもない。私が大好きだった指揮者・故ジュゼッペ・シノーポリの「イタリア」と、まさに肩を並べると言って決して言い過ぎでない快適な演奏の強い光を浴びて、いささか眠けをもよおした前半とは打って変わった痛快なイタリア行脚のひとときを思いきり楽しんだ。

前半のメンデルスゾーンの「ピアノ協奏曲第2番ニ短調」でフィーチュアされたのがイスラエル出身のピアニスト、サリーム・アシュカール。すでにベートーヴェンのピアノ・ソナタの全曲演奏会を試みて反響を呼んでいるほか、世界有数のオーケストラとの共演も好評を博しているという。彼はよほどメンデルスゾーンのピアノ・コンチェルトが好きらしい。この日の数週間前には東京都交響楽団と「第1番ト短調」を演奏しており、ショパンやシューマンのピアノ協奏曲に比べるといささか冷や飯を食わされている感じのメンデルスゾーンを応援しようという気持ちが働いているのかもしれない。といって彼のメンデルスゾーンは情緒過多に陥った類のものではなく、旋律を素直に歌って、情緒過多に陥らない淡白なロマン派音楽の哀愁味を引き出すことに功を奏していたと思う。アンコールで演奏したシューマンの「トロイメライ」にもロマン派音楽に対する彼ならではの見識の一端が見えた(偶然だが、この日の前日に浜離宮朝日ホールでリサイタルを開いたダニエル・シューもこの曲をアンコールで弾いた。直線的な心情吐露を表出するシューに対してアシュカールのシューマンはロマン派時代の詩人の一節のようだった)。

最後に、ピエタリ・インキネンと組んで新たなスタートを切った日本フィルの整然と一つにまとまった演奏を称えたい。当日のコンサートマスターは扇谷泰明。スケール感にはやや乏しい恨みはあるが、オーケストラ全員が一つにまとまって音色に輝やかしいハリと生彩味があって、インキネンとの温かな心の通いあいを見事に浮き彫りさせることに奏効していた。このコンビはやがて念願のヨーロッパ演奏旅行に赴く。ラザレフ時代とはまた違った日本フィルの新しい顔を見ることを期待したい。(2018年6月21日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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